表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂犬アルファと秘密の優等生オメガ~屋上の共犯関係から始まる、とろけるような溺愛巣作り生活~  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第10話「巣作りとシチュー」

 文化祭が終わり、季節は晩秋へと移ろっていた。


 肌寒さを感じるようになったある週末。俺は蓮のアパートに招かれていた。


「親父もお袋も旅行でいねえから、飯でも食いに来いよ」


 そう誘われたのだ。


 蓮の部屋は、意外なほど片付いていた。もっと雑然としているかと思ったが、物は少なく、シンプルで機能的だ。ただ、部屋の隅には山積みになった漫画やゲームがあり、そこだけ年相応の少年の部屋らしさを醸し出している。


 しかし、何より特徴的だったのは、部屋の至る所に置かれたクッションやブランケットの多さだった。


 ソファの上にはふわふわの毛布。床には厚手のラグ。ベッドの上には幾つもの枕。


 まるで、小動物が冬眠するために整えた巣のようだ。


「適当に座っててくれ。今、仕上げるから」


 蓮はキッチンに立ち、エプロンをつけて鍋をかき混ぜていた。


 その背中が、学校での「狂犬」という異名とはあまりに不釣り合いで、俺は微笑ましさに頬が緩むのを止められなかった。


 漂ってくるのは、甘く優しいクリームシチューの匂い。


 俺は言われた通り、ソファに座った。置かれていたブランケットを膝にかける。


 すると、ふわりと香った。


 シダーウッドの香り。蓮の匂いだ。


 この部屋にある全ての布製品に、蓮の匂いが染み込んでいる。


 本来、自分の安息地を作るための「巣作り」という行為は、オメガの本能的行動と言われている。発情期や妊娠中に、パートナーの匂いのついたものを集めて、安心できる空間を作るのだ。


 でも、この部屋は逆だ。


 アルファである蓮が、無意識なのか意識的なのか、部屋中を自分の匂いと柔らかいもので満たしている。


 まるで、俺を迎え入れるために。


 俺がここで安心して息ができるように。


「できたぞ」


 蓮が湯気の立つ皿を運んできた。


 具だくさんのクリームシチューに、バゲット、サラダ。家庭的で温かみのある食卓。


「いただきます」


 一口食べると、濃厚なミルクの味と野菜の甘みが口いっぱいに広がった。


「……美味しい」


 心からの言葉が出た。


「そりゃどうも。店の手伝いで嫌ってほど作らされたからな」


 蓮は照れくさそうに頬杖をつきながら、俺が食べるのを見ている。自分は食べないのかと思ったら、「俺は味見で腹いっぱいだ」と言った。


 嘘だ。俺が美味しそうに食べるのを見て、満足しているだけだ。この人は、どこまで与えるのが好きなんだろう。


 食事を終え、二人でソファに並んで座り、テレビで映画を観ることになった。


 少し古いアクション映画だ。


 蓮が、自然な動作で俺の肩にブランケットを掛け直してくれる。


「寒くないか?」


「うん、大丈夫。……暖かいよ」


 部屋の暖房のせいだけじゃない。この空間そのものが、陽だまりのように暖かいのだ。


 映画の途中、俺は不意に睡魔に襲われた。


 お腹がいっぱいで、温かくて、安心できる匂いに包まれて。


 ここ数ヶ月の緊張の糸が、完全に解けてしまったようだった。


 俺の頭が、こくりと揺れて、隣の蓮の肩にもたれかかった。


「……お、おい」


 蓮の戸惑う声が聞こえたが、俺はもう目を開けられなかった。


 蓮は一瞬身を固くしたが、やがてそっと、俺の頭を自分の肩に乗せ直してくれた。そして、大きな手が俺の髪を優しく撫でる。


 そのリズムが心地よくて、俺はさらに深い微睡みへと落ちていく。


 意識が溶ける寸前、蓮が何かをつぶやいたのが聞こえた。


『……俺が、お前の居場所になってやる』


 それは誓いのようだった。


 オメガが作る巣は、自分を守るためのもの。


 でも、アルファである蓮が作ったこの巣は、俺を守るための要塞であり、ゆりかごだった。


 俺は夢うつつの中で、蓮の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


 自分の金木犀の香りが、蓮のシダーウッドの香りに溶けて、新しい香りになっていく。


 それは、「二人」という関係性が確立された証しのように思えた。


 外の世界にはまだ冷たい風が吹いているかもしれない。親との問題も、進路のことも、何も解決していない。


 でも今、この部屋にあるシチューの湯気と、毛布の温もりと、隣にいる人の鼓動だけが、俺にとっての真実だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