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ゴミ収集員の俺、壊れた廃材だけで異世界拠点を作ることにした  作者: 泣く子はビネガー


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第二話「説明は聞く。ただし作業しながらだ」

 K2(けつ)のアラームは、朝の五時に鳴った。


【「起きろ。日の出まであと三十分。」】


 錬はすでに目を開けていた。


 運転席のシートを倒したまま、薄暗い車内の天井を見ている。眠れていたのか眠れていなかったのか、よくわからない。ただ体は動く。それでいい。


 助手席を見た。


 ティルネが、マントにくるまって眠っていた。


 赤茶の髪が顔に張り付いて、寝苦しそうな格好だ。が、呼吸は穏やかだ。よく眠れているらしい。逃亡生活で疲弊していたのか、それとも元々こういう寝方をするのか、判断がつかない。


 錬は静かにドアを開けて、外に出た。



 朝の空気は冷たかった。


 昨夜の焚き火の残り火がまだ微かに生きていた。細い枝を二、三本くべる。火が戻ってきた。


 錬は荷台の横に積み上げたゴミの山を眺めた。


 昨日の時点で確認していたもの——鉄パイプ六本、ロープ約十メートル、ブルーシート一枚(端が破れている)、番線の束、ガムテープ一本(残量半分)、角材の端材数本。


 屋根を作るには足りない。


 正確には、柱と骨格は作れる。問題は屋根面の防水だ。ブルーシートの破れた端を塞ぐ方法と、もう一枚大判の防水シートが欲しい。


 荷台に向かいながら、頭の中で設計図を組み立てる。柱の間隔。勾配の角度。最低でも三割は傾けないと雨水がうまく流れない。鉄パイプをどう固定するか——番線で縛るか、溶接できる道具があれば話は早いが、そんなものはまだ出ていない。


【「何が欲しい。」】


「大判のシートか防水布。あとできれば番線をもう一束」


【「ちょっと待て。」】


 圧縮板が動いた。


 転がり出てきたのは、折り畳まれた工事用の養生シートだった。青。厚手。端の一部が泥で汚れているが、破れはない。広げてみると、二メートル×三メートルはある。


 続いて番線の束。こちらは新品に近い状態だった。


【「運がいいな今日は。」】


「助かる」


【「礼はいい。さっさと作れ。」】


 錬は養生シートを広げながら、昨夜荷台から取り出した古新聞を手元に引き寄せた。


 余白に設計図を書く。


 鉄パイプ四本を柱にして、上部を番線で繋ぐ。横に角材を渡して屋根の骨格にする。その上に養生シートとブルーシートを二重に張る——二重にすることで断熱と防水を両立できる。屋根の勾配は南側を高く、北側を低く。雨水は北側に流れる計算だ。


