9話 転生令嬢は前世を思い出す
セドリックは、公爵家で婚約を纏めたあの日からずっと子爵家にいる。
時々私の部屋に泊まり込む事もある。
セドリックに軽くちょっかいをかけられるが、ただ仲良く抱き合って眠るだけ。
この国は貞操観念は厳しくはないが、お互いが何となく貴族として!を、守っている。
ダンジョンの準備も終わり、今日はギルドマスターに呼ばれているので用事が終わり次第ダンジョンに潜る計画を立てた。
初ダンジョンとアイテムの試しも兼ねているので、3日間の予定だ。
エリアナはダンジョンに潜る計画が決まってからはご機嫌だった。
セドリックは宣言通りに学園には通っていない。ずっとエリアナの側にいる。
公爵はセドリックの好きになようにさせているので、エリアナから何か言う事もない。
セドリックと共に過ごす事がとても楽しかったから。
セドリックと二人でギルドに久々に訪れた。
エリーお姉さんに呼ばれ、ダンジョンに潜る話をした。
帰って来たらダンジョンの話を聞かせてと、一緒に夕ご飯をする約束もした。
マスターの部屋に着くと、エルランドが足早で二人に近付いてきた。
「エリアナ!あの水筒は最高だな!」
セドリックが水筒を受け取る。
エリアナはエルランドに背中をバシバシ叩かれていた。
エルランドは水筒を気に入ったらしい。
今からダンジョンに行く話をして、ダンジョンから戻り次第アイテム使用の報告をする旨を伝えた。
「楽しんで来いよ!」
エルランドさんからの言葉に、二人は笑顔で手を振りダンジョンへと向かった。
馬車の中での2人は、ダンジョンがどんな場所かに話を膨らませていた。
エリアナはとても興奮していた。
やっとダンジョンへと行けるのだ。
楽しそうにするエリアナを見るだけで、セドリックも楽しくなる。
ダンジョンの町に着き、馬車をいつもの広場に停めた。
ダンジョンの門をくぐると、入口の扉の前が何やら騒がしい。
セドリックが私の手を繋いだまま、私を自身の背中に隠した。
「リア。少しだけ隠れてて下さい。」
エリアナはセドリックの手をギュッと握り、黙って背中に隠れた。
騒がしい人達はこちらに気が付くと、声をかけてきた。
「リック!?久し振りだな。なぜ学園に来ないんだ?」
「え?セドリック様がいらっしゃるの?」
「セドリックさま〜。久し振り〜。」
気の強そうな女性の声と、甘ったるい女性の声が聞こえた。
何となく気になり、セドリックの背中から少しだけ覗いてみた。
ダンジョン入口には、高位貴族らしい男性が四人。美人な女性に、可愛らしい女性の二人が並んでこちらを見ていた。
(この光景⋯⋯。知ってる⋯⋯。
支柱のドラゴンで気が付いていたら、ダンジョンなんて来なかったのに⋯⋯。)
エリアナの脳裏に前世の記憶が流れ込んでくる。
セドリックの手を握る事すら出来ずに、離してしまう。
異変に気が付いたセドリックが振り向き、倒れそうなエリアナを抱きとめる。
「リア!?リア!」
「どうしたのですか?!」
必死に呼ぶ声に必死でエリアナが伝える。
「お願い⋯⋯セド。や、邸に戻って⋯⋯。早くっ⋯⋯。」
そう伝えると、エリアナはぐったりとセドリックの腕の中で意識を手放した。
「リック?その女性は?」
一人の男性が声をかけながら近付いてきた。
気配を感じ、直ぐ様エリアナの顔を見れないように胸に抱き込む。
後ろからは
「セドリックさまが女性となんでいるの〜?その女は誰よ〜。」
「セドリック様が女性といるなんてあり得ませんわよ!ただの知人でしょ?」
セドリックが嫌う、煩い輩が騒いでいる。
「殿下。婚約者の体調が悪いようですので急ぎ戻ります。」
失礼。
婚約者と聞き後で騒ぐ人達を無視して、急ぎ馬車に戻る。御者に邸に急ぐように伝え、セドリックは意識のないエリアナをずっと抱きしめていた。
子爵家に着き、エリアナを私室のベットに寝かせる。
侍女にエリアナの着替えを頼み、自身も急いで着替える。
今日は子爵夫妻はお茶会に呼ばれて不在だった。
執事に夫妻へ至急戻るように伝え、エリアナの部屋へと急ぐ。
エリアナの側に行くと、静かに眠りについている。
エリアナの頬に触れ
「リア?起きれますか?」
何度か呼びかけるも、身動ぎ一つしない。
セドリックはエリアナの手を握り、ずっと頬や髪を撫で続けた。
子爵夫妻が急いで戻って来た。
セドリックはエリアナの事を説明する。
「ダンジョンの入口までは、とても楽しそうにはしゃいでいました。ですが、殿下や側近達が騒いでいるのを見て倒れたのです。」
「意識を手放す寸前に、急いで邸に戻って欲しいと。」
エリザは娘の髪を撫で、涙を流す。
セドリックが医者を呼んでいたので診察をしてもらう。
「お嬢様は深く眠りに就いています。魔力が凪いでいますのでとても深い眠りのようです。」
「娘は目覚めますか?」
医者は、首を振り
