第十三話「植物油から燃料を作る。これが、ここで生き続けるための手だ」
翌朝、三つの作業を並行させることにした。
錬はまず、古新聞の余白に書き出した。
一、油実の採取とバイオディーゼルの製造開始。
二、車のカモフラージュ。
三、警報システムの設置。
三つ同時にやるのは無理だ。順番を考える。警報システムは材料が揃えばすぐ設置できる。カモフラージュは枝を集める時間がかかる。バイオディーゼルは工程が長い——今日中に終わらない。
優先順位を決めた。午前中は油実の採取と製造の準備。午後からカモフラージュと警報システムを並行で進める。
「K2」
【「なんだ。」】
「今日の荷台に何が来るか、わかるか」
【「ちょっと確認する。……ドラム缶がもう一本来そうだ。あとメタノール系の廃液が少し。状態は保証しない。」】
「メタノールが来るか」
【「廃液だからな。純度は低いかもしれない。」】
「それでも使える。来たら取っておいてくれ」
【「わかった。」】
ティルネが起きてきた。
目が少しむくんでいる。昨日よく眠れなかったかもしれない。
「……おはようございます」
「ああ。油実の木に行く。準備できたら出発する」
「わかりました」
ティルネは顔を洗って、干し肉を少し食べた。錬はその間にフィルターの清掃をした。詰まった不純物を取り除く。これで少し延命できる。根本的な解決ではないが、時間を稼ぐには十分だ。
☆
油実の木は、拠点から歩いて三十分ほどの場所にあった。
低木が群生している場所で、実が鈴なりになっていた。手のひらほどの大きさで、黄緑色。熟したものは少し茶色くなっている。
「この木か」
「はい。搾ると油が出ます。料理にも使えますし、灯りにも」
「触っていいか」
「はい」
錬は実を一つ手に取って、割ってみた。断面が白く、しっとりしている。指で押すと油が滲んできた。
「……油分が多い。これは使える」
【「異世界の植物油でもバイオディーゼルが作れるかはやってみないとわからんぞ。」】
「わかってる。小規模で試してから本格的にやる」
【「慎重だな。」】
「慎重にやるべきところで慎重にやる。……いや、単純に、失敗すると燃料がなくなる」
「……最初の方が格好よかったですね」
「うるさい」
ティルネが、くすりと笑った。
二人で実を採り始めた。熟したものを選んで籠に入れる。一時間ほどで、籠が一杯になった。
「これだけあれば最初の試作には十分だ」
「全部油になるんですか」
「実の重さの三割くらいが油になる。今日採った量なら、試作分には足りる」
「少ないですね」
「最初は少量で試す。うまくいったら量を増やす」
帰り道、ティルネが言った。
「……フワレン、昨夜考えていたんですが」
「なに」
「隠れ場所のことです。地下に穴を掘るとおっしゃっていましたが、わたし……閉じた場所が少し苦手で」
錬は少し考えた。
「どのくらい苦手だ」
「逃亡中に一度、岩の隙間に身を隠したことがあります。そのときに、少し、動けなくなって」
「狭くて暗い場所か」
「……はい」
「わかった。設計を変える」
「変えてもらえるんですか」
「お前が使えない隠れ場所は意味がない。別の方法を考える」
ティルネが、少し安堵した顔をした。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない。設計上の問題だ」
【「建前の精度が上がってきてるな。」】
「うるさい」
「え——」
「K2だ」
☆
拠点に戻ると、荷台からドラム缶が出ていた。
それと、廃液のボトルが数本。一本を開けると、アルコール系の臭いがした。メタノールが混じっている。純度は低いが、使えないことはない。
「K2、苛性ソーダ系のものは来るか」
【「……廃洗剤が少し来るかもしれない。強アルカリのやつ。」】
「それで足りるかどうか計算する」
錬は設計図を引いた。
バイオディーゼルの工程は単純ではない。温度管理が必要だ。メタノールと苛性ソーダを混ぜてメトキシドを作り、それを加熱した植物油に加える。一時間、撹拌し続ける。その後、静置して層が分離するのを待つ。
問題は撹拌だ。一時間、手で混ぜ続けるのは腕が限界になる。
「K2、廃モーターは来るか」
【「……小型のやつなら来るかもしれない。何に使う。」】
「撹拌機を作る。モーターに棒を繋いで回転させる」
【「なるほど。ちょっと待て。」】
圧縮板が動いた。小型の廃モーターが一つ転がり出てきた。洗濯機の排水ポンプのものらしい。シャフトが生きている。
