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ゴミ収集員の俺、壊れた廃材だけで異世界拠点を作ることにした  作者: 泣く子はビネガー


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9/13

第九話「食料の問題に入る。腹が減っては設計も立てられない」

 九日目の朝、錬は川に仕掛けを置いた。


 竹ひごを編んだ籠だ。川の流れに逆らうように口を上流に向けて沈める。魚が流れに乗って入り込み、中の返しに引っかかって出られなくなる。仕組みそのものは単純だ。


 竹は荷台から出てきたもので、元は何かの梱包材だったらしい。細い青竹を束ねてテープで巻いてあった。ほぐして、割いて、形を整えた。縛るのはロープの切れ端を細く裂いたもので代用した。


 作るのに半日かかった。本で読んだ通りにやっているが、手が覚えていない作業というのは、頭が知っていても時間がかかる。


「……それは何ですか」


 ティルネが、川岸から覗き込んだ。朝の光の中で、濡れた石の上に立っている。


「……魚を捕るんですか。どうやって」


「中に入ると出られない構造にした。流れに口を向けて沈めておく。勝手に入る」


「仕掛けだけで捕れるんですか」


「待つだけでいい。その間に他の作業ができる」


「どのくらいで捕れますか」


「半日から一日。今日の夕方に確認する」


 ティルネが、水面をゆらゆら揺れる籠を、しばらく眺めていた。


「……これで本当に捕れますか」


「捕れない可能性もある」


 錬は正直に答えた。


「その場合は」


「木の実と草で今日はしのぐ。明日、仕掛けを改良する」


 ティルネが、少し眉を寄せた。


「……失敗することも計算に入れているんですか」


「入れない方がおかしい」


「でも、たいていは成功することを前提に考えませんか」


「成功だけを前提にすると、失敗したときに対処が遅れる。失敗した場合の手を先に考えておく方が、結果的に損が少ない」


 ティルネが、川の流れを見た。


 魚籠が、水の中でゆっくり揺れている。


「……なんか、すごいですね」


「何が」


「失敗のことを最初から考えられること。わたしはいつも成功することしか考えていなくて、それで——」


 ティルネが、そこで口を閉じた。


 続きは言わなかった。


 錬も聞かなかった。


 川の音が続いている。



 午前中、ティルネに食べられるものを案内してもらった。


 これは錬からお願いした。ティルネは逃亡中にこの辺りの森を歩いている。地元民ではないが、生き延びるために覚えたものがあるはずだと思っていた。


 実際、思った以上だった。


 森の中を歩きながら、ティルネが次々と指差していく。


「これは実が食べられます。少し酸っぱいですが」


「毒はないか」


「ないはずです。逃亡中に何度も食べました」


「はずです、では困る。毒のある植物との見分け方は」


 ティルネが、少し考えた。


「……葉の形と、茎の色です。見た目が似ているものがあるので、最初は少量だけ食べて、半日様子を見た方がいいです」


「わかった。他には」


「こちらは根が食べられます。ただし生は苦い。火を通すと甘くなります」


「火を通す時間は」


「……わかりません。わたしはいつも焚き火で焦げ目がつくまで焼いていました」


「それで大丈夫だったか」


「はい」


「なら、それを基準にする」


 歩きながら、錬は荷台から出てきた広告の裏を取り出して、消し炭で書き込んでいった。植物の特徴。食べられる部位。調理法。毒のあるものとの見分け方。


「……何を書いているんですか」


「記録だ」


「記憶しているんじゃないんですか」


「一度で全部覚えられるとは限らない。書いておけば確実だ」


「わたしが説明すれば——」


「お前がいなくなったときに困る」


 ティルネが、歩みを止めた。


 錬は少し先に進んでから、止まったことに気づいて振り返った。


 ティルネが、錬を見ていた。表情を読もうとしているような目だ。


「……いなくなることを、考えているんですか」


「可能性は全部考える」


「具体的にはどういう可能性ですか」


「追手が来たとき。急いで移動しなければならないとき。何かの事情でしばらく別々に動くことになったとき。お前がそうしたいと思ったとき」


 最後の一つを言うとき、錬は少し間を置いた。


 ティルネは、それを聞いていた。


「……最後のは、わたしが自分でいなくなることですか」


「ある」


「なぜそれを考えるんですか」


「お前はここに縛られる理由がない。好きな場所に行ける」


 ティルネが、少しの間黙っていた。


 風が木々の間を抜けていく。葉が揺れる音。


「……今はここにいます」


「わかってる」


「でも、いつかいなくなるかもしれないということを、あなたは最初から考えている」


「そうだ」


「……それは、寂しくないんですか」


 錬は、少し考えた。


 寂しい、という感覚が、自分にあるかどうか、よくわからない。ただ、誰かがいなくなることを前提に行動するのは、いなくなることを受け入れているということではなくて、いなくなっても困らないようにしておくということだ。それが錬にとっての「備える」だった。


