42話 殿下の決断
セドリックと殿下が秘密のお店でトニー達と話をしている頃……。
エリアナはマリナの滞在するエスリン伯爵家を訪れていた。
マリナの隣には支えてもらいながらではあるが、自分で歩く義兄のクリストフが待っていてくれた。
本来二人は学園の三学年になるのだが、クリストフの体調不良が続き二人は二学年の初めに飛び級で既に卒業していた。
「いらっしゃい!アナ!」
マリナは久々に会うエリアナを抱きしめた。
「会いたかったです。お姉様……。」
マリナの腕の中でエリアナは泣くのをグッと我慢する。
マリナは可愛い妹の頭を優しく撫で、エリアナの顔をあげさせて顔色を伺う。
「少し痩せた?」
マリナの言葉に、エリアナは苦笑いをする。
「学園生活が大変なの……。」
エリアナはため息を吐くが、姿勢を正して義兄になるクリストフへと挨拶をする。
「お久しぶりです。クリストフお義兄様。
少し元気になられたみたいで、良かったです。」
エリアナはクリストフの姿に安堵して、笑顔で話しかけた。
「アナちゃんから貰ったお茶と薬を飲み続けたら、かなり回復したんだ。
最近はお茶会にもマリナと参加出来るまでになったよ。ありがとう。」
エリアナの両手をクリストフが掬い上げ、ギュッと握りお礼を伝えた。
「お姉様。これからお手紙で伝えた事をしたいのですが……。」
エリアナがマリナに問いかけると、マリナとクリストフが頷き邸の中に案内してくれた。
今日は伯爵夫妻は邸に不在である。
不在の日を聞いて、今日エリアナが来る事になったのだ。
クリストフの私室に入り、三人はソファーに座る。
「これから行う事は、他言しないって約束して下さい。見た事全てをです。」
エリアナの神妙な空気に、二人は頷いた。
「今から出すお薬を飲んで貰いますが、光を放つのでその光を遮る為に結界を張ります。」
エリアナがそう言うと、ポッケから小さなふわふわをテーブルに置いた。
テーブルの上には、ふわふわで可愛らしい小さな兎がいた。
『君がエリアナの姉のマリナだね?』
兎がいきなり喋り出したため、マリナとクリストフが驚いて抱き合っていた。
『ごめん!驚かせたね。私は神様だよ。エリアナが大好きで一緒にいるんだ!』
腰に手を当てドヤ顔で話すが、可愛い過ぎるだけで神様としての威厳は一切ない……。
神様はふわりと浮かぶと、子供の姿になった。
『エリアナはね。マリナの婚約者の病を治す為に必死に学んで来たんだよ。森に入って薬草を探したり、病気の原因を必死に調べていた事を知っている。』
神様の言葉に、マリナとクリストフがエリアナに視線を向けた。
エリアナは恥ずかしそうに俯いてしまった。
『エリアナはマリナの幸せの為に頑張った。自分の幸せは後回しで、いつもいつも家族や領民の為に頑張ったんだ。
そんな優しいエリアナを好きになるに決まっているでしょう?エリアナの幸せの為に、僕はいつでも手を貸すんだ。』
クルクル回りながら、神様はエリアナの自慢話を続ける。
エリアナは居た堪れなくなり、ふわふわ浮かぶ神様を抱き込み黙らせた。
「今から神様に人払いの結界と、光を遮る結界を張ってもらいます。クリストフお義兄様はその間に薬を飲んで下さい!」
エリアナが捲し立てて説明をし、神様に結界を張らせた。
腰のマジックポーチから薬の瓶を出し、テーブルにそっと置いた。
小さな瓶をクリストフは手に取り、迷う事なく飲み干す。
クリストフの体が輝いた瞬間。ゆっくりと光は消えて行った。
「嘘だろう……。」
クリストフは自分の手を握ったり開いたりした。いきなり立ち上がると、軽くジャンプをする。
マリナは驚いて止めようとするが、クリストフはマリナを力強く抱きしめた。
弱々しく抱きしめる事しか出来なかったクリストフの力強さに、マリナの目は大きく見開くと涙を溢れさせた。
抱き合う二人は、エリアナと神様に深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
涙声でお礼を伝えるクリストフ。
溢れる涙を止められず、言葉を伝えられないマリナ。
喜ぶ二人の姿に、エリアナもまた涙を流した。
神様は幸せな涙を流すエリアナを、なでなでし続ける。
『エリアナ。良かったね!』
神様の笑顔にエリアナはコクコク頷いた。
「クリストフお義兄様は暫くは回復していない振りをして貰いたいのです。急に元気になったら怪しまれます。なので、ゆっくり回復したようにして下さい。」
エリアナのお願いを二人は了承した。
確かに急に回復したら怪しまれる可能性がある。
「誰かに聞かれたらお茶と薬の話はしても構いません。でも、お義兄様と同じような病である事と為人を見て話してください。」
結界を解いてもらい、執事にお茶を運んで貰う。
やはり神様はお菓子に釘付けで、テーブルの上のお菓子を食べ続けた。
学園の様子をエリアナは掻い摘んで話た。
魔術科の先生の話になった時に、マリナからヴィラ先生の名前が出た。
ヴィラ先生は女性からの人気が高く、とてもモテるらしい。
女性に好かれても困る!
