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ゴミ収集員の俺、壊れた廃材だけで異世界拠点を作ることにした  作者: 泣く子はビネガー


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第三話「魔法が使えないのに追われているのはなぜだ」

 朝から、錬は穴を掘っていた。


 深さ一メートル。幅は六十センチほど。シャベルは荷台から昨夜出てきたもので、柄が割れているが使えないことはない。割れた部分にガムテープを巻いて補強してある。


 トイレが必要だった。水源の汚染という理由もあるが、もう一つある。ティルネがいる。女性だ。森の中で用を足す場所がないのは、自分よりずっと困るはずだ。昨夜から気になっていた。朝一番でやることに決めていた。


 ティルネが隣に立って、その作業を眺めていた。


「……何を作っているんですか」


「トイレだ」


 一拍あった。


「……今の場所では、ダメなんですか」


「野外で垂れ流しにすると水源が汚染される。川上でやられたら浄水器の意味がない」


「あ、なるほど」


「穴を掘って、上に木の台を作る。囲いも必要だ」


「囲い、というのは」


「お前が使うだろ」


 ティルネが、一瞬考えてから頷いた。



 穴を掘り終えた頃、K2(けつ)が口を開いた。


【「なあティルネ。一つ聞いていいか。」】


 ティルネが、ポケットの方を見た。


「……なんですか」


【「昨日、魔法が下手だって言ってたよな。

でも軍に追われてる。

その二つが繋がらない。

下手なやつを、なんでそこまで欲しがるんだ。」】


 ティルネは少し黙った。


 錬は穴の縁に土台になる石を並べながら、手を止めずに聞いている。


「……下手というのは、わたしの言い方が悪かったかもしれません」


【「じゃあどう言えばいい。」】


「うまく扱えない、という方が正確です。魔法自体は……使えます。ただ、意図した通りに出てこない」


【「意図した通りに出ない、ってどういうことだ。」】


「たとえば、小さな炎を出そうとして、森が燃えたことがあります」


 錬の手が、一瞬止まった。


「たとえば、折れた木の枝を元に戻そうとして、木が三十年前の姿に戻ったことがあります」


【「……」】


「たとえば、川の流れを少し変えようとして、上流の岩山が消えたことがあります」


 沈黙。


【「岩山が消えた。」】


「消えました」


【「どこに。」】


「わかりません」


 また沈黙。


【「……おまえ、魔法が下手なんじゃなくて」】


「強すぎて、制御できないんです」


 ティルネは静かに言った。怒っているわけでも、開き直っているわけでもなく、ただ事実を述べる声だった。


「だから逃げました。いつ何が起きるかわからない人間と、誰も一緒にいたくない。わたし自身も含めて」



 錬は石を並べ終えて、立ち上がった。


 ティルネを見た。


「一度見せてみろ」


「え」


「魔法。小さいやつでいい」


 ティルネが、驚いたように目を丸くした。


「……見せて、どうするんですか」


「どう出るかを見たい」


「何のために」


「対策を考える」


 ティルネはしばらく錬を見ていた。


 それから、諦めたような、あるいは何かを決めたような顔で、小さく頷いた。


「……わかりました。ただ、少し離れていてください。どうなるかわからないので」


「どのくらい」