「わからない」


「またわからないですか」


「寂しいかどうかより、お前がいなくなっても困らない状況を作っておく方が先に来る。そういうことだ」


 ティルネが、また少しの間黙っていた。


 それから、小さく言った。


「……わかりました。続けます」


 歩き出した。錬も歩く。


 その後、ティルネはいつもより少し丁寧に植物の説明をしてくれた。気のせいかもしれない。ただ、そう感じた。



 昼過ぎ、罠を三カ所に仕掛けた。


 木の枝を曲げてテンションをかけ、紐で引っかけた跳ね上げ式だ。動物が紐を踏むと枝が跳ねて足が絡まる。大きな動物は無理だが、小動物なら十分捕れる仕組みだ。


 設置しながら、錬は地面の痕跡を読んでいた。足跡。糞。草の折れ方。動物が通った跡は、意外とはっきり残っている。


【「フワレン、罠を作れるのか。」】


「本で読んだ」


【「どんな本だ。」】


「サバイバルの本だ。仕事を失いそうだった時期に、色々読んでいた」


【「それが今役に立つとは。」】


「当時は役に立てるつもりで読んでいたわけじゃない。ただ読むものが欲しかった」


 少し間があった。


【「……そうか。うまくいくと思うか、罠は。」】


「わからない。やってみないとわからないことはある」


【「正直だな。」】


「嘘をついても腹は膨れない」


 ティルネが、罠を眺めながら、また同じことを聞いた。


「……これで本当に獲れますか」


「また同じことを聞くのか」


「心配なので」


「心配するより食べられるものを集める方が確実だ。今日の夕方に木の実を採りに行く。罠と魚籠は明日確認する」


「……段取りがいいですね」


「最悪の場合を考えて動く。当然のことだ」


 ティルネが、仕掛けた罠を見ていた。


「……わたしが逃亡中にやっていたのは、その場その場でなんとかすることだけでした。次の日のことは考えられなくて。毎日、今日をしのぐことだけで精いっぱいで」


「それでよく生き延びた」


「……え?」


「十分すごいことだ。それができないで死んでいく人間も多い」


 ティルネが、少し目を丸くした。


「……フワレンに褒められるとは思いませんでした」


「事実を言っただけだ」


「K2みたいなことを言いますね」


【「俺の方が先にそういうキャラだったんだが。」】


「うるさい」


「え——」


「K2だ」


 ティルネが、また笑った。



 夕方、木の実を籠に半分ほど集めた。


 ティルネが採り方を知っていた。高い枝のものは棒で叩いて落とす。熟していないものは渋い。地面に落ちたものは虫が入っている可能性があるから、割って確認してから使う。


 作業しながら、錬は空を見ていた。


 西の方角。雲の形。色。動き。


「……雨が来るな」


「え?」


「明日の夜か、明後日には降る」


 ティルネが西の空を見た。夕日が雲の向こうに滲んで、空の端が鈍く光っている。


「……そうですか。どうしてわかるんですか」


「雲の形と、今日の湿気の上がり方。あと昨日より風の向きが変わった」


「……そんなことを見ているんですか」


「毎朝確認している」


 ティルネが、また空を見た。


「……わたしには、ただ夕焼けにしか見えません」


「慣れれば読める」


「フワレンはいつから読めるんですか」


「子供の頃から天気に敏感だった。理由はわからないが」


 ティルネが、少し笑った。


「……フワレンって、いろんなことが子供の頃からできるんですね」


「そんなことはない。できないことも多い」


「たとえば」


「人と話すのが苦手だ」


 ティルネが、少し驚いた顔をした。


「……今、ちゃんと話していますよね」


「話すこと自体は問題ない。何を話せばいいかわからないときがある」


「今は?」


「今は何を話せばいいかわかっている」


「なぜですか」


 錬は少し間を置いた。


「……やることがあると、話すことも自然に出てくる。手が動いていると、口も動く」


 ティルネが、それを聞いてしばらく黙っていた。


 何かを考えているのか、ただ夕空を見ているのか、判断がつかなかった。


「フワレン」


「なに」


「雨が来ることは、困りますか」


「困らない。雨水を集める準備をする」


「雨が来ることを、準備に使うんですか」


「雨は脅威でもあり、資源でもある。どちらになるかは準備次第だ」


【「哲学みたいなこと言うな。」】


「事実だ」


【「まあそうだが。おまえが言うとなんか様になるな。」】


「褒めてるのか」


【「褒めてる。」】



 夜、かまどで魚を焼いた。


 籠を確認したのは夕方だった。川魚が二匹入っていた。手のひらより少し小さいくらい。初日の仕掛けにしては悪くない。


 塩がない。ティルネが香草を持っていた。逃亡中に採り溜めていたものだという。葉ごと魚に巻いて一緒に火にかけると、じゅわりと香りが立った。


 三人で食べた。


 ティルネが一口食べて、目を細めた。


「……おいしい」


「塩がないのが問題だ」


「でもおいしいです。こんなに温かいものを食べたのは、久しぶりで」


 ティルネが、少し言葉を止めた。


 錬は、その横顔を見た。


 久しぶり、という言葉の重さが、少しだけ伝わってきた気がした。どのくらい、温かいものを食べていなかったのか。どのくらい、一人で冷たい川の水を飲みながら走ってきたのか。


 直接は聞かない。


 ただ、塩の問題を解決しようと思った。


「次は塩の確保を考える」


 ティルネが、少し笑った。


「……食事中も次のことを考えているんですね」


「考えない方が難しい」


「少しくらい、今を楽しんでもいいのでは」


 錬は、魚の骨を外しながら、少し考えた。


 今を楽しむ、というのがどういうことか、よくわからない。楽しんでいないわけではない。ただ、楽しいと感じる前に次のことが浮かぶ。


「……まあ」


「まあ?」


「悪くはない」


【「今日一番素直だったぞ、今の。」】


「うるさい」


 ティルネが、また笑った。


 焚き火が揺れている。魚の香草焼きの匂いが、森の夜に広がっていた。


 九日間で、食えるものが揃ってきた。


 まだ塩がない。保存の仕組みもない。長期的に考えると、やることは山ほどある。


 それでも今夜は、悪くない。


 錬は、そう思った。

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