35話 教室までの遠い道のり
講堂にて式が始まるのを待つ生徒達。
お祝いの空気は全くなく、会場はピリっとした空気が流れていた。
それもその筈、何故かギルドマスターに宰相までが式に参列していたのだ。
学生達は、何故こんな大物が入学式に参列しているのか理解出来ずにいる。
そわそわする学生に、生徒会長であるアーノルド殿下が声をかけた。
「例年と違うが、皆落ち着くように。」
生徒達は殿下の声を聞くと静かになった。
式が始まり、挨拶の言葉が始まる。
アーネットは自分のクラスの方へと行き席に着いている。
エリアナ達は、従魔を連れている事を理由にして一番後ろの席に座った。
エリアナがヒソヒソとセドリックに耳打ちをする。
「殿下の雰囲気が変わった気がするの。多分、魔力量も増えてるしBランクくらいの覇気も感じるわ。」
セドリックはエリアナの話を聞き、殿下をチラリと見た。
「そのようですね。あそこにいる者で、魔力に変化があるのは殿下だけのようですが。」
エリアナとセドリックがヒソヒソしていると、ピリッとした視線を感じた。
それを辿ると、エルランドさんだった。
軽く睨まれたので、エリアナとセドリックはピシッと背を伸ばして正面を向いた。
式も終わりに近付いた頃、エルランドが壇上に上がった。
「冒険者ギルドのギルドマスターのエルランドだ。
昨年は、ダンジョンの異常で二学年はダンジョンに潜れていない。
なので、一学年と一緒にダンジョンに潜って貰うことになる。しかも、今年からはダンジョンのレベルが格段に上がっている。三学年も最終試験を受けられていないので、それも行う。
予定は、また張り出すから必ず確認するように。」
軽く一礼をすると、壇上を降りた。
席に着く前に、
「エリアナとセドリックは、式の後ここに残れ。」
後方に視線をやり、そう伝えて席についた。
エリアナ達は一番後ろの出口の近くに座っていた為、生徒達が退席する時に視線を浴びながら待つことになった。
セドリックは気にしていないが、ケイシーは居心地悪そうにしている。
エリアナがそんなケイシーにラビを渡した。
「ラビで気を紛らわせてね。」
小さな声で、隣に座るケイシーに伝えた。
「ありがとう。エリアナ。」
そう言うと、ケイシーはラビに集中したので生徒達(一学年の)不躾な視線を無視出来ていた。
「まぁー。式にまで獣を連れて来るなんて。常識の言葉をご存知?」
そう口にする令嬢は、ケイシーの横に立ち止まった。
令嬢は、イザベルだった。
「伯爵家ごときが、獣を学園に連れて来て良いとでも?」
イザベルは取り巻きと共に、ケイシーを侮辱し始めた。
「でも、仕方ありませんわね。なんせ暴力的なエリアナ様と仲良くされていますからね。常識なんて知らないでしょう。」
そう言い放ち、クスクス笑いながら取り巻きを連れて立ち去ろうとした。
が……。
「イザベル!いい加減にしろっ!」
アーノルド殿下が側に来て、イザベルを叱責した。
イザベルは殿下からそのような口調を向けられた事はなかったので、驚いてしまう。
肩をビクッとさせイザベルが振り向くと、アーノルド殿下の視線は強く非難の目をしていた。
「ですが、学園に理由もなく獣を連れて来るなど許されません。私の何が間違っているのですか?」
イザベルは悪びれる事なく、殿下に答えた。
「その従魔が誰の従魔か解って言っているのか?Sランクのエリアナの従魔だからこそ許可が出ている。お前如きが、獣呼ばわりしてよい理由はない!」
横からそう言い放つのは、ギルドマスターのエルランドだった。
イザベルは公爵令嬢だが、ギルドマスターは公爵家以上の権限を持つ。
最上位の公爵家よりも格上なのだ。
それをイザベルが理解していれば良いのだが……。
エリアナの心配は、的中してしまう。
「私は公爵家ですのよ?その私を如き呼ばわりするなんて……!
