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6月7日(月)

この日も、秀人は駅から学校まで走らなければ間に合わないような時間の電車に乗っていた。

朝が弱いわけではないが、出来る限り学校にいる時間を短くしたいという考えから、秀人はこの時間の電車によく乗っている。

その時、電車が三枝谷駅のホームに入る。

秀人は小説を読んでいたが、ふと気になり、ホームに目をやる。

「あ……」

驚きのあまり、秀人は声を上げてしまった。

扉が開き、ホームにいた春奈は笑顔で電車に乗る。

「秀人君、おはようございます」

「お前、バカか?遅刻するだろ」

「一緒に行くと約束しましたから……」

「先に行けって言っただろ」

「あ、今日もお昼、弁当を用意しましたので……」

「話を変えるな!」

秀人は深いため息をつく。

「この電車、駅から学校まで走らねえと間に合わねえからな」

「……じゃあ、秀人君、先に行って構いませんから」

「お前、言ってる事、メチャクチャだな……」

秀人はそこで時計を見る。

「春奈のクラスも、出席取る時に返事すれば、遅刻にならねえか?」

「え?」

「クラスによっては始業ベルが鳴った時点で遅刻にするとこもあるだろ?」

「あ、私のクラスは……出席を取る時だったと思います」

「春奈、女子だから名前呼ばれるの後の方だろ?」

「あ、はい」

「じゃあ、駅に着いたら走るからな」

「私……足遅いので、自信ないですよ」

「あ、荷物、左手で持て」

「え……はい」

秀人の指示に従い、春奈は荷物を左手に移す。

そして、秀人は反対にカバンを右手に移した。

「そもそも俺のせいだからな……」

電車が学校の最寄り駅である、二和木駅に到着し、2人は足早に改札を出る。

「俺が引っ張ってくからな」

「え?」

秀人は春奈の右手をつかむ。

「ほら、走るぞ」

「あ、はい」

そのまま、2人は手を繋ぎ、走り出した。

当然、秀人が1人で走るよりもペースは遅いが、春奈だけは間に合うだろうと信じて、秀人は走り続ける。

学校に到着し、3年A組の教室の前で秀人は手を離す。

「ほら、早く入れ」

「あ、ありがとうございます」

春奈は肩で息をしながら、教室に入った。

間に合ったかどうか心配だったが、秀人はそのまま3年C組の教室に入る。

「及川、遅刻だぞ」

「ああ、わかってるよ」

村雨の言葉に秀人は不機嫌な様子で答えた。


朝のホームルームが終わり、和孝は秀人に笑顔を見せる。

「秀人、今日は俺、遅刻しなかったんだよね」

「じゃあ、貯金9か」

「でも、今日は完全に遅刻だったけど、どうかしたの?」

「今日は大きな荷物があったんだよ」

「……いつも通りじゃない?」

和孝は秀人のカバンを注意深く確認する。

「とりあえず、黙れ。俺も何やってんだかって思ってる」

なぜ、春奈のために躍起になっていたのかわからず、秀人はため息をつく。

「最近、ため息が増えた気がするな……」

「え?」

「そういえば、昨日の大会はどうだった?」

「もちろん勝ったよ。俺の大活躍で……」

「おい、及川」

夢の声が聞こえ、秀人は声がした方を向く。

「及川、昨日はどうしたんだ?」

「何で、遠野が怒ってるんだよ?」

「昨日、夢ちゃんが来てて、秀人の代わりに試合出て……」

いつも通り、和孝は夢に殴られ、その場に倒れる。

「お前達のせいだからな。久保は戦力にならないし……」

「遠野が代わりに出てくれたのか?」

「ああ、しょうがなくな」

「まあ、遠野なら戦力になるもんな」

「あの……今日のパンチ、いつもより重いんですけど……」

「多分、機嫌が悪いからだろ」

秀人はそこで、首を傾げる。

「でも、何でお前がいたんだ?」

「え?」

「試合に出たって事は、あそこにいたって事だろ?」

「それは……偶然通りがかっただけだ」

夢は逃げるように自分の席に戻った。

「秀人、そっちの報告は?」

「ん?」

「デート、どうだった?」

「……まあ、楽しかったよ」

その言葉に和孝は表情を変える。

「あと、ちゃんと距離置くようにした?仲良くなり過ぎると……」

「しつこいな……。ちゃんと距離置いてるよ」

和孝の質問に、秀人は嘘で返した。


午前中の授業が終わり、秀人はいつも通り夢に声をかける。

