「意地悪」
そして、
「少し、しつこかったようね」
と呟くような弘子の声を聞いて、
吉野は、
初めて自分のしたことに気がついたのだった。
「御免。冗談だよ」
吉野の声に、
サクラナは反応しなかった。
ただ、
机に顔を伏せているだけである。
それから、
しばらく、奇妙な沈黙が続いた。
あのサクラナが泣いたことに
みな驚いていて言葉が出なかったのである。
意外にもその沈黙を破ったのはサクラナであった。
サクラナは泣き腫らした顔を
手で隠すようにして顔をあげると、
吉野に向かって、
「意地悪」
大きな声で叫ぶと、
そのまま立ち上がり、
逃げるように教室から出ていった。
サクラナが出ていくと、
とたんに教室は騒がしくなった。
今の事件の話題で盛り上がったのだ。
鬼の目にも涙、とか、
ざまあみろ、とかの悪口が体勢を占めた。
吉野が悪いとか大きな声をだして白髪を抜いた弘子が悪い
とかいう意見は、ごく少数だった。
もし、
泣いたのが他の女子であったなら、
こうはならなかったと思うだけに
吉野はサクラナを少し哀れに思った。
と同時に、
サクラナを泣かした自分のそそっかしさを恥じた。
しかし、
落ち込むことはなかった。
むしろ、
吉野は安心したという気持ちの方が強かった。
サクラナが普通の女子と同じに泣きもする
ということに安心感を覚えたのである。
また、
意地悪、
と言ったときのサクラナがなんとなく子供っぽくて可愛い
とも思った。
次の授業が始まるころには、
サクラナは教室に戻りけろっとした様子で
自分の席についた。
吉野は、
サクラナの様子をしばらくうかがっていたが、
大丈夫そうなので声はかけなかった。
クラスのメンバーも同じであった。
そうして、
その日一日は吉野とサクラナの間では
なんとなくきまづい雰囲気が流れていたが、
次の日には、
まるであの事件がないような感じで、
吉野はサクラナと接していたのであった。