ギルドマスター如きに、とやかく言われる筋合いはないわっ!」
イザベルは、ギルドマスターに反論してしまった。
「イザベル様!急ぎ謝罪なさって下さいませ!」
取り巻きの一人がそう声をかけるが、イザベルはエルランドに大勢の前で見下され怒りで判断が出来ていなかった。
謝罪を口にした取り巻きを突き飛ばすと、頬を手で叩いたのだ。
「お前が私に指図出来る立場ではないっ!」
床に倒れ込む令嬢を、アーネットが急いで抱え起こした。
「大丈夫?」
そう声をかけ、ケイシーの後ろの席に座らせた。
肩で息を吐き、怒りを露にするイザベルはとても醜い……。
「本当に醜い人よね……。」
心で呟いたつもりが、エリアナのいつもの癖で口に出していた。
「お前っ!!」
イザベルがエリアナに食って掛かろうとするのを、取り巻き達が抑え込んだ。
取り巻き達も、殿下やギルドマスターの前でのこれ以上の失態を恐れたのだ。
取り巻き達の判断は正しかったのだが、イザベル本人には届かなかった…。
「私は公爵令嬢であり、転生者なのよ!!生意気なお前を子爵家ごと排除しても良いのよ!!」
イザベルが叫び終えると、講堂が静まり返っていく……。
エリアナがゆっくりと立ち上がり、抑え込まれているイザベルの前に立った。
「子爵家を潰すと……。そう言いましたか?
私を相手にすると?」
エリアナは無表情のまま、イザベルに問いかける。
美人の無表情程、恐ろしい顔はない……。
エリアナはやり合うつもりは勿論ない。
けれど、怒りを隠すつもりはなかった。
イザベルはヒュッと息を飲んだ。
「イザベル嬢。貴女を暫く謹慎とします。
ギルドマスターへの暴言と、令嬢への暴行。そして、Sランクのエリアナ嬢への脅迫。全てを私が見ている。
取り巻き達は何かしらの罰があると思って頂こうか。」
アーノルド殿下がそう宣言すると、生徒会の役員が暴れるイザベル達を連れて行った。
「私の婚約者が申し訳なかった。」
アーノルド殿下が謝罪を口にした。
「殿下は止めてくださいましたよ?殿下は、悪くありません。」
エリアナの言葉に、殿下がホッと安堵し息を吐いた。
「殿下。一つ質問をしても?」
セドリックが殿下に声をかけた。
「生徒会の役員は変わったのですか?」
エリアナは新入生の為、役員が誰かは知らない。
「そうだね……。」
苦い顔をしながら、アーノルド殿下はそれだけ言うと口を開かなかった。
セドリックは殿下の態度に納得したのか、それ以上聞く事はなかった。
二人の短い会話をエリアナは理解出来ないが、セドリックは納得したようなので聞く事はしなかった。
「それにしても、式が終わっただけなのに騒がしいですよね。」
セドリックがため息を吐きながら、面倒臭そうに言う。
「エリアナとセドリックは、この後は教室には行かず学長室に来てくれ。」
エルランドはそう言うと講堂から宰相と出て行った。
エリアナが振り向き、叩かれた令嬢へ声をかけた。
「頬は大丈夫ですか?」
「はい……。エリアナ様達へ不躾な態度をとり、申し訳ありませんでした。」
叩かれた令嬢は、エリアナへの態度を謝罪し頭を下げた。
「アーネット様も、ありがとう。」
令嬢は側にいてくれたアーネットにも、きちんとお礼を伝える。
「セド。この方もアーネット達も私と関わってしまったから、悪意の対象になるかもしれないわ。心配だから、私達が戻るまで何処かで待ってて貰えないかしら。」
エリアナがセドリックに相談してみる。
「令嬢の頬を冷やした方が良いから、医務室で待ってて貰えるように手配しましょう。居場所は誰にも知らせないようにしますから、安心して下さい。」
セドリックがそう提案してくれた。
アーネットは妹と令嬢を連れて、医務室へと行った。
ラビは、ケイシーに預ける事にした。
(何かあれば、神様が対処してくれるはずだし。)
講堂に残ったのは、殿下とセドリックとエリアナの三人だった。
エリアナは少しだけ居心地が悪い。
「殿下は変わられましたね。」
セドリックが殿下に声をかけた。
「陛下に謹慎を言い渡された時に、両陛下にお説教されてね。遅いかもしれないが、変わらなければならないと思って。」
殿下は肩をすくめ、苦笑いでセドリックに告げる。
「遅い事はありません。以前の殿下より、今の殿下の方が好感は持てますよ。少しだけですが。」
殿下が嬉しそうにしたが、セドリックの「少しだけ」の言葉で、ガクッとなってしまった。
(漫才みたいね!)
