表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴミ収集員の俺、壊れた廃材だけで異世界拠点を作ることにした  作者: 泣く子はビネガー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

第七話「見ていない。見ていないが、風呂を作る」

 七日目の朝、錬は浄水器のフィルターを洗いに川へ向かった。


 砂の層が詰まってきている。逆洗浄が必要だ。朝のうちに済ませておきたかった。


 川岸に近づいて、足を止めた。


 ティルネが、川の中にいた。


 浅瀬だ。腰まで水に浸かって、髪を洗っている。背を向けているので顔は見えない。赤茶の長い髪が水面に広がっていた。


 錬は、その場で三秒ほど固まった。


 それから、音を立てないように後退した。


 茂みの陰まで下がって、その場に座り込んだ。


 フィルターの洗浄は後でいい。


 どのくらい後でいいかは、わからない。


【「見たのか。」】


 ポケットの中のスマホが光った。声には出していない。文字だけが届く。


「見ていない」


【「嘘つけ。三秒は立ってただろ。」】


「後退した」


【「それは見た後の話だ。」】


「……うるさい」


【「顔が赤いぞ。」】


 錬は答えなかった。


 古新聞を取り出した。ポケットに常に入れている。消し炭で線を引き始める。


【「何を書いてる。」】


「設計図だ」


【「今すぐか。」】


「今すぐだ」


【「……まあ、そういうことにしておいてやる。」】


 錬はまだ答えなかった。


 線を引く手だけが動いている。



 ティルネが戻ってきたのは、それから少し後だった。


 髪をマントで拭きながら歩いてくる。錬は作業台の前に座って、設計図を書いていた。顔は下に向けている。


「……おはようございます、フワレン。もう起きていたんですか」


「ああ」


「川に行かなかったんですか。フィルターの洗浄が必要だと言っていましたよね」


「後にした」


「何かあったんですか」


 少し間があった。


「設計図を書いていた」


 ティルネが、手元を覗き込んだ。


「……何を作るんですか」


「風呂だ」


 ティルネが、固まった。


「……ふ、風呂」


「ああ」


「……急にどうして」


「衛生上の問題だ」


 ティルネが、錬の横顔を見た。錬は設計図から目を離さない。


 少し考えて、ティルネが言った。


「……フワレン、さっき川に行こうとしたと言っていましたよね」


「ああ」


「川に行って、後にした、と」


「……ああ」


「わたし、今朝川にいました」


「……ああ」


「もしかして」


「見ていない」


【「嘘つけ。」】


 錬はポケットを指で叩いた。


「K2、黙れ」


【「事実を——」】


「黙れ」


 沈黙。


 ティルネの耳が、じわじわと赤くなっていく。


 何か言おうとして、口が開いて、閉じた。


「……あの」


「風呂を作る」


「……は、はい」


【「おまえ顔がまだ赤いぞ。」】


「うるさい」


「え、わたしに——」


「K2だ」


 ティルネが、スマホの方を睨んだ。


【「俺は事実しか言わない。」】


「……K2」


【「なんだ。」】


「少し、黙っていてください」


【「……珍しく怒ってるな。まあわかった。」】


 K2が、珍しく素直に引いた。


 錬は設計図に寸法を書き込んだ。桶の直径。深さ。板の厚み。


 ティルネが、しばらく黙っていた。


 それから、ぼそりと言った。


「……本当に、見ていないんですか」


 錬は、少し間を置いた。


「……後退した」


「それは見た後では」


「うるさい」


「それ、K2と同じことを言っています」


 錬は、設計図を書く手を止めた。


 止まって、また動いた。


「……見ていない。少し、見えた。後退した。以上だ」


 ティルネが、また耳まで赤くなった。


 しかし、怒った様子ではなかった。


「……フワレン」


「なに」


「風呂、ありがとうございます」


「礼はいらない」


「受け取ります」



 材料を確認した。


 ドラム缶が一本ある。金属カッターがないため半割にはできない。縦に使って湯沸かし器にする。桶は木材で作る。防水に松脂が必要だ。


「K2、この辺りの松の木はわかるか」


【「……ティルネに聞いた方が早い。」】


「ティルネ、松の木はあるか」


「あります。少し行ったところに」


「午後、案内してくれ」


「わかりました」


 ティルネが、設計図を覗き込んだ。


「……桶を木で作るんですか」


「板を組めばできる」


「難しそうですね」


「防水だけ気をつければいい。松脂を二度塗りする」


「それで水が漏れないんですか」


「漏れない」


「また計算したんですか」


「経験則だ」


 ティルネが、少し目を丸くした。


「フワレン、木の桶を作ったことがあるんですか」


「ない」


「では経験則というのは」


「似た構造のものを作ったことがある。原理は同じだ」


 ティルネが、また何か言いかけて、やめた。


 錬は、それを見て言った。


「言いたいことがあるなら言え」


「……いえ」


「言え」


 ティルネが、少し考えた。


「……フワレンって、なんでも作れるんですね」


 錬は設計図に視線を戻した。


「今朝のことは、謝った方がいいのかもしれない。ただ、うまく言葉が出てこない」


「……それは」


「不意だったとはいえ、不用意だった。だから、風呂を作る」


 ティルネが、錬を見た。


 長い間、黙っていた。


 それから、小さく笑った。


「……そういう謝り方もあるんですね」


「謝り方かどうかもわからない」


「わたしは、受け取ります」


【「……フワレン。」】


 K2が、静かに言った。


「なに」


【「おまえ今日、一番まともなことを言った。」】


「うるさい」


【「ほめてる。」】


 ティルネが、また笑った。


 今日二度目だ。


 錬は設計図に、最後の寸法を書き込んだ。



 夕方までに、桶の骨格ができた。


 板を組み合わせて番線で締め、内側に松脂を塗った。乾いたらもう一度塗る。明日の夕方には使える。


 ドラム缶を焚き火台の上に固定して、湯沸かし器にした。川から水を入れて下から火を当てれば湯が沸く。桶に移して入る。


 ティルネが、できあがった桶を眺めた。


「……楽しみですね」


「衛生上の問題が解決する」


「フワレンは、楽しみという言葉を使わないんですね」


「使う機会がなかった」


「今は?」


 少し間があった。


「……まあ」


 錬は工具を片付け始めた。


【「今日一番素直だったぞ、今の。」】


「黙れ」


【「ほめてる。」】


「黙れ」


 ティルネが、笑い声を上げた。


 今日で何度目かは、もう数えていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