38話 エリアナの現実逃避
さて皆さん。
ラビは一体どこにいるでしょう。
正確は、私エリアナのブレザーのポッケの中です。
しかも、爆睡中です!
「はぁー…。何を一人で言っててるんだか。」
ポツリと独り言ちる。
エリアナは自分の上着のポッケをそっと覗く。
手のひらより小さい兎は、とても可愛らしい。本物の兎ならば……。
あの神様が爆睡してると思い出すと、イラッとする。
エリアナはポッケをゆっくりと閉じ、イラつく気持ちを抑え神様の睡眠を優先させた。
ヴィラ先生の首根っこを掴み、セドリックが先生にお説教をしながら二学年の教室へと戻って行く。
二学年と三学年は今から魔力測定をし直すらしい。
セドリックは前もって知らされていたので、教室ではなく会場でこっそり受けたのだ。
静かになった教室に、響き渡る不思議な音。
〈キュルキュル。キュルルルキュッ〉
音の聞こえる方に視線を向けると、エリアナが立っていた。
エリアナは注目され驚くが、音を出したのはエリアナではなかった。
〈キュルキュル……〉
「エリアナ君。この授業が終われば昼食になる。遅くなったが、こんな時間になるのは今日だけだからな。」
ヨリ先生がお腹を空かせ、お腹の音がなったのであろうと思いエリアナに声をかけた。
エリアナは自身が出した音では無いので必死に声を出した。
「違います!私じゃありません。お腹をならしたのは、この子です。」
そう言うと、ズボッと勢い良くポッケに手を入れ何かを握りしめて手を上に出した。
エリアナが握りしめているのは、小さな生き物。
白いふわふわが皆の目に入る。
「エリアナ君の従魔か?」
エリアナはコクコクと頷いた。
兎はエリアナの手の中でバタバタ暴れている。
エリアナが両手を水を掬うように合わせ、ラビを乗せる。
エリアナの手のひらの中でちょこんと座る兎に、黄色い声があがる。
「先ほど見たよりかなり小さいが、同じ従魔なのか?」
ラビをじっと見ながら、ヨリ先生が観察している。
「そうです。体の大きさを自由に変えれるみたいで。」
エリアナは咄嗟にそう答えた。
皆が「可愛い!」と、騒いでいると、授業の終わりを告げる鐘がなった。
「ヴィラ先生のせいで授業が進まなかったが、これから昼食だ。2刻後にはここで授業となる。」
ヨリ先生の話が終わり、皆が昼食の為に移動したり残る生徒で別れた。
エリアナとケイシーは、セドリック達を待つ事になる。
昼食は何かあってはいけないからと、必ずセドリック達と一緒にとる事にしている。
教室に残る生徒が多く、お弁当を持参しているようだった。
食堂もあるが、魔術科や魔法科の生徒は行かないらしい。
「リア、お待たせ。」
声が聞こえ振り向くとセドリックがいた。
隣にはアーノルド殿下とアーネットとメレニーもいる。
セドリックと殿下が机を合わせ始める。
教室の机は三人は並んで座れる横長い机なので、二つを合わせて皆で向かい合う。
エリアナがマジックバックを出し、お弁当を出す。
特大サイズの重箱だ。
子爵家には、アーネットとケイシーにセドリックが滞在している。
四人分を個別に作る方が大変だと考えて、エリアナが重箱を思い出し作ったのだ。
「見た事ない箱ね?」
女性陣は綺麗な木箱を眺めている。
「セドから借りてるのよ?ね?」
と、エリアナはセドリックに答えを丸投げした。
「以前リアと商会の倉庫で見付けたのです。学園で使えるだろうと、子爵家にお貸ししたのです。」
セドリックがエリアナが作った事を隠してくれた。
エリアナが5段に重なる箱を並べる。
(我が家の料理人も張り切ったわね……。)
机に並べられたお弁当に、全員が釘付けになる。
「リア。殿下も食べて良いだろうか?殿下はいつも食堂に向かうが、今日からは私達と一緒だから弁当がないのだ。」
セドリックの説明に、殿下が申し訳なさそうにしている。
「沢山ありますから、良ければ一緒にどうぞ。」
エリアナが笑顔でカトラリーと、小皿を渡した。
「ありがとう。エリアナ嬢。」
