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車の走る音すら聞こえない静寂の中。
散らかる部屋で1人の三十路女がゲームをする姿があった。
テーブルの上にはゲームソフトのケースが置かれていた。
ゲームソフトのタイトルにはこう有る…。
『イケメン忍者お忍びの恋』
…どうやら彼女がプレイしているのは乙女ゲーの様だ。
ディスプレイには半裸の男達が肩を組み頬を合わせるシーンが映っていた。
更にディスプレイに映る男達の元へ1人の女性が現れた。
「…チッ」
彼女は途端にコントローラーを操作してタイトル画面へと戻した。
彼女は同じシーンを何度もプレイしては女性のキャラクターが出てくるとタイトル画面に戻す、という作業を繰り返した。
暫くすると彼女はディスプレイを消して立ち上がった。
「…寝るか」
彼女は1人そう口にしてベッドに入った。
翌日の夕刻…。
カタタタタ…。
とある会社のデスクにて、肩を組む40代の男と二十代前半の男が談笑していた。
そんな中、すぐ近くに居た1人の女性…
彼女は乙女ゲームの同じシーンを繰り返しプレイしていた女性だった。
彼女は無表情でデスクの上に頭の高さ程にまで積み重なる書類に囲まれPCのキーボードを叩く。
その状況下、女は自身の世界へと入っていた。
『結婚しなさい、妻が良妻であれば貴方は幸せになる、妻が悪妻なら貴方は哲学者になれる』
これはソクラテスの言葉だ。
私は全然納得出来ない。
何故なら結婚しなくても幸せにはなれるし、悪妻と結婚しなくても哲学者にはなれる。
そもそも、何で上から目線?
当たり前の様に男目線で…女を何だと思っているんだ?
気に食わない…。
私はパイナップルの入った酢豚と非論理的、非合理的な事が大嫌いだ。
だから現に非合理的な結婚もしなければパートナーだって作らない。
生活を誰かと共にするなんて謂わばエゴとエゴのぶつかり合い。
私はそんな無駄無く、1人でいる事で自分を100%発揮して生きている。
私が何を発揮しているって?
そんなの決まっている。
ただ与えられた女というレールを超えた人生。
雌を超えた大人の女の楽しみだ。
他人は私の様な女を腐食した女…腐女子と呼ぶが、私は女を超越したと自負している。
後方から声が聞こえ出した。
…にん…
…ゅにん…主任!!
と、ここらで現実に帰る必要がある様だ。
「主任!?何で僕の仕事受けたんスか!?」
このシャツが片方だけスラックスからはみ出しただらしの無い男、いや男というには余りにも弱々しい、仔犬といったところか。
彼は私の部下だ。
そして彼の視線の先に居るメガネをかけ髪をヘアゴムで一つに纏めた女…。
いや女を超えた存在…が私だ。
私は目線をディスプレイから逸らす事なく口を開いた。
「無論、私の方が早いからだ、そして君はこの後、課長から居酒屋での懇親会に誘われていた筈」
と、私は目の前の仔犬に現状把握を促す。
「ですけど…残業までして僕の仕事を何故ですか!?こんなの4時間はかかります…」
仔犬は眉を八の字にして愛らしく口を開いた。
フン、お前と比べるな、私は30分で片付く。
…じゃ無いな、返事をしなければ。
「論理的に考えろ、手が早い者が仕事を成すのは必然的だろ?」
私は表情を変えずに述べた。