「十メートルは」


 錬は十歩下がった。


 K2のスマホを持ったまま、腕を組んで見ている。



 ティルネは、地面に落ちていた小石を一つ拾った。


 掌の上に乗せて、目を閉じる。


「……これを、元の場所に戻します。転移魔法の初歩です。小石を、さっきわたしが拾った場所に」


 錬は黙って見ていた。


 ティルネの指先が、微かに光った。


 白い。柔らかい光。


 小石が、ふわりと浮いた。


 いい、と思った。制御できている。


 ——次の瞬間、光が膨らんだ。


 柔らかかったはずの白が、一気に広がって、視界が白くなった。地面が揺れた。正確には揺れたわけではないが、足元の感覚が一瞬おかしくなった。


 光が引いた。


 小石は、消えていた。


 ティルネが立っていた場所の周囲、半径三メートルほどの地面が、むき出しになっていた。草が消えている。土が、何かに削り取られたように平らになっている。


 錬は、その場所を眺めた。


 均一に削れている。深さはおそらく数センチ。面積は正確な円形ではなく、少し歪んでいる。


「……ごめんなさい」


 ティルネの声が、小さかった。


「小石を戻そうとしただけなんですが。周りの土ごと、どこかに戻してしまったみたいで」


「どこに戻した」


「……わかりません。この土がもともとあった場所、なのかもしれませんが。それがどこかは」


 錬は削れた地面を一周した。縁の形を確認する。草の根が断面で見えている。急激な変化で引き千切られた跡だ。


「怪我はないか」


「……わたしは大丈夫です」


「そうか」


 短く言って、錬は穴の作業に戻った。



【「……なるほどな。」】


 K2が言った。


 錬は木の台を組みながら、答えた。


「見てわかったか」


【「ああ。

魔法の出力がでかすぎて、意図した範囲に収まらない。

小石一個動かすつもりが周囲を巻き込む。

そういうことだろ。」】


「合ってるか」


 ティルネが、少し離れた場所に座っていた。両膝を抱えて、削れた地面を見ている。


「……おそらく。でも毎回同じわけじゃないんです。うまくいくときもあります。何が違うのか、わたしにもわからなくて」


【「うまくいくときと失敗するときで、何か条件が違うか?」】


「……考えたことはあります。でも法則が見つからなくて」


【「気持ちとか、体調とか」】


「それも関係してそうですが、そこだけじゃない気がして」


 錬は木の台を固定しながら、頭の中で何かを整理していた。


 制御できない。出力が意図を超える。条件が不明。


 機械で言えば、調整が取れていない状態だ。入力に対して出力が比例しない。どこかにブレーキがない。あるいは、ブレーキが機能していない。


「設計図があれば変わるかもしれない」


 ぼそっと、錬が言った。


 ティルネが顔を上げた。


「……設計図?」


「機械の話だ。気にするな」


 ティルネは首を傾げたが、追及しなかった。


【「フワレン、今のはどういう意味だ。」】


「後でいい」


【「また後でか。」】


「今はトイレが先だ」


 K2が、少し間を置いた。


【「……相変わらず現実的だな、おまえは。」】



 木の台が完成したのは、昼前だった。


 穴の上に渡した丸太と、その上に固定した板。座るための切り欠きを鑿代わりの鉄片で削り出した。排気のための塩ビパイプが一本、上に伸びている。先端に黒く塗ったキャップ。太陽熱で上昇気流を作り、臭いを上に逃がす仕組みだ。