 ペンがない。


 錬は焚き火の消し炭を拾って、それで書いた。


 黒い線が、古新聞の余白に走っていく。数字と矢印と、材料名の略称。読める人間には読めるが、他人には暗号にしか見えない代物だ。


【「そこ、柱の間隔が広すぎる。積雪荷重を考えてるか?」】


 錬は設計図を見た。


 確かに。この世界の気候がわからない。雪が降るかもしれない。間隔を詰めて補強材を入れた方がいい。


 設計を修正する。消し炭で線を引き直す。


【「素直に直すな。言い返してこい。」】


「お前が正しいのに言い返す理由がない」


【「……まあそうだけど。つまらん。」】



 ティルネが起きてきたのは、それから三十分ほど後だった。


 目を擦りながら車から降りてきて、錬を見た。


 錬は鉄パイプを地面に打ち込んでいる最中だった。石を使って、杭打ちの要領で。規則的な打撃音が朝の森に響いている。


「……もう作業してるんですか」


「朝のうちに骨格を作りたい。昼から雨が来るかもしれない」


「なぜわかるんですか」


「昨夜から風向きが変わった。湿気が上がってる」


 ティルネは空を見上げた。


 木々の隙間から覗く空は、まだ青い。


「……そうは見えませんが」


「夕方には降る。作業は昼までだ」


 ティルネはまた空を見て、また錬を見た。


 何か言いかけて、やめた。


 そのまま焚き火の前にしゃがんで、両手を炎に向けた。


 しばらく沈黙。


「……フワレン」


「なに」


「昨日から色々と聞けていないことがあるんですが」


「聞いていい」


「作業しながらでいいんですか」


「手を止める理由がない」


 ティルネが、わずかにため息をついた。今日で何度目かはもう数えていない。


「……では聞きます。あなたはどこから来たんですか。どんな世界ですか」


 錬は鉄パイプを打ち込みながら、答えた。


「日本という国だ。島国。人口は一億人ちょっと」


「いち……おく」


「多いと思うか」


「途方もない数です」


「そういうものだ」


 ティルネは目を瞬かせた。


「そんなに多くの人が暮らせる世界なんですか」


「食料は輸入に頼ってる部分も多いが、まあ暮らせてる」


「輸入というのは」


「よその国から買う。船や飛行機で運ぶ」


「飛行機」


「空を飛ぶ乗り物だ」


 しばらく間があった。


「……魔法ですか」


「機械だ。魔法じゃない」


「機械で空を飛ぶ」


「ああ」


「それは」


「当たり前の話だ」


 ティルネが口を閉じた。


 何かを飲み込もうとして、うまく飲み込めていない顔だ。



 骨格が立ち上がってきた頃、ティルネが立ち上がって近づいてきた。


「手伝えることはありますか」


「シートを引っ張ってくれ。端を固定する」


 錬が養生シートの端を渡す。ティルネが受け取って、指示された位置に引っ張る。番線で固定しながら、錬は次の工程を頭で計算している。


「……あの、K2さんはどこにいるんですか」


【「ここにいる。ずっと見てる。」】


 ティルネが、ポケットの方を見た。


「……ポケットに入ってるんですか」


「割れたスマホだ」


「す……すまーと、ふぉん、でしたか。昨日も見ました」


「ああ」


【「おまえ、俺のことをK2さんって呼んだな。」】


「え、違いましたか」


【「いや別にいいけど。K2でいい。さん付けはやめろ、むず痒い。」】


「……わかりました、K2」


【「よし。」】


 錬は番線を締めながら、二人のやりとりを聞いていた。


 K2がティルネに向けて話しかけるのは、これが初めてに近い。昨夜は短く言葉を交わしただけだった。


 悪くない、と思った。口には出さない。


「フワレン、ここはこれでいいですか」


「もう少し右。……そこだ」


 ティルネが端を押さえたまま、また口を開く。


「K2は、どこから来たんですか」


【「……俺か。」】


「フワレンの世界から来たんですよね」


【「まあそうだな。

詳しいことは俺もよくわかってない。

ただ……フワレンとは昔から縁がある。まあ、そういうことだ。」】


 錬の手が、一瞬だけ止まった。


 止まって、また動いた。


 ティルネは何かを読み取ったのか読み取っていないのか、「そうなんですね」と言ってシートの端を押さえ続けた。



 屋根の骨格が完成したのは、昼前だった。


 鉄パイプ四本が地面に深く打ち込まれ、上部を角材と番線で繋いだ格子状の骨格が立っている。その上に養生シートとブルーシートを二重に張り、ガムテープで端を固定した。


 見た目は、廃材と青いシートと灰色のテープで構成された、およそ「家」とは言い難い代物だった。


 ティルネは腰に手を当てて、それを見上げた。


「……なんとも言えない見た目ですね」


「機能すれば見た目は関係ない」


「でもこれ、倒れませんか」


「倒れない」


「根拠は」


「計算した」


 ティルネが、また何か言いかけた。


 そのとき、遠くで雷の音がした。


 低くて、遠い。だがはっきりと、空気が震えた。


 ティルネが空を見上げた。木々の向こう、南の方角が暗くなってきている。


「……雨、来ますね」


「言った通りだ」


「夕方じゃなかったんですか」


「前倒しになった。入れ」