殿下のお礼の言葉に笑顔で頷く。
メレニーはお弁当を持参していた。
「食べましょうか。」
エリアナの言葉で皆がお弁当に手を伸ばすが……。
お弁当に張り付く兎に視線が集まる。
重箱の縁に手をかけ、じっと料理を見つめる姿に……。
皆は可愛らしいが、哀愁漂うその姿が可哀想になり手を出すのを躊躇う。
「ラビ……。」
エリアナのため息交じりの言葉に、ラビがバッと振り向いた。
「ちゃんと分けてあげるから、お弁当から離れなさい。皆が取りにくいでしょう?」
ラビの首根っこを掴み、エリアナのお皿の横に座らせた。
お皿にラビが好きそうな料理を取り分けていく。
「どうぞ。ラビはお腹空いてるものね?」
嫌味を交えてお皿をスッとラビの前に出した。
ラビはチラリとエリアナを見るが、小さな両手を使い勢い良く食べ始めた。
ケイシーが先ほどの授業での出来事を話しながら昼食を始めた。
沢山あったお弁当も、大勢で食べると綺麗に無くなった。
ラビは足りなかったのか、悲しそうに空になった重箱とエリアナを何度も見ながら足りない!と、訴える。
「今日は我慢して。明日はラビの分も作るから。」
エリアナが人差し指でラビの頭を優しく撫でる。
ラビは気持ち良さげに指にスリスリする。
その光景を見た生徒達が、また黄色い声をあげる。
一人の令嬢がエリアナ達に近いてきた。
「あの……。兎さんはご飯が足りなかったのですか?私達のお弁当で良かったら食べて欲しいのですが……。」
令嬢が話し終えると同時に、ラビが令嬢の胸に飛び込んで行った。
「可愛いっ!」
令嬢は直ぐにエリアナに視線をやる。
「確か、名前はマーヤさんよね?ラビをお願いしても良いかしら?」
エリアナから名前を呼ばれ、従魔を任された。
しかも、可愛らしく首を傾げてお願いされたのだ。
マーヤは頬を赤らめて、人形の様にコクコク頷くとラビを連れ席に戻って行った。
「もう!ラビったら……。」
エリアナは文句を言いながら、重箱を片付けていく。
「明日からはちゃんとお弁当を持って来るから。」
殿下がエリアナにそう伝えた。
「皆で食べるので、一人増えても問題無いですよ?ラビの分が増える方が手がかかるくらいですから。」
笑って殿下にお弁当は持って来なくて良いと伝える。
「だが……。」
殿下が申し訳なさそうにするので、
「でしたら週末は殿下が皆のお弁当を持って来て下さい!それ以外は、我が家が用意します。殿下のお弁当に興味がありますから。」
エリアナの提案に殿下が了承する。
隣からメレニーが声をかけてきた。
「私も参加したいんだけど……。」
恥ずかしそうにそう話すメレニーは、とても可愛らしいかった。
「じゃあ、メレニーは殿下の前の日に全員のお弁当をお願いしても?他は我が家が用意するわ!」
エリアナの提案にメレニーは嬉しそうに了承した。
昼食後の予定を聞くと、二学年は魔力測定らしい。ヴィラ先生の暴走で、先ほど出来なかったみたい。
その後は騎士科に向かう。
全員が同じ選択教科なので、受ける授業は同じになる。
学園では常に一緒に行動するのだ。
長い昼食の時間も、皆で話せば時間が過ぎていく。
予鈴の鐘がなり、セドリック達は教室に戻った。
マーヤがラビを連れて来るが、ヘソ天状態で爆睡しているラビを渡された。
可愛いのだが、イラっとなる。
ラビを受け取ったエリアナはポッケにそっと入れる。
悪態をつくエリアナだが、何だかんだで優しいのだった。
午後の授業は、魔術を扱う注意点などを簡単に説明される。
ケイシー以外は、皆魔術を扱える。
「ヨリ先生。エリアナ嬢に質問をしたいのですが、良いですか?」
グランが手を上げ先生に伝える。
ヨリ先生がチラリとエリアナに視線をやる。
「良いか?エリアナ君」
ヨリ先生が確認をして来たが、エリアナは席から立ちあがった。
「答えられるならば。」
エリアナにグランが質問をする。
「エリアナ嬢は魔力量が多いはずなのに、あんなに繊細な術式を組めます。魔力操作が素晴らしいのは理解出来ます。
