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ゴミ収集員の俺、壊れた廃材だけで異世界拠点を作ることにした  作者: 泣く子はビネガー


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第十話「雨が来た。屋根の強度を確認する」

 翌朝、罠を確認しに行くと、三カ所のうち一カ所に小動物が掛かっていた。


 兎に似た生き物だ。耳が長くて、毛が灰色。鼻が細く、目が大きい。この世界にしかいないものかもしれないが、見た目も構造も地球の兎とほぼ同じだった。


 ティルネが確認して、うなずいた。


「……これは食べられます。逃亡中に何度か」


「捌き方は知っているか」


「知っています」


 錬は少し間を置いた。


「任せる」


 ティルネが、少し目を丸くした。


「……任せてもらえるんですか」


「お前の方が経験がある。それに速い」


「フワレンはできるんですか」


「できるが、初めてだ。お前がやった方が無駄が出ない」


 ティルネが、また何か言いかけてやめた。


 それから、静かにうなずいて、作業を始めた。


 錬は拠点に戻った。


 今日やることは決まっている。



 雨水収集の仕組みを作るのは、昨夜から決めていた。


 雨が来ることはわかっていた。問題は来る前に準備が間に合うかどうかだ。


 今ある屋根は養生シートとブルーシートの二重張りで、傾斜は北側に向けてある。雨水はその方向に流れる。流れていく先に集水口を作り、ホースで容器に誘導すれば貯められる。構造は単純だ。問題は容器と、ホースと、固定するための部品が揃うかどうかだった。


「K2、大きめの容器を出してくれ。蓋があるやつがいい」


【「ちょっと待て。」】


 少しの間があって、圧縮板が動いた。


 転がり出てきたのは、ポリタンクが二本。二十リットルと十リットル。どちらも蓋がついていた。


【「二本出た。どうだ。」】


 K2の声に、わずかに得意げな気配がある。


「助かる」


【「どうだ、って言ってるんだが。」】


「だから助かると言った」


【「……もっと驚けよ。一本じゃなくて二本出したんだぞ。」】


「次はホースが必要だ」


【「聞いてるか?」】


「聞いてる。ホースを頼む」


 またしばらく間があった。


【「……まあいい。」】


 圧縮板がもう一度動いた。ホースが一本出てきた。長さは二メートルほど。接続部に少し錆が出ているが、使えないことはない。


 錬は屋根の端に集水口を作り始めた。


 養生シートの端を少し折り返して内側に溝を作る。水がそこに集まるように。溝の一番低い部分にホースの先端を差し込んで、番線で固定する。ホースのもう一方はポリタンクの口に繋ぐ。


 もう一つ、仕掛けが必要だった。


 屋根が乾いているときに溜まった埃や虫や枯れ葉が、最初の雨水に混じって流れてくる。それをそのまま貯水タンクに入れると、水が汚れる。最初の数リットルだけ別の小さな容器に流して、それが溢れてから本体タンクに切り替わる仕組みにする。ファーストフラッシュという方式だ。


