「ある小さな事件」
そのうち、また、
ある小さな事件が起きた。
給食の時間のことである。
食事の最中、
弘子が突然、
隣に座っていたサクラナの髪に手をかけると、
「あっ、こんなところに白髪が」
と、
皆に聞こえるような大声をあげて、
サクラナの髪の毛を一本抜いたのである。
「どれ」
「あっ、本当だ」
何人かの野次馬が駆け付け、
一本の白髪を確認した。
吉野もその一人である。
サクラナは野次馬に囲まれ、
とまどいを隠せないでいたが、
そこで吉野は知ったかぶりをして言った。
「みんな、知ってるか?
白髪を抜くと3倍に増えるんだよ」
「へえ。知らなかった」
との声があちこちであがったので
吉野はますます調子にのって、
「ということはだね、
次の3本を抜くと9本に増えることになる。
次は27本に、
その次は81本に、
今度は243本、
そして729本、
これまた2187本……」
と得意の暗算を始めてしまったのだった。
最初は皆も、
へえ、とか、
そんで、次は、
などと声を上げていたが、
次第に静かになった。
そして、
吉野がその静けさに気付いたときにはもう遅かった。
サクラナが机に顔を伏せて泣いていたのだ。
あの気丈なサクラナが泣いていたのだ。
吉野は驚いた。
ただただ、
サクラナが泣いたことに驚いた。