その魔力操作をどうやっているのか知りたかったのです。
私は魔力量が少ないので、魔法を使うには適しない。なので魔術を究めるつもりです。」
ちゃらけた人だと思っていたが、違うようだ。
エリアナは真剣な目で質問をするグランに真剣に答えようと決めた。
「魔力操作は人それぞれにあったやり方があります。私は針の穴に自分の魔力を通せるまでやり込みました。針を先ず手元から通し、出来たらどんどん距離を離す。こんな感じですかね。」
エリアナの話を、全員が頭に記憶する。
ヨリ先生が少し考え、
「誰か針を持っているか?」
そう問いかけると、一人が先生に針を渡す。
「見本を見せて欲しい。その席から私の手元までやれるだろうか。」
ヨリ先生がそう伝えると、エリアナは頷き直ぐに左手から魔力を出す。
「左利きか?」
ヨリ先生が問いかけると、
「違います。右手でやると威力が増しますから。」
魔力を細い糸にしながら、エリアナが答えた。
ヨリ先生は顔を引き攣らせながら、針を持つ手を少しだけ体から遠ざけた。
エリアナから放たれた魔力の糸は真っ直ぐに伸び、簡単に針の穴を通る。
教室が拍手喝采となり、揺れる。
「魔力を一定に扱える練習にもなりますし、繊細な術式を描く為に役に立つようになります。」
エリアナは席に座ると同時に、魔力を消した。
「エリアナ君がいるから、今日はこのまま魔力の糸を扱う練習をしようか。エリアナ君も皆を見てくれ。」
ヨリ先生の提案にクラスの皆は大喜びだ。
エリアナから指導してもらえる!
誰かに自慢出来る!と、皆は必死で魔力操作を始めた。
全員が何とか魔力を糸にする事が出来る頃、授業が終わった。
エリアナは席に戻り、淑女を忘れてドサっと座った。
ケイシーはクスクス笑いながら、
「エリアナ、お疲れ様。私も出来るようになったわ!帰ってから見てくれる?」
ケイシーは魔力を糸に出来た事が嬉しかったようで、ニコニコ満面の笑みで伝える。
「帰ってから一緒にやろうね!」
エリアナは机に顔を伏せ、視線だけをケイシーに向けて答えた。
「リア。移動ですよ。」
セドリック達が迎えに来てくれたので、急いで次の騎士科に向かう。
魔術科の皆に手を振り、一階の騎士科に向かう。
魔術科の時と同じく、学年別に教室に入る。
教室に入ると、冷たい視線を感じる。
悪意とは違うが、これもまた居心地悪い。
エリアナとケイシーは空いていた席に座る。
ひそひそ話す声がするが、会話は解らない。
ケイシーがエリアナの手を握ってくれた。
ケイシーも不安なようで、ギュッと握りしめる。
(私はSランクなのよ。魔物より怖くないじゃない。)
エリアナは弱い相手に怯える自分を恥じた。ケイシーに守られてはならない。Sランクとして、ケイシーを守ろうと。
エリアナは小さく息を吐き、サッと姿勢を正し怯える自身の魔力を抑えた。
凛とした姿で座り直し、ケイシーの手をギュッと握り返す。
「ケイシー、大丈夫よ。何かあれば私が必ず守るからね?」
ケイシーへと笑顔を向けた。
近くにいた生徒は、やはり顔を赤らめていた。
遠くで「チッ」と、舌打ちが聞こえたが無視をした。
扉がノックされ、騎士科の先生が入って来た。
「騎士科を担当するロイクだ。宜しく頼む。」
挨拶が終わり、また自己紹介が始まるはずだったのだが。
一人の生徒が立ち上がり、先生に話しかけた。
「騎士科はずっと訓練で顔を合わせているから、名前も実力も知っている。知らないのは、そこの女性二人だけだ。実力は手合わせしないと解らないから、訓練場で手合わせしたい。」
エリアナは突拍子もない話に呆気に取られる。
いきなり手合わせなんて先生が許可する訳ないと考えたのだが、アッサリ許可された。
「全員訓練場に。」
先生がそう言うと、教室の入口とは反対の窓の方にある出入口へと向かわせた。
その扉は訓練場に繋がる扉らしく、教室を出たはずなのに目の前には訓練場があった。
(何なのよ!いきなり手合わせって!)
