「由美の話」
だが、
退院後一週間ぐらいしたある日、
突然、由美の方から、その話しをきりだした。
吉野が由美と食事をしているときのことである。
「あなた、私がなぜあなたを選んだのかわかる?」
由美は大きな瞳で吉野をじっと見据え、そう言った。
「なんだよ?突然」
由美はそんな吉野の問いかけに応えず、
なおも質問を続けた。
「ねえ、あなた、最初のデート、覚えてる?」
「さー」
「私、
あの時、約束の時間を間違えて、
50分ぐらい遅れてきたのよ。
覚えているでしょ」
「そうだったかなあ」
吉野にはそんな記憶はなかった。
「私、あの時、確かに遅れてきたの」
「そうだったかもな」
「私、
あのとき途中で時間を間違えているのに気が付いたから、
待ち合わせの場所まで、走っていったのよ。
そしたら、
あなたが先にきていたの。
当然よね。
それで、私、謝ったのよ。
そしたら、あなた、
『いやー、僕も時間間違えて、今ちょっと前にきたんだ。
だから、もう帰ったかと思ったよ。
あんたも間違えたのか。ああ、良かった』
って笑いながら言ったの。
あたし、あの時、あなたの言葉を鵜呑みにしたの。
だから、
『人がせっかくあわててここまで走って来たのに、
損したなあ』
『それに私のこと“あんた”だって。失礼しちゃう』
って思ったの。
それにあなた私と違って汗もかいてないし、
息もきれていないから、
『この人、人を待たしても平気な人かな。』
って思ったの」