「再び回想」
吉野がサクラナの名を知ったのは、
初めて会った日の二日後であった。
中学最初の授業を終え、
下校しようと彼の所属するE組の下駄箱に近付いた時、
ふと反対側のA組の下駄箱の前にいる少女が目に入った。
ほっそりとした肢体に濡れてこそいないが、
細く長くそしてしなやかな黒髪はあの時の少女のものである。
吉野はそっと近付いて彼女の顔を見た。
間違いなく、あの時の少女であった。
彼の通う中学校は公立で彼の町にあるA小学校と
隣町のB小学校の卒業生が集まる。
彼女は隣町の小学校の出身だったのだ。
吉野は彼女と同じ中学校に通えることを嬉しく思ったが、
それだけでは満足できず、
ただちに彼女の名前を知りたくなった。
そこで、
吉野はその少女が靴を履き替えその場を離れるや、
彼女が今開けていた下駄箱を覗こうとした。
しかし、
下駄箱のそばには、下校中の生徒がたくさんいて、
彼には覗くことはできなかった。
吉野は友達を待つ振りをしながら、
その場に人がいなくなるのを待った。
20分ぐらいしてやっと人がいなくなったとき、
吉野はまるで泥棒でもするかのように
用心深く周りを見渡しながら、彼女の下駄箱を覗いた。
そこには、
樫という文字が黒いマジックで書かれた真新しい上履きがあった。
『樫さんか。名前は何というのだろう。』
吉野はどうしても直ぐに彼女の名前を知りたかった。
『A組の教室へ行けば何か手掛かりがあるかもしれない。』
彼はA組の教室へ走った。
そして、
教壇の上に置き忘れられている出席簿を見つけ、
樫サクラナという名を知ったわけである。
その翌日から吉野のサクラナ詣が始まったのである。