「サクラナの恥じらい」
「変わっているから、
これに乗らない?」
「そうしよう」
二人がその自転車に乗ろうとした時、
突然サクラナがその自転車に乗るのを躊躇した。
「どうしたの?」
サクラナはうつむいていて、
答えなかった。
「どうしたの?」
吉野はもう一度尋ねた。
「うん、吉野くん前に乗って」
サクラナは顔を赤らめ、そう言った。
吉野が前のサドルに腰掛けると、
サクラナは、
後ろから、
「吉野くん、後ろ見ないでね」
と小さい声でそう言った。
『そうか。スカートだったんだ。』
吉野にはサクラナのそんな恥じらいが
とても愛らしく感じられた。
つまらない言葉であったが、
それは今も強く印象に残っている。
吉野はサクラナの気持ちをくんで、
振り返ることなく、
「ああ」
と一言だけ言った。
サクラナはその言葉に安心したのか
吉野の後ろに腰掛けた。
後ろを見たわけではないが、
その気配で分かった。
サクラナが腰掛けると同時に何とも言えない、
いい香りが吉野の鼻をついた。
今まで気付かなかったサクラナのニオイが。
走り出すと、
春先の冷たい風が二人を吹きつけた。
だが、
吉野は寒さは感じなかった。
むしろ、吉野は熱いくらいだった。
そうして、
二人は自転車を20分程乗り回した。
時間にすればわずかであるが、
その間なんとも言えない緊張感を覚え、
吉野には、
それがとても長く感じられた。