と、男性からの好意の少なさに嘆いていたと、マリナとクリストフが楽しそうに教えてくれた。
(今も変わらないけど……。)
ヴィラ先生の悩みは、解決する事はないみたいだ。
マリナとクリストフに見送られ、エリアナはご機嫌のまま王都の邸に帰って行った。
〜✿✿〜
アーカート公爵家の邸では……。
イザベルは王宮から派遣された教師により、徹底的に厳しい教育を受けていた。
小さい頃から転生者を名乗り自由に過ごしていた為、他家の高位貴族の教育より緩い教育が施されていたのだ。
アーカート公爵夫妻は厳しい教師を選び、教育をさせていた。
だが、教師達が転生者のイザベルに忖度をし教育をした体で報告していたのだ。
それなりに振る舞っていたイザベルだった為、公爵夫妻も気が付かなかったのだ。
だが、先日のギルドマスターへの暴言で疑問を持った。
ゴードンとのやり取りで、教育不足を認識した。
イザベルは王太子殿下の婚約者であり、自身が転生者を名乗り無意識にだが、権力を振るっていたのだ。
国を豊かに導く事で、大切にされる転生者。
だが、そうで無かった場合の反動は大きい。
豊かにするからこそ、転生者の言い分を通すのだ。我が儘を聞き、我慢をする。
国を豊かにする対価として、不満があっても耐えるのだ。
イザベル自身、悪気は全く無かったのだが……。
嫌いな人や苦手とする人の名前を口にしたり、食べ物や装飾品を貶す言葉を度々口にしていた。
イザベルはただ愚痴の一つとして口にしただけだった。
日本ではそんな会話は当たり前のようにしていたから……。
だが勝手が違うこの世界。
認識不足で、自身の口にした言葉一つで人を地獄に落とす事を再教育の中で、イザベルは初めて知った……。
教師はイザベルがどれだけの人の人生を狂わせたのか。
ゴードンが調べあげた報告書を丁寧に一人、また一人と説明をする。
(少し愚痴っただけじゃない!
皆言ってるのに?!
知らない!知らないわよ……。)
教師の言葉を、イザベルは心の中で跳ね除けた。
早く教育を終わらせようと、理解した振りをするイザベル。
だが、相手は王族を教育する教師。
幾ら改心した振りをし表面を取り繕おうと、内面が変わらない事を見抜かれている……。
母レイチェルの忠告を理解していないイザベルに、ゴードンとレイチェルは呆れるしかなかった……。
教師からの報告を聞き、更に厳しい教育を指示する。
これで無理ならば、公爵家として娘を処罰しなければならない。
(苦渋の決断をするのか……!)
