「ここちよい敗北」
しかし、
吉野は、そんな態度とは裏腹に、
サクラナに負けた悔しさはまったく感じていなかった。
むしろ、
ここちよいくらいで、
吉野はサクラナに感謝もしていた。
もし、このとき、サクラナが止めにはいらなかったら
大変なことになっていたと思ったからである。
放課後、
吉野が帰ろうとすると、
サクラナが後から声をかけた。
「さっきは、御免」
サクラナはそれだけ言うと、
吉野の返答も聞かずにその場を去った。
吉野は走り去るサクラナの後姿をみつめながら
『ありがとう』
と心の中で呟いた。
この時、
あれだけ嫌われているはずのサクラナの周囲から
人がいなくならないのはサクラナのこういう性格にあるのかもしれない。
口の聞き方は悪い、思ったことはすぐに口に出してしまう。
しかし、
言っていることはそんなにおかしなことではない。
ただ、
その言い方がへたなだけだ。
だから、
サクラナに何か言われるとその言い方がきついので
その場では腹を立てる。
しかし、
あとで冷静に考えてみると
サクラナの言っていることがおかしなことでないことに気付く。
そこへ、
自分の非を認めたサクラナが素直に謝る。
だから、
サクラナに言われて腹が立ってもすぐ許してしまう。
反面、
サクラナは自分の言えないことを代弁してくれることもある。
それを周りの人間ははらはらしながらも期待しているのではないか。
きっと、
まわりの人間は口で言うほど彼女を嫌ってはいないのかもしれない、
と
そんな風に吉野は考えた。
そして、
吉野は
これまで以上にサクラナのことが好きになってしまった。