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『オリーブと梟』外伝〔知を以て 臨むローマ史 改変紀〕  作者: 岡田 平真/オカダ ヒラマサ
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閑話『ルキウス・マルスクス その2<政治家の矜持と戦士の眼>』

ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)三月、ピケヌム地方アスクルム市内、リクトル


 


 我が屋敷の会議室で、重厚な木製のテーブルを囲んで十数名の同志たちが議論を戦わせている。壁に掛けられた歴代のサルウィウス家の肖像画が、その威厳ある表情で我々を見下ろしている。


 この会議室は私の祖父の代に拡張したものだ。当時のサルウィウス家は今よりもずっと裕福で、このような大きな空間を維持することができた。

 だが今となっては冬場の暖房費だけでも相当な負担となっている。政治的な威信を保つためには必要な投資だと自分に言い聞かせ、維持をしている状況だ。

 

 テーブル周りに配置された青銅の燭台や、壁に掛けられたピケヌム産の織物も、すべて我が家の格式を示すためのものだ。客人たちがこれらを見て、サルウィウス家の力を過大評価してくれることを密かに期待している。



 ルキウス君と共に出席する夕刻の政治会合は、私にとって更に複雑な人間関係の舞台だった。


 この会合の参加者たちは、それぞれ異なる背景と利害関係を持っている。だがそんなことは当たり前だ。

 だからこそ議論を戦わせるのだ。私のような志のある現実主義者、現実的な利益を重視する商人グループ、そして血気盛んな若手たち。我々の間では、ローマに対する姿勢を巡って激しい応酬が続いている。


 私は自分のことを極めてバランスの取れた政治家だと考えている。ティトゥス・クリスプスのような商業第一主義も、血気盛んな若手たちの理想論もどちらも極端だ。

 しかし、そのような多様な意見を受け容れる度量が私にはある。これこそが真の政治家に求められる資質だろう。会合中も、私は常に中庸の立場から発言し、対立する意見を調和させるよう努めている。

 ただ表面的には余裕を見せているが、内心では各派閥のバランスを取ることの難しさを痛感している。特に最近、我が家の財政が思わしくないことが政治的発言力にも影響を与え始めており、これまで以上に慎重な立ち回りが必要となっている。


 ルキウス君は最初の数日、この議論を冷静に観察していた。マルシ族の政治文化では、まず相手の真意を見極めることが重要だと聞いている。彼は各人の発言内容だけでなく、表情、身振り、声のトーンまでを注意深く分析しているようだった。



 そして数日後、ついに彼が口を開いた。


 「皆様の議論を拝聴していて、気になることがあります」



 会議室に緊張が走る。14歳の少年の発言を、我々経験豊富な政治家がどう受け止めるべきか。


 「以前にも発言しましたが。この都市の反ローマ感情は、理念に基づくものではなく、恨みに基づくものではないでしょうか。恨みでは永続的な政治体制は築けないと思います」


 ルキウス君の指摘は的確だった。私も内心では同じことを感じていたのだ。アスクルム市民の反ローマ感情の多くは、具体的な不当処遇や経済的損失に起因している。確かにそれは正当な怒りかもしれないが、長期的な視野を求められる政治運動の基盤としては不安定である。



 「では、君はどうすべきだと考える?」


 私の問いかけに、ルキウス君は少し考えてから答えた。


 「まず、我々が何を目指すのかを明確にすべきです。ローマからの独立が目的なのか、より良い条件での統合が目的なのか。目的が曖昧なままでは、どんな手段も効果的ではありません」


 この発言は会議室に静寂をもたらした。

 参加者たちは皆、薄々感じていた問題をこの少年に指摘されたのだ。反ローマという感情論だけでは、具体的な政治目標を設定することは困難だ。


 

 思わず深いため息をつく。よく心外にも理想主義者と呼ばれる私でさえ、この現実から目を逸らすことはできない。



 「君の指摘は正しい。だが、市民感情を無視して理論だけで政治を進めることはできない」


 「それは理解しています。しかし、感情に流されて間違った選択をすれば、結果的に市民を不幸にすることになるのでは」


 ルキウスの反駁は、政治の理想と現実の間で揺れ動く我々の弱点を突くものだった。彼の若さゆえの率直さが、この会議室の澱んだ空気に新しい風を送り込んでいる。


 私は改めて思った。この少年を招いたことは正解だった、と。



 △▼△▼△▼△▼△


ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)四月、ピケヌム地方アスクルム市・トルエントス川河畔、サビヌス



 川岸での一息は、儂にとって貴重な時間だ。


 この川はこの古傷にも優しい。清澄な水が絶えることなく流れ、その音が疲れた身体を癒してくれる。

 川辺に並ぶ柳の古木も、まるで古戦士のように年月を重ねている。その葉陰で、儂とラビエヌスは日々こうして語り合うのが習慣となっていた。


 儂がこのアスクルムに流れ着いたのは、もう十年近く前のことになる。マリウス将軍の軍制改革により、市民権を持たぬ者でも軍団に加わることができるようになったとき、儂は迷わず志願した。