エリアナはイライラしながら、心の中で悪態をつく。
ケイシーは怯えながらも、必死にエリアナの手を握って付いてくる。
ケイシーから伝わる不安と恐怖を、エリアナはずっと感じ取っている。
だからこそ余計にエリアナのイライラが増すのだ。
友達を怯えさせる仕打ちを許せなかった。
訓練場に入ると、先ほど話をした生徒がエリアナに剣を投げてきた。
エリアナは飛んできた剣を乱暴に受け取る。
端から見てもエリアナの魔力や所作に変わりはない。
エリアナは魔力操作でムカつく感情を抑えていたからだ。
心の中はとんでもなく荒れ狂っている。
「手合わせしてもらう。君は魔法が使えるんだろう?魔力は禁止だ。剣術のみで。」
(この男は私を魔力しか使えないと思っているのかしら?馬鹿なの?そんな事でSランクなんて名乗れるか!)
エリアナは魔力を消した。
魔力を抑え込む事など朝飯前だからだ。
「ほぉー…。」
ロイクがじっとエリアナを見る。
「ケイシー。不安かもしれないけど待っててね。」
ケイシーにそう伝えると、エリアナは一段高い台に上がった。
先生が審判をするらしく、私と奴が向かい合う。
(一瞬で殺る。)
「始め!」
先生の声とともに、エリアナは踏み出し男子生徒の首に剣をあてていた。
「貴方が一歩踏み出せば切れるわよ。
訓練用の剣でも私なら斬れるわ。
真剣を貴方が手にしても意味ないのよ?
Sランクを馬鹿にするのも大概にしろっ!!」
エリアナが男子生徒を睨みつけながら、そう口にした。
魔力ではなく、騎士としてのエリアナの覇気に怯えたのだ。
男子生徒は顔面蒼白でガタガタ震える。
「止めっ!」
先生の声でエリアナは後ろに下がる。
男子生徒は腰を抜かして、へたり込んだ。
「私はエリアナ。あっちにいるのはケイシーよ。ケイシーは領民を守る為に自身も剣術を学びたいと騎士科を選んだ。私も何か学ぶ事があるかもと、騎士科を選んだ。
でも、今日で理解したわ。騎士科を選択しても無意味だと。
ケイシーにはSランクである私が指導するから、騎士科を降りるわ。」
エリアナの宣言を受け入れられない者がいた。
「待って下さい!エリアナ様が騎士科を辞められては困ります!私達はエリアナ様はきっと騎士科を選択すると考えて、騎士科に入ったのです!」
そう必死に声をかけるのは、女性達だった。
エリアナの足元まで来ると、土下座みたいに縋りつかれた。
その後ろでは、数人の男子生徒も両手を組み祈るように頷いている。
(カオス……。)
エリアナは現実逃避を始めた。
ポッケがもそりと動いたので、ラビがいたのを思い出す。
冒頭でのエリアナは、今のこのカオスな場から現実逃避をしていた姿だったのだ……。




