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『オリーブと梟』外伝〔知を以て 臨むローマ史 改変紀〕  作者: 岡田 平真/オカダ ヒラマサ
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閑話『ローマへの旅路にて〈フィルムムへ〉』

ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプス が執政官の年(紀元前90年)十一月、ピケヌム地方アスクルム市外、ティトゥス 




 フィルムムへの旅路は順調そのものだった。商隊は旅慣れした者ばかりで動きにソツがない。構成は次の通りだ。

ベスティアが商隊の長として、交渉・会計・取引判断を主任務としている。妻のアマリリアは書記であり、契約書や帳簿管理、商品の在庫管理が担当だ。

 その他に御者・馬丁と荷の積み下ろしや野営準備、雑務を担当する人員が4名ほど。彼らもクリスプス商会がしっかり身元を確認している者ばかりだ。


 護衛はリーダーのマルクス・ガルスを中心に計6名。半数は元軍団兵、残り3名は地元の傭兵出身。何度もチームを組んでいるようでお互いの信頼関係もしっかりと構築されている。特に同盟市戦争期は治安が悪化しているからな。軍団経験者の雇用は最重要ポイントだ。そうじゃなきゃこの時期に街道を旅することなどできはしないよ。

 主力となる護衛兵は皆、鎖帷子(ロリカ・ハマタ)を身に着けている。高価だが耐久性が高く、商隊の「保険」として最適解だ。一流装備と言っていいだろう。また(スキュトゥム)も元軍団兵である二人は装備している。通常、商隊護衛は軽装が多いんだが、この同盟市戦争期は待ち伏せが多く、大型盾を持つと隊列防御が成立するそうだ。武器は(ハスタ)短剣(プグナ)、それと投槍(ピルム)。槍は騎兵・盗賊への牽制に用いて、短剣は近接戦用と使い分けている。追い剥ぎ・山賊への威嚇として投槍まで準備しているのだから流石だな。

 ちなみにガルスは短剣ではなく、(グラディウス)を右腰にベルトで斜めにぶら下げている。まさにあの映画に出てくる姿そのものだ。でも実物はイメージよりもやや短めで、すごく揺れてぶらぶらしているからちょっと格好悪い。実用性を考えれば仕方がないのだけれど。

 一方、地元傭兵は元軍団兵に比べると軽装と言えるだろう。革鎧(ロリカ・スグマタ)小型楯(パルマ)、弓とスリングを扱うようだ。山岳地帯を抜けるからスリングが特に有効らしい。そんな知識は現代では身につかなかったので勉強になる。


 その他にはヌミディア産のフィデリスと荷車を引くピケヌム産の良馬の計3頭も大事な仲間といえるだろう。 長距離移動と逃走性能を重視し、疲労・故障対策として連れている。戦争のせいで道路が荒れ、馬の損耗が激しいからなぁ。同じ理由で荷車も2台構成だ。一台は俺が乗るために準備したようなものだけどね。予備の車輪・車軸まであるんだから大したもんだよ。

 その他にベスティア達の携行品は取引・金銭関連ものが大半かな。貨幣袋(銀貨、青銅貨)はひとつにまとめると危険なので、複数袋に分散。契約書の真正性を保証するための封蝋・印章シグナトゥムや携帯用の蝋板(タブレラエ)鉄筆(スタイラス)がある。もちろん蝋板はおれも持っているよ。



 △▼△▼△▼△▼△


 アスクルムからフィルムムへ向かうサラリア街道の支道を北西に向かう。ストラボ率いるローマ軍は東へ向かい海に出てからアンコーナへ向かった。俺たちは内陸の丘陵ルートなのでローマ軍の包囲下にあった時の緊張感が完全に解け、今はやや開放的な気分に包まれている。

 道すがら見かける町々は、確かに戦争の影響で疲弊していた。しかし、市場には少しずつ活気が戻り始めており、商人たちの表情にも希望の光が戻っているのが感じられる。


「支道も思ったより落ち着きを取り戻しているようね」

「戦争も終息に向かっているんだろ」

「これならフィルムムまでも安全に移動できそうだわ。よかった」


 アマリリアとベスティアが感想を述べあっている。練習も兼ねてフィデリスの背に揺られていたとき、ふと彼らの会話が耳に届いた。

 ガルスによそ見をすると危ないと注意されながらも周囲に目を配ってみると、確かに一定の間隔でローマ軍の哨戒兵を見かけるが、彼らの様子は警戒というよりも平常業務といった雰囲気だ。本来であれば、ストラボによるアスクルム包囲が続いており、この支道は軍事封鎖が行われ戒厳状態であったはず。しかし歴史は改変され、アスクルムには日常が戻りつつある。アンコーナでの冬営を選択したストラボは、アスクルムから援助を最大限引き出すためにもアスクルムの力を奪う施策は選ばないだろう。その結果がこの奇跡的な牧歌的情景を生み出している。