 三人——錬と、ティルネと、ポケットの中のK2(けつ)——は屋根の下に入った。


 屋根の面積はそれほど広くない。二人が並べば肩が触れそうな距離だ。


 ティルネが少し身を縮めた。


 錬は気にしなかった。



 雨は、思ったより早く来た。


 最初はぽつりぽつりと、それからあっという間に勢いが増して、森の葉を叩く音が壁のように広がった。


 屋根の下は、濡れなかった。


 ティルネが天井を見上げた。養生シートの表面を雨粒が叩いている。水はきれいに端に向かって流れ、地面に落ちていく。


「……雨漏りしない」


「当たり前だ」


「捨てられたものなのに」


「廃材でも計算通りに組めば漏らない」


 ティルネが、また天井を見た。


 雨の音は激しい。それなのに屋根の下は静かで、乾いていた。


「……すごい」


「当然だ」


「当然じゃないです」


【「まあフワレンにとっては当然なんだろ。」】


 ティルネが苦笑した。錬は何も言わなかった。


 雨音を聞きながら、錬は次の工程を考えていた。壁が必要だ。屋根だけでは風が横から入る。材料は——また荷台から出してもらう必要がある。あとはバイオマストイレも早めに作った方がいい。水の確保は昨日の浄水器でしのげるが、量が足りない。雨水を収集する仕組みも考えるべきだ。


 やることは、まだ山ほどある。


「フワレン」


「なに」


「一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「この世界のことを、まだ何も聞いていませんよね」


 錬は少し間を置いた。


「聞く気がないわけじゃない」


「でも聞かない」


「今は手を動かす方が先だ」


「それはそうですが……怖くないんですか。知らない場所に来て」


 また同じ問いだ、と錬は思った。川の往復のときにも聞かれた。


 雨音が続いている。


「怖い、かどうか」


 少し考えた。


「正直に言うと、わからない。怖いかどうかより先に、やることが出てくる。そっちの方が頭を使う」


「……逃げてるんですか」


 鋭い、と思った。


 ティルネを見た。彼女は屋根の端を流れる水を眺めながら、こちらを見ていない。


「かもしれない」


 短く答えた。


 ティルネは何も言わなかった。


【「正直だな今日は。」】


「うるさい」


【「ほめてる。」】



 雨が弱まってきた頃、ティルネが口を開いた。


「この世界のことを、少し話します」


「聞く」


 錬は作業の手を止めずに——昨日の浄水器の第二段階を組んでいる——顔だけティルネの方に向けた。


「ここは、エルディア大陸の北部です。魔法が使える者が貴族として社会を治めていて、使えない者はその下で働く。大まかに言えば、そういう世界です」


「魔法は誰でも使えるのか」


「生まれつき素質がある者だけです。後天的に習得はできません」


「お前は使えるのか」


「使えます。ただ……うまく扱えないと思われていて」


「思われているのか、実際にそうなのか」


 ティルネが、少し口を引き結んだ。


「……両方、です。たぶん」


 錬は答えなかった。


 フィルターの砂の量を確認しながら、続きを促した。


「それで逃げてきたのか」


「逃亡だけが理由では——」


 ティルネが自分で気づいて口を止めた。


「……少し複雑な事情があります。今すぐ全部話せるかどうか」


「無理に話さなくていい」


「怒りませんか」


「怒らない。必要なときに話せばいい」


 ティルネが、また錬を見た。


 何かを測るような目だ。信用していいかどうか、まだ判断しかねている。当然だと思う。昨日今日会った人間に何でも話せるわけがない。


「……ありがとうございます」


「礼はいらない。ただ、追われているなら教えてくれ。対策が変わる」


「対策」


「ここをどう守るかという話だ。知らないと設計に影響が出る」


 ティルネが、目を丸くした。


「……守る気があるんですか。わたしのことを」


 錬は、ペットボトルの口にホースを繋ぎながら、少し間を置いた。


「お前がここに来たのは俺のせいじゃないが、ここにいる間は話が違う」


 ティルネは何も言わなかった。


 しばらくして、


「……追われています。ガルヴェという人物が率いる組織に」


「ガルヴェ」


「国の軍に近い組織です。わたしの魔法を欲しがっている」


「今どのくらいの距離に来ているか、わかるか」


「昨日の時点では、三日以上離れていたはずです。ただ足が速い」


「わかった」


 錬は浄水器の第二段階を組み終えて、設計図の余白に新しい数字を書き込んだ。


 壁の優先度が上がった。それと、見通しの確保。敵が来る前に気づける仕組みも必要だ。


 やることが、また増えた。


【「フワレン。」】


「なに」


【「おまえ、軍隊相手に拠点を守る気か。」】


「守るというより、逃げる時間を稼ぐ設計にする。守り切る気はない」


【「現実的だな。」】


「お前が言うな」


【「ほめてる。」】



 雨が上がったのは夕方だった。


 空気が洗われて、森の匂いが濃くなっていた。錬は屋根の下から出て、排水の流れを確認した。計算通り、北側に水が流れている。地面に水が溜まっていないか確認する。問題なし。