 故郷には何もなかった。貧しい農家の三男として生まれ、分け与えられる土地もなく、結婚の見込みもなかった。剣を握ることだけが儂の取り柄だった。


 ガリア、ヌミディア、そしてキンブリ族との戦いを経て、儂は多くの戦友を失い、自分もまた多くの傷を負った。退役後、戦傷年金だけでは生活できず、各地を転々とした。剣術を教えることで糊口を凌ぎ、時には傭兵として雇われもした。

 そんな放浪の末に、アスクルムに辿り着き、やがてラビエヌス家に拾われたのだ。この家には息子が三人おり、兄二人の剣術を指導するために儂は定宿を得ることができた。


 人に剣を教えたことなどない。

 教え方なども知らない。


 だが、自分が得た技術はある。

 子供のいない儂にら、それを伝える相手がいなかった。

 

 だからこそ、ラビエヌス家の三男坊の才能を見抜いてからはその成長を見守ることが、儂にとって唯一の生きがいとなっている。

 戦場で培った経験のすべてを、あの少年に伝えることができれば、儂の人生にも意味があったと言えるだろう。



 ある午後、ラビエヌスとの剣術訓練を終えた後、いつもように川の畔で休息を取っていた。



 「師匠、あの少年、ルキウス・マルスクスをどう思いますか?」


 ラビエヌスの問いかけに、儂は川面を見つめながら答えた。ガリアでの戦いで負った古傷が疼くが、それも今では懐かしい痛みだ。マリウス将軍の下で戦った日々を思い出させてくれる。



 「あの子は確かに技術は持っている。だが、それ以上に興味深いのは、あの子の頭脳だ」


 儂は小石を川に投げながらラビエヌスに答える。

 戦場で培ったこの観察眼は、あのマルシ族の少年の本質を見抜いているつもりだ。



 「マルシ族の剣術は確かに実戦的だ。山岳戦闘に特化した無駄のない動き。だが、あの子の動きには計算がある。感情に流されない冷静さがある。これは天性のものか、それとも教育の結果なのか」


 「教育でしょうね。マルシ族では幼い頃から厳しい訓練を受けると聞いています」


 「そうだな。だが、教育だけであそこまで冷静になれるものか?」



 儂は何事も長年の戦闘経験に基づき判断する癖がある。戦場で多くの若い戦士を見てきた。だがルキウス・マルスクスのように、剣を付き合わせる最中に冷静さを保てる者は稀だ。それは単なる教育の産物を超えた、生来の資質と厳しい環境が生み出した独特の人格だと見ている。


 川面に夕日が反射し、オレンジ色の光が水面で踊っている。遠くで水鳥の鳴く声が静寂な川辺に響く。戦場の喧騒とは正反対の、この平和な風景を儂は愛している。だが、戦士の血は未だ冷めることがない。



 しばらくして、ラビエヌスが再び口を開いた。



 「師匠。あの少年とティトゥス、どちらが上だと思いますか?」


 「比べる意味があるのか?」


 儂は振り返ってラビエヌスを真正面から見据えた。戦場では様々なタイプの戦士を見てきた。勇猛な者、狡猾な者、冷静な者、熱血な者。どれも戦場では必要な資質だった。


 「二人は全く違う種類の才能を持っている。ルキウスは生まれながらの戦士で、ティトゥスは生まれながらの軍師だ」


 「でも、同じ年頃でありながら、こうも違うものでしょうか」


 「それが人の面白いところだ」儂は微笑んだ。


 ガリアの戦場では多くの民族と戦った。テウトニ人、キンブリ人、ケルト人、そしてマルシ族の戦士たちとも剣を交えた。それぞれが独特の戦闘スタイルを持ち、独特の精神を持っていた。


 「同じ川の水でも、流れる土地によって全く違う表情を見せる。人も同じだ」


 ラビエヌス、ティトゥス、ルキウス、そしてリクトル。儂が見てきた中でも、これほど個性の異なる少年たちが同じ時代、同じ場所に集まることは珍しい。


 ラビエヌスは純粋な心と強い正義感を持つ典型的な勇将の器だ。戦場では必ず仲間を鼓舞し、先頭に立って戦うタイプだろう。

 一方のティトゥスは、その若さからは想像できないほど計算高く、状況を俯瞰する能力に長けている。儂が戦場で見た参謀タイプの将校によく似ている。

 ルキウスは山岳民族特有の冷静さと、危機的状況での判断力を併せ持つ。

 そして年上のリクトルは、理想に燃える青年騎士の典型だが、その理想が時として現実との齟齬を生むことを、儂は戦場での経験から知っている。


 四人それぞれが異なる道を歩むことになるだろうが、その行く末がどうなるかは神のみぞ知るところだ。



 夕暮れの川辺で交わされた今日の会話も、儂にとって重要な意味を持つものだった。


 長年戦場を駆け回ってきたこの目には、ルキウス・マルスクスとティトゥス・クリスプスという最近知り合ったばかりの二人の少年が、まるで未来の嵐を予感させる存在に映っていた。


 

 それもただの戦士の勘というやつかもしれない。


 何かが始まろうとしている。川面を渡る夜風が、変化の時代の到来を告げているかのように、頬を撫でて過ぎていった。


 古傷が再び疼いたが、それも悪い予感ではない。むしろ、新たな戦いへの期待を感じさせるものだった。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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第一部の登場人物一覧はこちら↓

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