「いつ目覚めるかは解りません。今日かもしれませんし、それ以上かもしれません。」
医者の言葉に夫妻は顔を青褪め、膝を突いてしまう。
「大丈夫ですよ!リアはダンジョンにまだ潜っていないのです。きっと直ぐに目覚めますよ。」
セドリックは夫妻に手を差し出し、そう声をかける。
セドリックも不安なのだろう、今にも泣きそうな揺れる瞳をしている。
夫妻もセドリックの言葉に、前向きに考えるようにする。
「小さい頃から領地の為に頑張って来たのですから、少しお休みしてるだけよね?」
エリザがギルベルトに話しかけた。
「そうだな。少しの休息だな。」
夫妻とセドリックは交代でエリアナの側にいた。
エリアナはその時、深い意識の中にいた。
俯瞰で自身の日本での生活を覗いていたのだ。
(まるで幽体離脱ね。)
目の前で、日本で生きていた自分を見ていたからだ。
私の実家は漢方を扱う老舗の薬局だった。
祖母も母も薬剤師の免許を持ち、自宅で調剤も行っていた。
私もそんな家で育ったので、自然に薬剤師の道を歩んだ。
新山瞳。死んだ時の年齢は29歳だった。
海外の山に薬草を採りに行き、滑落した⋯⋯。
自分の死んだ記憶を思い出した。
薬科大学に進むため、実家のある場所から離れた県外に出た。
一人暮らしをしつつ、大学の勉強に励んだ。知識を深めたかったので、6年制課程の大学に進んだ。
毎日、勉強とアルバイトの繰り返し。
勉強は楽しかったが、趣味が無かった。
ある日バイト先の男性の同僚が、冒険者のネット小説を勧めてくれた。
何となく読んでみたが、異世界での冒険者の話にはまってしまった。
それから冒険者の小説を沢山読んで、妄想を繰り返した。
私なら薬の知識を使うのに!
ここではこの薬草よ!
と、良い大人が妄想で騒いでいたのだ。
冒険者の小説の影響か、自ら山に入り薬草採取をしていた。
Fランクは、薬草採取よね!
と、薬草を摘んでアパートで手作りの化粧品や胃腸薬を作った。自分用にね!
飲食店にバイト先を変えた時に同じ薬科大学の生徒がいた。
その子とは仲良くなれなかった。
私は恋愛にあまり興味が持てなかったが、その子は恋愛至上主義でついて行けなかった。
薬科大学もギリの単位で、このままだと留年確定らしい。
本人が気にしてないので、私が何かを言う事も無かった。
その子から
「冒険者やダンジョンが好きなら、この本読んで!」
と、一冊の本を渡された。
それが、今私がいる世界のお話だったのだ。
せっかく勧めてくれたので、読んでみた。
タイトルは。
【ダンジョン攻略と恋の攻略☆アイテム探して恋をする♡】
略して、【ダン恋♡】
らしい⋯⋯。
センスとは一体どこに?
確かに冒険者もダンジョンも出てくるが、恋愛ゲームのオマケ扱いで私は好きになれなかった。
その同僚に本を返そうとしたが、いつの間にか辞めてしまっていた。
その後、ダン恋の続編が出た。
表紙を見ると、藍色の髪に金色の瞳の綺麗な男性の表紙だった。
何となくその絵に惹かれ、買って読んで見たがやはりダンジョンはオマケだった。
しかも、乙女ゲームとやらとコラボらしく恋愛要素が強め。
一通り目を通すと、本棚から出す事は無かった。
そう!
ギルドで私に声をかけてきたセドリックを見た事があると思ったが、続編の表紙の美しい男性だった。
しかも、ダンジョン入口で会った王太子殿下やその側近達。それに悪役令嬢やヒロインがいたのは、乙女ゲームの開始のイラストの風景だったのだ。
自身の薬科大学の卒業も見届け、実家での調剤の仕事もこなしつつソロキャンプをして冒険者気分に浸る⋯⋯。
そんな自分を見た感想は、寂しい人生だな⋯⋯。だった。
でも、当時の自分は満足していたのだから、それで良し!
と、前世の自分を見ていると視界が光に覆われてきた。
光がどんどん眩しくなる。
その度に誰かの声が聞こえる。
リア⋯。リア⋯⋯。と⋯⋯。
酷く悲しげな声に意識を向けてみると、何かに急に引っ張られた。
ビクッとなり、目が覚めた。
寝ていたのか⋯⋯。
目を開けるとベットの天蓋が視界に入る。
ホテルかな!?
前世と今世の境が解らず、頭が混乱している。
ぼんやりと天蓋を見ていると、誰かが覗き込んだ。
藍色の髪に金色の瞳⋯⋯。美しい青年。
エリアナの頬にポツリと雫が落ちる。
セドリックの瞳からは次々と涙が零れ落ちている。
エリアナはセドリックの頰を拭い。
「セド。ただいま。」
小さく微笑んだエリアナの瞳には、大きな雫が溜まっていた。
セドリックは
「お帰り。リア。」
優しく抱き込み、エリアナの髪をゆっくりと撫でた。
エリアナは目を閉じた。
(あのダンジョンのシーンを見たなら、乙女ゲームがスタートしたのね⋯⋯。)
抱きしめられたまま、エリアナは再び眠りに就いた。
苦手な乙女ゲームの世界に転生した事を今は忘れたかった⋯⋯。




