「揺らぐ決意と危険な期待」
吉野は過去を思い浮かべながらひとり苦笑いした。
『池田にさえ会わなければ、
サクラナを忘れられたかもしれない。
しかし、
もう遅い。
いまはただサクラナを……。
よし……』
吉野は弘子から貰った紙片を握り締めると
サクラナに会いにいくことを一度は決心した。
だが、
『弘子の
「会わない方がいいわ」
というあの言葉が象徴しているように、
サクラナは昔のサクラナではないかもしれない。
それなら、
サクラナに会ってどうする気だ。
おれに何ができる?
サクラナだってそんな姿を見せたくないだろう。
再会は幻滅か失望しかもたらさない。 それでも?
昔のままのサクラナを
きれいな思い出として残しておいたほうが?
いや、
それでは、
サクラナはいつまでも自分の心の中にいて消えることはない。
このまま、
ただ、サクラナの幻を追いかけるだけだ。
むしろ、そんな彼女に会うことで彼女の幻を捨てないといけない。
しかし……』
吉野の心は揺れ動いていた。
いや、
吉野は、
サクラナの最悪の現状を想定しながらも、
サクラナが
昔のように吉野の心を惹きつける存在であることを
心のどこかで期待していたのである。
吉野は、
そうであってはいけないことを良く自覚し、
それを期待していたいたからこそ、
迷っていたのかもしれない。
吉野には妻がいる。
確かに、吉野は由美を愛していない。
しかし、
吉野には彼女を守る義務がある。
吉野の方から彼女を捨てることは出来ない。
もちろん、
由美の方も吉野を愛して結婚したわけではなかろう。
しかし、
吉野が彼女を物質的にでも満足させることができる
と信じて結婚したに違いない。
だから、
そういう彼女の信頼を裏切ることはできない。
吉野が別の女を愛することは許されても、
昔と同じように魅力的なサクラナに再会したからといって、
妻を捨てサクラナのもとへ走っていいという訳ではない。
吉野はよくわかっていた。
サクラナと会うことを決心した以上、
その可能性があることを期待もし、
その場合を考えなければならなかったのである。