【「これでいいか。」】
「いい」
錬はモーターを分解して確認した。コイルに断線はない。整流子も問題ない。使える。
棒を取り付けて、ドラム缶の中で回転させる仕掛けを組み立てた。電源は車のバッテリーから引く。
ティルネが、その作業を横で見ていた。
「……また新しいものを作っているんですね」
「撹拌機だ。混ぜ続ける機械」
「燃料を作るために、機械を作るんですか」
「手でやると疲れる。機械にやらせた方がいい」
「……そういう考え方なんですね」
「楽にできることを楽にする。その分、別のことに手を使える」
☆
午後から、カモフラージュに入った。
錬は森の中を歩いて、枝を集めた。葉がついたもの。長さが一メートル以上のもの。できれば色が車の周囲の木々に近いもの。
ティルネも手伝った。
「どんな枝がいいですか」
「葉が多くて、まだ緑のもの。乾いていないやつだ」
「なぜ乾いていないものがいいんですか」
「乾くと葉が落ちる。こまめに交換しないと意味がなくなる。生きた枝の方が長持ちする」
「なるほど」
集めた枝を、車の屋根と側面に差し込んでいく。番線で軽く固定する。抜けないが、引けば外れる。すぐ動かせる状態を保つためだ。
一時間ほどで、車の外観が変わった。
水色と白のツートンが、葉の隙間からわずかに見えるだけになった。
錬は少し離れた場所から確認した。
木々の間に車が溶け込んでいる。遠くから見れば、ただの茂みに見える。
「……変わりましたね」
ティルネが、隣に立って言った。
「まだ不十分だ。上からも葉を被せる。それと、時間が経つと枝が枯れるから、一週間に一度は交換する」
「一週間に一度、ですか」
「手間がかかるが仕方ない」
「わかりました。わたしがやります」
「お前が?」
「フワレンは他のことをしていてください。これくらいは」
錬は少し間を置いた。
「……助かる」
☆
夕方、警報システムに取り掛かった。
仕組みはシンプルだ。拠点の周囲、侵入してきそうな方向に細い蔓を膝の高さに張る。蔓の端に缶を吊るす。人が蔓に引っかかると缶が揺れて音が出る。
問題は風だ。風でも蔓が揺れれば缶が鳴る。誤報が多すぎると、本当に危険なときに気づけない。
「K2、この辺りの風の向きは」
【「おまえの方がよく知ってるだろ。」】
「確認の意味で聞いている」
【「……西から東が多い。強い風は南寄りになることがある。」】
「では東側と南側は缶の代わりに別の仕掛けにする。風で鳴りにくいもの」
錬は少し考えて、缶の中に小石を入れた。ある程度の力がかからないと鳴らない仕組みにした。軽い風では揺れても音が出にくい。人が引っかかれば確実に鳴る。
ティルネが、設置作業を手伝いながら言った。
「……これで追手が来たらわかりますか」
「夜間でもわかる」
「夜中に鳴ったら」
「すぐ動ける準備をしておく。ティルネは決めた場所に向かう」
「決めた場所というのは」
「隠れ場所のことだ。地下は苦手と言っていたから、設計を変える。拠点から少し離れた岩場に、目立たない入り口を作る。中は狭くないようにする」
「岩場に……」
「明日、場所を一緒に選ぶ。お前が安心できる場所でないと意味がない」
ティルネが、錬を見た。
「……安心できる場所、ですか」
「使う人間が安心できないものは、いざというときに機能しない」
ティルネが、少し黙った。
「……わたし、フワレンに守られているんですね」
「そういうつもりはない」
「でも、そういうことですよね」
錬は答えなかった。
蔓を固定する番線を締めた。
【「フワレン。」】
「なに」
【「今日一日、やったことを数えてみろ。」】
「油実の採取。バイオディーゼルの準備。撹拌機の製作。カモフラージュ。警報システムの設置」
【「全部ティルネがらみだな。」】
「燃料はエンジンのためだ」
【「ティルネがいなかったら、ここまでやったか?」】
錬は少し間を置いた。
「……わからない」
【「正直だな。」】
夜空に、星が出ていた。
明日、バイオディーゼルの試作に入る。うまくいけば、この拠点はまだしばらく動き続けられる。
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**(第十三話、了)**
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*次回:第十四話「分離した。上の層がバイオディーゼルだ」*