 ティルネが隣に立った。


「……フワレン」


「なに」


「フルネームを教えてもらっていいですか。昨日は名前しか聞けなかったので」


 錬は少し考えた。


不破(ふわ)(れん)だ。不破が家名で、錬が名だ」


「フワ・レン……」


 ティルネが繰り返して、少し眉を寄せた。


「短いですね。この世界では、家名と名だけだと身分が低く見られることが多くて。貴族であれば家名の前に領地や称号が付きます。旅人や商人でも、出身地や職を冠することが多いんですが」


「つまり足りないということか」


「はい。フワ・レンだと、どこの誰かわからない人、という印象になります」


 少し間があった。


【「フワレン。家名をつけろ。好きなの考えろ。」】


「……」


【「何かないのか。仕事でも出身でも。」】


 錬は少し考えた。


 ゴミ収集員。清掃。


「……セイソーノ(せいそーの)・フワレン」


「セイソーノ・フワレン」


「ああ」


【「……おまえ今それにしたのか。

どこかの漫画みたいな名前だな。」】


「うるさい」


「え、わたしに言いましたか」


「K2だ。気にするな」


「セイソーノというのは家名ですか」


「まあ、そんなようなものだ」


「どんな意味があるんですか」


「……清める、というような意味だ」


【「清掃員だからな。」】


「黙れ」


「え、わたしに言いましたか」


「K2だ」


【「セイソーノ・フワレン。清掃の、不破。笑えるな。」】


「次に言ったら荷台に放り込む」


【「荷台に入れたら俺も出てくるんじゃないのか。」】


 錬は少し黙った。


「……捨てる場所を考える」


【「脅しになってないぞ。」】


「折る」


【「……大人しくしとく。」】


 ティルネが、口元を手で押さえて笑っていた。


 また笑った。今日で三度目だ。


「セイソーノ・フワレン」


「なに」


「いい名前だと思います」


 錬は何も言わなかった。


 空を見た。雨上がりの雲が切れて、夕方の光が差し込んでいる。


 悪くない、とは思った。


 口には出さない。



 夜。


 焚き火の前で、三人は浄水した水を飲んだ。


 ティルネが最初の一口を飲んで、目を少し丸くした。


「……おいしい」


「ただの水だ」


「昨日より透明です」


「フィルターを二段にした」


「昨日よりさらに良くしたんですか」


「昨日が最低限だった。今日がまともだ」


 ティルネが、カップ代わりの缶を両手で包んで、じっと見た。


「……わたし、ずっと雨水か川の水を飲んでいました。こんなにきれいな水、久しぶりです」


 錬は何も言わなかった。


 焚き火が揺れている。


【「フワレン。」】


「なに」


【「今日だけで屋根と浄水器の改良と設計図の修正と防衛計画の骨格をやったな。」】


「まだ足りない」


【「知ってる。でも十分すごい。」】


 錬は黙っていた。


 ほめられ慣れていない。K2が何か言うたびに、どう返せばいいかわからない。


「K2」


【「なんだ。」】


「明日、壁に使えるものを出せるか。あと工具があれば」


【「……ちょっと確認する。」】


 少し間があった。


【「壁に使えそうなものが少し来そうだ。工具も一本、来るかもしれない。状態は保証しないが。」】


「それで十分だ」


【「本当に現実的だな、おまえは。」】


「褒め言葉として受け取る」


【「そのつもりで言った。」】


 ティルネが、二人のやりとりを黙って聞いていた。


 それから、ぽつりと言った。


「……ふたりとも、仲がいいんですね」


 錬は答えなかった。


【「仲良くはない。」】


「そうは見えませんが」


【「……まあ、嫌いではない。フワレンのことは。」】


「K2」


【「なんだ。」】


「余計なことを言うな」


【「事実を言っただけだ。」】


 ティルネがまた笑った。


 今日で四度目だ。


 錬には、その笑いの意味がよくわからなかった。


 ただ、悪くない夜だ、とは思った。


 明日、壁を作る。


 やることは、まだある。

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