37話 魔術科の人気者
魔力測定の会場へと足を運ぶと、扉の前に数人の生徒が集まっていた。
遠くからでも解る騒がしい金切り声が耳に入る。
何やら揉めているようだった……。
「先に行くね。」
殿下がそう言うと、急いで揉めている集団の中へと入って行った。
「私達は待った方が良いかしら?」
エリアナの背中からヒョコっと顔を出し、騒がしい集団を見ながらメレニーが呟いた。
エリアナもどうするべきか考えていると、
「あら?あの集団の中に、トリス侯爵令嬢がいるわよ?」
メレニーはそう話しながら、後ろにいたアーネットに視線を向けた。
エリアナは咄嗟に振り向きながらセドリックの左腕を取り、次にメレニーの右腕を取りながら三人横並びにして壁を作った。
「とりあえず、アーネット達が見えないようにしないと!」
エリアナが小さな声で話していると、背後から声をかけられた。
「セドリック様。殿下からの伝言があります。」
こちらも小さな声で話してくる。
セドリックが視線を向けると知り合いらしく、ボソボソと何やら会話をしている。
エリアナとメレニーは、兎に角二人を隠そうと必死に壁を作った。
セドリック達の会話が終わると、声をかけてきた男性は騒がしい集団の方に向かって行った。
「あの集団の中心人物は、メレニー嬢が言ったようにトリス侯爵令嬢でした。
アーネットさん達を待ち伏せしているらしく、会場に入らず入口にずっといるようです。
殿下からは、入口の係りと一緒に一番最後に会場に入るように。との事です。」
セドリックが先程の男性との会話の内容を説明してくれた。
殿下の言う通り待つ事にする。
とりあえず二人を壁を作りながら隠し、係りの人が声をかけに来てくれるのを待った。
暫くすると呼びに来てくれ、今度は係りの人が横並びになり、エリアナ達を隠してくれた。
背の高いセドリックと係りの人の直ぐ後ろにアーネット達を立たせ、周囲から見えないようにしてくれる。
「今から魔力測定を始める。測定するが今年度より口頭で伝える事はない。
より詳しく測定する為である。
自身の魔力を知りたい者は、担任から手続きの説明があるので従うように。測定が終わった者は直ぐに希望の選択教科を書いた用紙を提出し、第一希望の教室に入るように。測定終了後は直ぐに授業を開始する。」
ヨリ先生が声に魔力を乗せ、会場中へと声を拡散させる。
授業が直ぐに始まると知らなかった者からは、少しの文句の声があがる。
この学園はとても厳しいのだ。
入学したその日から授業が開始され、早朝から夕刻までびっしり授業がある。
昼休みが長く取られているが、授業量は半端ない。
知った上で入る者が殆どだが、一部の怠惰な人はとりあえず入学した者もいる。
ちらほら文句が聞こえる中、次に声を発したのはギルドマスターのエルランドだった。
「先程も伝えたが、今年度よりダンジョン攻略が難しくなった。Dランクであれば潜れたがBランクでないと、攻略が難しいだろう。ダンジョン攻略は、長期休暇明けからとなる。それまでにランク上げに励むように。」
言うだけ言うと、エルランドは会場からさっさと出て行った。
なぜなら、会場中からの大ブーイングを聞く事が面倒臭いからだった。
ダンジョン攻略が出来なくても、学力が優れていれば卒業出来る。
たが、ダンジョン攻略を一番にやり遂げる事は卒業の首席の座を手に入れる事が出来るし、学力が伴わなくともダンジョン攻略をすれば卒業資格が貰える。
どちらかを頑張るか、両方を頑張るのか。
選択肢は幾つか用意されている。
物語の中での登場人物達は、ダンジョン攻略に力を注いでいた。
(恋愛を頑張っていただけよね……。セドリックと殿下が物語から外れたけれど、ヒロインと悪役令嬢はどうするのかしらね?)