 手元にある部品で作った。小さな缶に穴を開けて中間に挟む。満杯になれば自然にタンクへ溢れる。


「K2、確認してくれ」


【「……構造は悪くない。ただ、屋根の傾斜が緩いと小雨のときに流れが遅くなる。大雨なら問題ないが。」】


「わかってる。小雨のときは川の水で補う。大雨のときに集中的に貯める設計にした」


【「なるほど。まあいいか。……ちゃんと考えてるな。」】


「当然だ」


【「当然だってよ。」】


 その最後の一言を、錬は聞こえなかったことにした。



 ティルネが戻ってきたのは、昼前だった。


 手に、きれいに処理した獲物を持っている。逃亡中に何度もやったのだろう、手際がよかった。


「……焼けばいいですか」


「煮た方がいい。出汁が取れる」


「出汁というのは」


「旨みが水に溶け出る。その水ごと食べると腹に溜まる。野菜か根菜があれば一緒に煮るといいが、今日は肉だけでも十分だ」


「鍋はありますか」


「昨日から用意している」


 ティルネが、少し目を丸くした。


「……昨日から?」


「罠の設計を考えたとき、捕れる確率は五割以上だと判断した。捕れた場合に備えて、昨日のうちに鍋と水の準備をしておいた」


「……五割以上、というのはどうやって計算するんですか」


「足跡の数と、糞の新鮮さと、草の倒れ方からだいたいわかる。正確ではないが、目安にはなる」


「そんなことまでわかるんですか」


「本で読んだことと、昨日実際に見た痕跡を合わせた。経験があれば精度が上がる。俺はまだ一回目だから粗い」


 ティルネが、少し呆れたような顔をした。しかし、呆れているだけではない何かが混じっていた。


「……本当に、全部考えているんですね」


「考えておかないと、困る場面で困る」


「疲れませんか」


「また同じことを聞くのか」


「また同じ答えが返ってくると思うので」


「わからない、だ」


「やっぱり」


 ティルネが、小さく笑った。


 鍋に水を入れて火にかけた。


 煮え始めるまでの間、二人とも黙っていた。鍋が小さく音を立て始める。香草の匂いが立ち上る。


「……フワレン」


「なに」


「一つ聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「フワレンは、もとの世界に帰りたいですか」


 錬は、少し間を置いた。


「……考えていない」


「考えていない、というのは」


「帰れる方法があるかどうかわからない。方法がわからないことを考えても意味がない。だから考えていない」


「もし帰れるとしたら」


「……わからない」


 ティルネが、鍋を見た。


「わたしが呼んだことを、やっぱり怒っていますか」


「怒っていない」


「本当に?」


「本当に。怒る気力がない、というより……怒る意味がわからなくなった」


「意味がわからない、というのは」


 錬は、しばらく考えた。


「ここに来て、やることがある。やることがあると手が動く。手が動いていると、怒る暇がない。それが続いているうちに、怒っていたかどうかもわからなくなった」


 ティルネが、錬を見た。


「……それは、怒っていないということですか」


「たぶん」


「たぶん、ですか」


「自分の感情がよくわからないことがある」


 ティルネが、また少しの間黙っていた。


「……そうですか」


「変か」


「……いいえ。少し、わかる気がします」


 鍋が、沸き始めた。



 夜半過ぎに、雨が来た。


 最初は静かだった。


 葉を叩く音が、遠くからだんだん近づいてくる。最初は点在していた雨粒の音が、やがて面になって、屋根を叩く音が壁のように広がった。


 錬は運転席で目を覚ました。雨が来る前から、何かあればすぐ外に出られるよう運転席で寝ていた。


 体が緊張していた。眠っている間も、どこかで音を聞いていたらしい。


 まず屋根の音を聞く。シートが叩かれている。次に、骨格から伝わる振動。問題ない範囲だ。


 外に出た。


 雨が激しかった。顔に当たる。目を細めながら、ヘッドランプ代わりに荷台の照明ランプを持って確認に行く。


 ファーストフラッシュの容器が溢れていた。本体タンクへの切り替えが機能している。ホースの繋ぎ目から少し滲んでいるが、ポリタンクの外側を伝って地面に落ちているだけで、タンクの中身は汚れていない。許容範囲だ。


 屋根の状態を見る。養生シートが雨を受けて少したわんでいるが、破れていない。水が設計通り北側へ流れていく。


 問題なし。


 戻ろうとして、小屋の入り口にティルネが立っているのを見た。


 マントを羽織って、雨の向こうから錬を見ている。


「……起きていたんですか」


「雨音で」


「全部機能している。問題なかった」


「確認しに行ったんですか。この雨の中を」


「確認しないと眠れない」


 ティルネが、少し黙った。


 雨が続く。錬は濡れている。ティルネは軒下に立っている。


「……中に入ってください。濡れています」


「俺はいい」


「よくないです」


 ティルネが、小屋の端に身を寄せて、場所を作った。


 錬は少し躊躇してから、軒下に入った。肩が触れそうな距離だ。雨が屋根を叩く音が間近になる。


 二人で、雨を聞いた。


 屋根を叩く音。ホースを伝う音。タンクに水が溜まっていく、かすかな音。


「……雨漏りしませんね」


「計算通りだ」


「捨てられたもので作った屋根なのに」


「計算通りに組めば漏らない。材料は関係ない」


「……そうですね」


 ティルネが、暗い拠点を見渡した。


 雨の中でも、そこにあるものはそこにある。


「フワレン」


「なに」


「ここって、なんか……いいですね」


「何が」


「ちゃんとしているところが。雨が来ても、壊れない。それが——なんか、いいです」


 錬は答えなかった。


 ただ、雨の音を聞いていた。


【「……いい夜だな。」】


 K2が、静かに言った。


「雨だぞ」


【「だから言ってる。」】


 錬には、その意味がよくわからなかった。


 ただ、悪くない夜だとは思った。隣にティルネがいて、屋根が雨を防いで、タンクに水が溜まっていく音がして。


 悪くなかった。

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