ゴードンは公爵家の当主として下す事がないよう、心の中で祈り続けた。
イザベルへの教育は、更に厳しくなった。
貴族とは。高位にある公爵家とは。
イザベルには、幼少から学ぶ最初の教育を一から施された。
一つ一つ教わる中で、イザベルは自身の間違いにようやく気が付いた。
ここは現実の世界なのだと。
身分制度に雁字搦めの窮屈な世界。
一つの失態で、命すら危うくなるのだと。
今の自分の立場は、危ういのだと……。
きちんと理解出来た。
教師は改心したイザベルを認め、公爵夫妻に教育の終了を報告をする。
イザベルは二カ月経ち、ようやく謹慎が解かれた。
イザベルは自身の立場は理解した。
自身の犯した失態も。転生者だと驕っていた事も十分に理解した。
でも……。
心の奥底にある棘は、イザベルのプライドを傷つけ続ける。
エリアナという棘が、容赦なくイザベルの心を掻き乱す。
イザベルはただ大好きな物語を傍観したかっただけで、何もするつもりはなかった。
お金持ちの家に生まれ、転生者と名乗れば皆がちやほやしてくれる。
前世では経験した事はない、贅沢な生活を送って来た。
何をしようと、何を言おうと全てが通ってきた。
そう……。
エリアナが現れるまで、全てが上手く行っていたのだ。
(憎むべきは、エリアナ・カーマイン。
婚約者からの謹慎という屈辱を受けたのも、物語が崩れてしまったのも、エリアナのせい。何もかも、エリアナのせいなのよ……。)
公爵令嬢として厳しい教育を施されたが、イザベルの心の闇は消える事はなかった。
謹慎が明けると、謝罪をしたいと婚約者であるアーノルド王太子殿下へ文を送った。
殿下は再教育を終え、謝罪をしたいと言う婚約者の手紙に了承の返事を書いた。
王宮でのお茶会にイザベルを誘ったのだ。
「殿下。お久しぶりです。学園では高位貴族として、あってはならない失態を犯した事を深く反省致しました。
心から、謝罪致します。」
イザベルは席に着く前に、アーノルドへと謝罪の言葉を口にした。
「謹慎中の教育は厳しかったと聞いている。頑張ったね。」
アーノルドは優しくイザベルに声をかけ、席に座るように促した。
久し振りの婚約者としてのお茶会。
他愛のない会話をし、イザベルの教育の話を聞いていた。
学園の話はなるべく避けていたが、イザベルから問いかけられた。
「エイミー様やパトリック様達はお元気でしょうか。明日から始まる殿下との学園生活が楽しみですわ!」
本当に楽しみにしているのだろう……。
二学年を皆と過ごす事なく、邸での謹慎を言い渡した。
それに……。
イザベルとは選択教科を一つとして同じにしてはいない。
アーノルド自ら、イザベルを遠ざけたのだ。
「イザベル嬢。貴女に伝えなければならない事があるんだ。」
アーノルドがイザベルへと視線を向けた。
「イザベル嬢は、淑女科・貴族科・魔法科を選択したね。」
アーノルドの問いかけに、不思議そうにしながらもイザベルは頷いた。
「私の選択教科は、魔術科・騎士科・領地経営科なんだ。学園で同じ生活をする事はないだろう。」
イザベルは何一つ教科が被らない事に違和感を感じた。
(一学年は同じだったのに。なぜ……。何があったの?)
紅茶のカップを撫でながら考えてみる……。
(殿下とは、ずっと一緒に過ごしていたのに……。なぜ……。)
イザベルの疑問の答えをアーノルドが口にする。
「陛下の希望でね、セドリックと一緒に学ぶ事になったんだ。
セドリックは優秀だからね。学ぶ事が多いだろうと。
私もそう考えているよ。」
アーノルドはそう言うと、紅茶に手を伸ばした。
イザベルは殿下の言葉を聞くと、俯いてしまった。
アーノルドは、落ち込んでいるのだろうか……。そう思っていた。
それは小さな。とても小さな声を、アーノルドは拾ってしまう。
「エリアナね……。」
イザベルのその呟きを、聞こえない振りをしながら学園の話をする。
お茶会を終え、イザベルはアーノルドに許されたと思い機嫌良く帰って行った。
アーノルドはイザベルの座った席を眺め、目を閉じ考える……。
(イザベルは……駄目だな……。)
アーカート公爵家からは、
「殿下の判断で婚約の継続か解消かを決めて欲しい。」
そう言われている。
アーノルドは王太子として、未来の国王陛下としてこの国で一番と言っても過言ではない程の、厳しい教育を受けてきたのだ。
ただ……。
幼少より付けられた側近達の影響のせいか、流されるまま楽な方へ逃げていた。
自身の過ちに気付き、再教育を受け民を背負う覚悟を持てるようになった。
アーノルドは気がついている。
イザベルは、いつも傍観者に徹していた事を。
自分への好意と側近達への好意が同じであると……。
婚約してから、直ぐに気が付いていた……。
王太子妃教育も、のらりくらりと躱して受けていない事も。
教会や孤児院の慰問も、行っていない事も。
王族として課される義務を、全て放棄している事を。
全て知っていた。
知っていたが、何も言わなかった。
転生者であるイザベルに、王太子であるアーノルドですら強気には出れない。
きちんとイザベルという人物を見れば、未来の王妃に相応しくない。
と……解るのに……。
再教育を終えた事で、僅かに期待をしたが先程の言葉で答えを出した。
(イザベルとの婚約を解消する。)
アーノルドの出した答えだった……。