測定が終わった者は速やかに会場から出される。
少し騒ぎながらも、トリス侯爵令嬢の集団は出て行った。
最後にエリアナ達が測定を行う。
セドリックとエリアナの測定の時には、ヨリ先生が驚いた顔の後に苦笑いをした。
「半端ないよね。君達二人はさ。」
そう口にしながら、用紙に記入をしていく。
セドリックとエリアナはギルドで鑑定してもらっていたので、より詳しく自分の事を知っている。
ケイシーの測定も終わり、会場を出ると五人は同じ棟へと向かう。
幾つかの棟が並び、各階にそれぞれの選択教科の教室があるのだ。
例えば、これから向かうC棟の一階は騎士科。二階は魔法科で三階が魔術科となっている。
A棟からD棟まであり、教科毎に階で分けられている。
全ての学年が各階で授業を受ける。
棟の入口には、魔力を注ぐ石板があり生徒達の魔力が登録されている。
選択教科を学園側に提出と同時に、各棟と階に魔力登録される仕組みとなっている。選んだ階にしか行けない仕組みだ。
昔の話だが。生徒同士の替え玉が流行り、授業を受けずに卒業をしようとした者がいたからだった。
替え玉も出来なければ、各教科の開始時間もずれている。
選択教科が多い者が移動する為に、時間をずらしてあるからだ。
兎にも角にも、ひたすら勉強をする為だけに仕組みが組み込まれている。
エリアナにとって、今はその時間のズレが有難い。
選択教科が被らなければ、ヒロイン達と遭遇する可能性が無いからだった。
エリアナ達は第一希望を魔術科にしていたので、全員で移動をする。
魔術科はC棟の三階にある。
学年別の授業の為、アルバートとアーネットとメレニー。エリアナとケイシーに別れて教室へと入って行った。
(朝の門での様子を考えると、居心地悪くなるのかしら……。)
門に残っていた一学年の生徒達からの嫌な視線を思い出し、少しだけ憂鬱になる。
ケイシーはエリアナが落ち込んでいるのに気が付くと、そっと手を繋ぎ一番後ろの席に二人並んで座った。
エリアナがチラリと前方を見ると、生徒達は前を向いていたり隣の人と会話をしているようだった。
エリアナが入って来た事に気が付いていたはずなのに、何も悪意を感じない……。
エリアナはホッと安堵すると、机に用意された魔術書を手に取り読み始めた。
エリアナは魔術書に夢中で気が付いていない。
教室の皆が、チラチラとエリアナに羨望の眼差しを向けている事に。
生徒達は皆、エリアナに意識を向けていた。
ケイシーはその変な空気にそわそわする。
エリアナに悪意がないのは良いのだけれど、羨望の眼差しの意味が理解出来ずにいた。
ケイシーも魔術書を手に取り、先生が来るまでの時間潰しをする事にした。
少しすると、教室の扉がノックされ先生が入って来た。
魔術の先生は、なんとヨリ先生だった。
「全員お疲れ様。これから君達の教室は第一選択の魔術科が主軸となる。私が担任になるヨリだ。三年間、宜しく。」
そう挨拶をすると、
「各自簡単な自己紹介をして、授業を始める。今日は二時間続けて魔術科での授業となる。では、右側の一番前から自己紹介を頼む。」
ヨリ先生がそう言うと、椅子に腰掛け一番前の生徒を指名した。
エリアナとケイシーは左側の一番後ろの席なので、一番最後になる。
魔術科は全員で13名しかいない。
魔術科よりも、魔法科の方が人気が高い。
魔術は術式を創り上げるために繊細な魔力操作と、綺麗な術式を展開させなければならない。
魔法は多少雑な人でも扱えるが、魔術は扱いが難しいのだ。
クラスの紹介を聞きながらエリアナとケイシーの順番が回ってきた。
ケイシーは先程のクラスの視線を思い出し、エリアナが立とうとする前にサッと立ち上がった。
「ケイシー・コートです。魔術はあまり触れた事はありませんが、頑張って覚えたいと思います。宜しくお願いします。」
そう言うと、ペコリと頭を下げて席に着いた。
ケイシーに拍手を送るエリアナが手を止め、立ち上がる。
すると、クラスの全員がエリアナに体を向け自己紹介が始まるのを今か今かと待ち構え始めた。
エリアナは突然のクラスの皆の動きに驚き、皆の視線にドン引きしている。
(なに?皆の視線がキラキラ興味津々なんだけどっ!意味が解らないのよっ!)
引きつる顔を見せるエリアナだが、小さく咳払いをし気持ちを整える。
「エリアナ・カーマインです。宜しくお願いします。」
一言だけの挨拶に、クラスの全員が物凄い拍手をエリアナに送る。
完全に硬直してしまったエリアナに、担任のヨリ先生が立ち上がるとパンパンと手を二回叩く。
「エリアナ君がドン引きしているぞ。憧れのエリアナ君に会えて嬉しいのは解るが、本人は何も解っていない。今から説明するから全員前を向け。」
状況が解らず固まるエリアナの袖を、ケイシーがツンツンと引っ張る。
「エリアナ。とりあえず座ろう。」
小さな声でケイシーが声をかけた。
エリアナは我に返ると、席に座る。
(憧れって何?皆とは初対面なんだけど?)
