「妻の由美と後悔」
自宅に帰ると、
由美が食事の用意をして待っていた。 「遅かったわね。どうしたの?」
吉野は残業がない日はまっすぐ家に帰っていた。
別に妻が恋しかったからではない。
酒も飲まずこれと言った趣味もない吉野にとって仕事の帰りに寄る場所がなかっただけのことである。
「中学時代の友達に偶然会って、お茶を飲んでいたのさ」
「そう、それは良かったわね。
ごはんはまだでしょ。
いま、味噌汁を暖めるわ。
少し待ってね」
表面的には、夫婦らしい会話である。 しかし、
新婚夫婦の会話としてはあまりにも素っ気ない。
由美はどんな友達に会ったのか聞こうとはしない。
由美はいつもこうである。
吉野が自分の方から話さない限り、決して自分の方から吉野のことを尋ねることはない。
きっと自分には関心がないのだろう、
吉野はそう思っていた。
しかし、
吉野はこれでいいんだと思っていた。
愛しあって結婚したわけではないのだから、これでしょうがない。
吉野は自分にそう言い聞かせた。
吉野は食事を終えると、
「今日中に仕上げないといけない仕事があるんだ」
と言って、
書斎に閉じ籠り、
再びサクラナのことを考えた。
もし、
サクラナが昔のサクラナでないとしたら、
サクラナが今落ちるところまで落ちているとしたら、
きっと会わないほうがいいと思うだろう。
弘子はきっとそう思って、
「会わないほうが良い」
と言ったに違いない。
そうでなければそんなことを言うはずがない。
そして、
もし、
それが事実とすると自分にも責任があるかも知れない……。
もし、あのまま、
自分が彼女のそばに居てやれたら
きっとサクラナはそんなことにならなかったかもしれないと。
吉野は今でも一つ悔いていることがある。
そして、それが、これほどまでに
吉野をサクラナに執着させているのかもしれない。
あの時、彼女を信じていたら……。
あの時、声一つかけていたら……。
吉野は再び回想の世界に飛び込んだ。