 次に、錬は鉄パイプを四本手に取った。


「手伝ってくれ」


 ティルネに声をかけて、パイプを四隅に打ち込み始めた。


「……なんのためですか」


「囲いだ」


 ティルネが、少し間を置いた。


「……あ」


 短くそう言って、ブルーシートの端を押さえる作業を手伝い始めた。


 三方を番線で固定して、入り口側には短いシートを垂らした。引っ張れば開く。ちゃんとした扉ではないが、目隠しとしては十分だ。


 ティルネがシートを引いて、中を確認した。


「……ちゃんと入れます」


「当然だ」


「でも、これだけで臭いは出ないんですか」


「使った後に落ち葉と土を交互に入れる」


「それで消えるんですか」


「消えるんじゃない。分解される。土の中に目に見えない生き物がいて、それが臭いの元を食う」


「……目に見えない生き物が」


「ああ。ただ、何でも食うわけじゃない。落ち葉の炭素と人糞の窒素のバランスが整わないと動かない。だから落ち葉と土を交互に入れる」


「目に見えないが、そこらじゅうにいる。土の中に。落ち葉の中にも」


 ティルネが、足元の土を見た。


「……今も?」


「今も」


 少し間があった。


「なんだか、気持ち悪いですね」


「お前の体の中にもいる」


「それはもっと気持ち悪いです」


 錬は答えなかった。


 道具を片付けながら、作業の完了を確認する。穴。台。排気管。囲い。使用後の落ち葉と土のバケツも脇に置いた。


 ティルネが、完成したものを改めて眺めた。


「……思ったよりちゃんとしてます」


「当然だ」


「廃材で作ったんですよね」


「ゴミだ。拾ったものだ」


「……捨てられたもので、こんなものが」


 錬は道具を片付けながら、答えなかった。


 捨てられたものに何ができるかは、使い方次第だ。言葉にするほどのことでもない。


「あの、フワレン」


「なに」


「さっき、設計図があれば変わるかもしれない、と言っていましたが」


 錬は手を止めた。


「……魔法のことですか」


 少し間があった。


「まだわからない」


 ティルネが、少し黙った。


 錬は道具を荷台の脇に並べて、次の作業の段取りを頭で組み立てた。壁の材料が今日来るはずだ。午後から取り掛かれる。


「K2」


【「なんだ。」】


「壁の材料、来てるか確認してくれ」


【「ちょっと待て。」】


 圧縮板が動いた。


 転がり出てきたのは、波板のトタン、数枚。一枚は端が錆びて穴が開いている。角材が二本。それから、工具箱が一つ。蓋が歪んでいて開けにくいが、中に何か入っている感触がある。


【「こんなもんだ。工具箱、状態はわからん。」】


 錬は工具箱を手に取って、蓋をこじ開けた。


 中に、ハンマー。釘の袋。錆びたノコギリ。そして、ドライバーが二本。


 ドライバーを手に取って、グリップを確認した。プラスとマイナス。両方ある。


 錬の目が、少し変わった。


 ドライバーがある。角材がある。トタンがある。


 今日の午後で、壁の一面は作れる。


「午後から壁に入る。手伝えるか」


 ティルネに向けて言った。


「はい」


「トタンは錆の部分を避けて使う。切るのを手伝ってくれ」


「わかりました」


 ティルネが立ち上がりながら、ふと足を止めた。


「……フワレン。さっきの魔法のこと、怖くなかったですか」


 錬は角材を手に取りながら、少し考えた。


「怖い、というより」


「というより?」


「原因がわからない方が、気になる」


 ティルネが、また首を傾げた。


 その顔を見ながら、錬はトタンを一枚引き寄せた。


 設計図の話は、まだ早い。


 ただ、何かが頭の中で動き始めていた。



 夕方、壁の一面が立った。


 トタンを角材に固定して、地面に打ち込んだ杭に縛り付けた構造だ。見た目はやはりボロい。錆の茶色と番線の銀色と、ガムテープの灰色が混在している。


 ティルネは、その壁を眺めた。


「今日だけで、トイレと壁ができたんですね」


「まだ一面だ。三面残ってる」


「でも」


「明日やる」


 ティルネは口を閉じた。


 それから、削れた地面の方を、また見た。


 昼の魔法の跡が、まだそこにある。草のない、平らな円。


「……今日は、失敗してしまいました」


「失敗じゃない」


 ティルネが、錬を見た。


「データが取れた」


 そう言って、錬は工具を片付け始めた。


 ティルネはしばらくその背中を見ていた。


 何か言いたそうにして、結局何も言わなかった。



 夜、焚き火の前。


 三人で浄水した水を飲みながら、火を眺めていた。


【「ティルネ。」】


「なんですか」


【「今日の魔法の話だけど。

魔法が下手なんじゃなくて、強すぎて制御できないってことは——

おまえを追ってる連中は、それを知ってるんだな。」】


 ティルネは、少し間を置いた。


「……知っています。だから欲しがっている」


【「制御できないものを、どう使う気だ。」】


「使う側は、制御できなくていいんです」


 静かな声だった。


「向ければいい。わたしを、敵の方向に向けて、使えばいい。何が起きるかは関係ない」


 焚き火が揺れた。


 錬は何も言わなかった。


【「……そういうことか。」】


 K2が、短く言った。


 それ以上は何も言わなかった。


 火の音だけが続いた。


 ティルネは膝を抱えて、炎を見ていた。


 錬は、その横顔を一度だけ見て、また火に目を戻した。


 頭の中で、何かが整理されていく。


 制御できない力を持っている。向けられれば何かが壊れる。本人にも止められない。


 それを止める方法が、あるとしたら。


 設計図の話は、まだ早い。


 ただ、考え始めていた。

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