色々と思うエリアナだが、ヨリ先生の話を聞く事にする。
「エリアナ君の噂は魔術や魔法を扱う者の中では有名なんだ。
以前、夜会で氷の魔術を一瞬で展開し小さなずれもなく正確に矢を突き立てた。
エリアナ君は当たり前のように扱うが、あれ程の正確な魔術を扱う事が出来る者は少ないんだ。」
ヨリ先生の話に、クラスの皆はコクコク頷く。
エリアナがふと気になり、手をあげて発言の許可を求めた。
「あの夜会は、一学年の生徒は殆ど参加されていなかった記憶があります。」
エリアナはセドリックからそう聞いている。
「一学年はね。上級生や先生達は参加していたからね。噂が広まって凄い魔術を扱うエリアナ君に憧れる者が増えたんだよ。」
ヨリ先生がそう説明するも、エリアナは首を傾げる。
あの魔法の何が凄いのか、無自覚に扱うエリアナ本人には理解出来ていなかった。
理解出来ないエリアナを見て、ヨリ先生がクスリと笑う。
「何が凄いか本人が理解していないとは。
あの魔法を放ったと同時に、目標以外に矢が行かないように攻撃範囲を瞬時に術式に嵌め込み、攻撃対処の体を目標に矢の落ちる範囲を指定したね。」
エリアナは確かにエイミーの周りを二重の円で囲い、その二重の円の中に矢を落とし丸く囲うようにしたのだ。
「一瞬で魔術を展開し、魔法を同時に放つ事が凄いんだよ。
あの夜会から、エリアナ君が魔法科か魔術科かどちらを選ぶのか皆が予想しあったんだよ。」
エリアナはやはり腑に落ちないが、嫌われるよりはましなのでヨリ先生の説明に納得する事にした。
「魔術科を選んだから、魔法科は荒れてるかもしれないぜ!」
そう言いながら、クラスの皆を見渡すのは子爵のグランだった。
「魔法科は魔術科を下にみてるからな!カーマイン嬢が魔術科を選んだから絶対に悔しがってるぜ!」
と、ニッカリと爽やかな笑顔でそう言った。
クラスの皆が、賛同して盛り上がる。
騒がしいのに、担任のヨリ先生はそれを止めずにウンウン頷いている。
カオス状態の教室にエリアナとケイシーはドン引きするしかなかった。
二人で手を繋ぎ、騒ぎが止むのを待ったのだった。
エリアナとケイシーが居心地悪い状態に耐えていると、教室の扉がノックされた。
顔を出したのは女性の先生だった。
「ヨリ先生。うるさい!」
先生がそう大声で注意した。
クラスの皆は女性の先生の注意の声に、静かになった。
エリアナ達は、突然現れた救世主に感謝する。
「仕方ないでしょう?ヴィラ先生。エリアナ君が自己紹介したらこうなったのですから。」
ヨリ先生は悪びれず、そう先生に伝える。
ヴィラと呼ばれた先生が、ハッとなりヨリ先生に詰め寄る。
「エリアナ君はどの子だ!」
そう言うと、ヨリ先生がエリアナを指さした。
ヴィラ先生が凄い勢いでエリアナを見る。
エリアナがビクッと肩を跳ねさせた。
ヴィラ先生が後ろに歩きエリアナに近付くと、エリアナの手を掬い上げる。
「私は二学年の担任のヴィラだ。宜しく。是非とも、魔術クラブに在籍して魔術の発展に協力してもらいたいのだ。」
女性であるが、男性のような装いで男口調のヴィラ先生は前世の宝◯のようだった。
エリアナもケイシーも展開について行けず、呆然とするしかなかった。
「ヴィラ先生。私の婚約者に触れないで頂きたい。」
先生の手を払いのけ、エリアナの手を握る温もりはセドリックだった。
覚えのある温もりと、その声に安心したエリアナはセドリックに抱きついた。
クラスの皆が盛り上がるが、セドリックが手をあげ制止する。
エリアナはセドリックの胸の中で泣いていたのだ。
セドリックはエリアナの背を撫で、泣いた理由も察する。
「リアは沢山の人と接した事がない。同世代は特にだ。緊張の中、朝から門で絡まれて気持ちが落ち込んでいたんだ。
皆の気持ちは嬉しいけれど、色々と展開が早すぎて気持ちがついて行けてない。」
セドリックはクラスの全員を見遣り、
「エリアナは学園を穏やかに過ごしたいと思っている。ゆっくりと仲良くなってくれ。」
そう伝えた。
エリアナはセドリックの胸の中で、涙を拭い気持ちを落ち着かせる。
深呼吸を数回すると、セドリックの腕の中から顔を出した。
「泣いちゃってごめんなさい。皆には朝の出来事で嫌われていると思っていたの。でも、そうじゃない事はとても嬉しかったの。ありがとう!」
泣き顔の残るまま、満面の笑みでお礼を伝えた。
クラスの全員、男女問わずに顔を真っ赤にして固まった。
ヨリ先生もヴィラ先生も同様に。
セドリックは深いため息を吐くと、エリアナを強引に胸に顔を押し付け隠した。
「罪な笑顔よね……。」
ポツリと呟くケイシーだが、ケイシーの頬も赤らんでいた。
「先が心配だ。」
セドリックは穏やかな学園生活は別の意味で無理な事を確信したのだった。




