色のない図書室
この世界では、魔法は誰にとっても身近なものだった。
杖というデバイスを通して、人は生活のあらゆる場面で魔法を用いる。
明かりを灯し、水を沸かし、空中に絵を描く、他者とのコミュニケーション、記録媒体。それはもはや魔法ではなく「技術」と呼ばれるほどに日常へと浸透していた。
魔法学園エリュシオンは、その技術と可能性を探求する者たちが集う名門校である。
その校舎の一角──多くの人々にとってはただの「古くから存在する図書室」。
色褪せた図書室
けれど、それは本当の姿ではなかった。
ある者には、そこはモノクロの迷宮に見えた。
そして、ある者には──旋律が形をとる、未踏の楽譜が聴こえた。
それが、《魔法の書庫》と呼ばれる、世界の記憶の残響であるとも知らずに。
Ⅰ「始まりの旋律」
花が咲き誇る春、少女は入学式に参列していた。
柔らかな風に艶めくピンクブロンドの髪が踊り、無垢な水色の瞳は絵に描いた様な美少女である。
名を、《フィリア》。
彼女は、魔法も特技も何も持たない、
好きな事は『詩』を歌うこと。
“そんな杖を持たぬ”新入生。
彼女は、歌った。
それは学校指定の校歌ではなかった。
誰にも教わっていない、聞いたこともない、
けれど確かに“懐かしい”旋律。
その瞬間。
書庫に眠る一冊の本が、色づいた。
生徒たちは気づかない。教員すらも、ただの気まぐれか、春の幻だと笑っていた。
だが、たった一人──その場にいた灰色の瞳の少年は、確かに見ていた。
「……色が……戻った……?」
少年の名は、《リオ》。
彼は“一学生”としてこの学園に入学したばかりだったが、心の奥底には燃えるような違和感を抱えていた。
そしてその日、リオの世界は、旋律と記憶によって色づき始める…
頑張ります。