 しかしそうは問屋がおろすまい。正直に言えば戦況の全体像を把握したいという焦りがある。アスクルムで入手できていた情報は限定的で、イタリア半島全体でどのような変化が起きているのか正直なところ全く把握できていなかったからだ。


「ウィダキリウス将軍が戦死して以来、イタリカ側の士気は著しく低下しているそうだ」街道沿いの宿場で小休止した際、地元の商人から興味深い話をガルスが仕込んできた。


「各地で降伏する都市が相次いでいる。もはや抵抗を続ける意味を見出せないのだろう」五十代の羊毛商人がそう語ったそうだが、それは俺の予想とも一致していた。ウィダキリウスの死は象徴的な意味が大きく、イタリカ側の結束を決定的に破綻させたのだろう。


「アスクルムの無血開城も、そうした流れの一部だったのでしょうね」とベスティアが相槌を打つと、ガルスは黙って頷いていた。



 夕刻、河畔の宿場町で一夜を過ごすことになった。宿の主人は気のよい老人で、地元産の料理を振る舞ってくれる。塩漬け豚肉、焼きたてのパン、そして土地の葡萄酒。どれも素朴だが滋味深い味わいだった。


「この豚肉、燻製の香りが素晴らしいですね」

「うちの秘伝の製法でして」

「オークの木で三日間燻し、それから塩漬けにするんです」


 アマリリアが感嘆の声を上げ、それに呼応して宿の主人が誇らしげに説明していた。食事をしながらベスティアとアマリリアの新婚ぶりを眺めていると、自然と微笑ましい気持ちになる。彼らのような普通の幸せが戦争によって奪われることの理不尽さを改めて感じてしまう。彼らとは宿の暖炉の前で夜更けまで語り合った。


「ティトゥス様は、ローマでどのような勉強をされるのですか?」

「修辞学、法学、哲学……貴族の子弟として必要な教養を身につけるつもりです」

「それはたいそうなことですね。私たちのような庶民には縁のない世界です」


 アマリリアの素直な質問に少し考えてから答えると、ベスティアは感心したようにうなずいている。その口調に卑屈さはないく、むしろ自分たちの生活に満足している様子が伺える。


「でも、本当に大切なのは、人として正しく生きることだと思います」その言葉に、二人とも深く頷いた。

「その通りですね。身分は違っても、人としての基本は同じですから」


 アマリリアの言葉には、素朴な智慧が込められていた。



 △▼△▼△▼△▼△


 二日目の朝、霧に包まれた丘陵地帯を進んだ。朝露に濡れたオリーブ畑が、朝日を受けて銀色に輝いている。


「美しい風景ですね」

「この辺りのオリーブ油は絶品なんです。ローマの貴族たちにも人気が高い」


 感想を述べるとベスティアが小気味よく笑った。商人らしい実用的な情報だがその土地への愛情も感じられる。一商隊を任せられるだけの知識と経験を持っているんだな、実感した。アウレリウスもこんな雰囲気だったな。



 道中で出会う人々との会話も楽しかった。

 巡礼の老人、行商の若者、農家の家族。それぞれが異なる背景を持ちながらも皆が平和な日常の回復を願っていることが伝わってくる。

 特に印象的だったのは戦争で夫を失った若い母親との出会いだった。彼女は幼い子供を連れて親戚を頼って移住する途中で、俺たちの商隊と一時行動を共にした。


「夫は故郷のために戦って死にました」

「でも、残された私たちは生きていかなければなりません」


 静かに語る彼女の言葉の中に、深い悲しみと同時に強い意志を感じた。戦争は多くのものを奪うが人々の生きる力までは奪えない。そんなことを改めて思った。



 三日目、山間の村で地元の祭りに遭遇した。収穫を祝う素朴な祭りで、村人たちが民族舞踊を披露しまた地酒を振る舞ってくれた。開催時期が少し遅くれたのは戦況を見守っていたからだそくれたやっと開くことができてホッとしたとのこと。

 俺たちも祭りに少しだけ参加させてもらうことになった。皆が笑顔になっていて、つられて久しぶりに心から笑うことができた。俺自身も戦争と政治の重圧から解放され、純粋に楽しむという感覚を取り戻せたのだと思う。ありがたいことだ。


「ティトゥス様、とても楽しそうですね」

「そうですね…ティトゥス様のそのようなお姿を見ることができて、本当に安心しました」

「そうだね、こういう時間も大切だと思うから嬉しいよ」


 ベスティアが声かけ、アマリリアが微笑みながら言葉を続けた。その微笑みを見つめながら返した答えに、彼らは満足そうに頷いていた。俺のことをどう思っていたのだろう。やっぱり気難しいお坊ちゃんだと見ていたのかな。


 祭りの夜、村の長老が俺たちに昔話を聞かせてくれた。この地方に伝わる英雄譚で、知恵と勇気で困難を乗り越える若者の物語だった。

 物語を聞きながら自分の置かれた状況と重ね合わせていた。俺もまた、様々な困難に直面しながら成長していく若者の一人なのだろう。

もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


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