エリアナは二人のやり取りを見て、クスクス笑った。
セドリックは笑われた理由が解らず、不思議そうな顔を向ける。
殿下は……。
妖精姫の可愛らしい笑顔を間近で見て、頬を赤らめていた。
それに気が付いたセドリックが釘を差す。
「殿下。エリアナは私の婚約者ですから。」
セドリックからの言葉に我に返ると、深くため息を吐いた。
「セドリック……。これは仕方ない事だよ。こんなに可愛らしい笑顔を見て、見惚れない男はいない。可愛く笑うエリアナ嬢が悪いのでは?」
殿下がとんでもない言葉を口にした!
エリアナは目を見開き固まってしまった。
(え?私が悪いの?おかしければ、笑うのは仕方ないじゃない?!)
腑に落ちないエリアナは、ジト目を殿下に向けた。
「妖精姫はどんな表情でも可愛らしいのだな。」
殿下はエリアナのジト目にすら、褒めにかかる。
エリアナは白旗を心の中で掲げた。
「リアが可愛いのは事実ですので仕方ありません。ところで殿下も学長室に行かれるのですか?」
セドリックが立ち上がり、殿下に問いかける。
「陛下からエリアナ嬢とセドリックの助けをしろと言われているからね。学長とギルドマスターとを交えて話し合いに呼ばれているよ。」
そう答えると、三人で学長室に向かう事にした。
殿下が扉の前に立ち、扉をノックする。
エリアナとセドリックは後ろに控え、返事を待つ。
返事が返って来たので、殿下が扉を開け三人で部屋に入る。
部屋の中には四人の男性がソファーに座り待っていた。
(エルランドさんと宰相様と……。後は誰なのかしら……。)
エリアナは、少し緊張しながら殿下について行く。
「お待たせしました。」
殿下がそう言葉をかけると、殿下に少し似た面影の男性が立ち上がった。
「私がこの学園の学長である、アーサーだ。エリアナ君は初めましてだな。」
ニッコリ微笑んで声をかけて来たのは、学長だった。
「初めまして。エリアナ・カーマインです。」
社交場ではない為、カーテシーはしない。
背筋を伸ばし左手を上に両手を重ね、お腹のあたりに置く。日本でのお辞儀をゆっくりとする。
学長はエリアナのお辞儀を見て、暫しその所作を眺めていた。
「ほぉー……。」
言葉を口にしたのは、宰相だった。
エリアナは顔を上げ、四人を見るが何故か観察するような視線を感じる。
「座ってくれ。」
学長の言葉に、殿下とセドリックが先に座りエリアナはセドリックの横に座った。
「エリアナ君が入学するのを楽しみにしていたよ。」
そう話すのは、誰か解らない男性だった。
「私は生徒を統括するヨリだよ。授業方針や生徒会を纏めている。」
エリアナに顔を向け、そう説明する。
エリアナはヨリに視線を合わせると、頷いた。
「エリアナ君とセドリック君の話は、兄上である陛下から話は聞いている。勘違いして欲しくないのは、陛下は誰彼構わず話をした訳では無い事は理解して欲しい。
ここにいる者以外は知る者はいないし、口外はしない。」
学長がこの場にいる理由を話す。
「解りました。」
セドリックが了承の返事をする。
「エリアナ君とセドリック君の選択学科や学園での過ごし方の要望を教えて欲しい。」
ヨリが、そう話す。
「私は生徒達のダンジョン授業についての話を纏めたいからだな。」
エルランドが次に話す。
殿下とセドリックは頷き了承するが、エリアナはほんの少しだけうんざりしていた。
(学校に通うだけでこんなに仰々しくなるなんて……。教室にもまだ行けてないのになぁー……。)
顔は微笑むエリアナだが、心の中では小さな愚痴を吐いていた。
エリアナは今日中に教室に向かえるのか、不安になって来た……。