「和孝、どうやったらフットサルで戦力になれるか、お前に聞きたいそうなんだ」

「それなら、及川が教えてやれば良いじゃないか」

「いや、昨日のお前のプレイにあいつは惚れたんだよ。だから、アドバイスしてやってくれ」

「あのさ……俺が夢ちゃんを足止めする必要、ホントにあるのかな?」

「じゃあ、和孝、しっかりアドバイスもらえよ」

秀人は教室を出ると、駆け足で屋上に向かった。

この日も春奈は先に屋上で待っていた。

「朝、間に合ったか?」

「はい。もっと早く来るよう怒られましたが、遅刻にはされませんでした」

「だったら良かった」

「秀人君は……?」

「今日の飯は何だ?」

春奈の言葉を遮るように、秀人は無理やり昼食を開始した。

「明日からは先に行けよ。俺、いつもあの時間だし」

「だったら、私も今日からそうします」

「いや、俺みたいに遅刻常習犯になっちまうよ」

「私、毎日走ります」

「それに、お前が間に合っても、俺が間に合わねえんだけど……」

「え?」

「あ……」

秀人は思わず言ってしまった事を後悔する。

「ごめんなさい、私のせいで遅刻してしまったんですね……」

「いや、そもそも俺のせいだから……」

こうなる事を予想していたため、秀人は今日遅刻した事を隠すつもりだった。

春奈の性格を考えれば、秀人が遅刻した事を自分のせいだと考えてしまうのはわかっていた。

秀人はどう言おうか考え、諦めるようにため息をつく。

「俺、明日から早い時間に出るよ」

「え?」

「そうすれば、2人共、遅刻しねえで済むだろ?俺も出席日数やばいから、そろそろ普通に行こうと思ってたしな」

結局、秀人はそれで乗り切る事しか思い付かなかった。

「春奈、いつも何時の電車に乗ってるんだ?」

「秀人君に合わせますよ」

「だったら、今日より2,3本早い電車に乗るよ」

「わかりました。今日と同じ場所で待ってます」

「ああ、わかった……」

嬉しそうに笑う春奈を見て、秀人は複雑な気持ちを持っていた。

「あと、明日、学校が終わった後、時間ありますか?」

「何かあるのか?」

「お母さんから舞台のチケットを2枚もらいまして、良かったら一緒に行きませんか?」

「舞台?」

秀人は舞台等に興味がないため、少しだけ考えてしまった。

「あの……嫌でしたら、1人で行きますので……」

「それじゃ、チケットが1枚無駄になるだろ」

秀人はもう少しだけ考えた後、笑顔を見せる。

「まあ、そういうのに行くのも悪くねえか」

「え?」

「俺、そういうの行った事ねえし、もしかしたら途中で寝ちまうかもしれねえけど、それでも良いか?」

「じゃあ、一緒に行ってくれるんですね」

「お前、俺の話、ちゃんと聞いてたか?」

「はい、一緒に行ってくれるんですよね?」

春奈の喜ぶ様子を見て、秀人は笑う。

「私、明日は部活を休みますので、学校が終わったら、一緒に帰りませんか?それで服を着替えた後、また待ち合わせをして……」

「開演時間とか俺は知らねえし、春奈に決めてもらって良いか?」

「あ、わかりました」

「夕飯はどうする?一緒にするか?」

「はい、そうしたいです」

「じゃあ、終わった後にでも、どこかで夕飯食うか?」

「あ、開演時間が遅いので、夕食は先の方が良いかもしれません」

「だったら、先にするか」

「はい」

その後も明日の予定を考えながら、2人は昼食を食べ終える。

「そういえば、小説持って来たんです」

「あ、忘れてた……」

秀人は困ったように苦笑する。

「渡しておきますね」

「俺、忘れちまって、悪いな」

「覚えている時で構わないですよ」

春奈からカバーの付いた小説を1冊受け取り、秀人は少しだけ中を確認する。

「それ1番気に入っている小説なんです」

「ああ、時間ある時に読むよ」

その時、予鈴が鳴り響く。

「そろそろ戻りましょうか」

「そうだな。そういえば、今日も部活か?」

「はい」

「じゃあ、また明日な。あ、朝だけど、俺が来ねえようなら明日は先に行けよ?」

「いえ、待ってますよ」

「……じゃあ、遅刻しねえようにする」

明日は絶対に遅刻出来ないと感じながら、秀人は屋上を後にした。


学校が終わった後、秀人は真っ直ぐ家に帰り、春奈から借りた小説をカバンから出す。

帰りの電車で今まで読んでいた小説を読み終え、新しい小説を読むには良い時期だったが、秀人は少しだけ抵抗を持っていた。

学校で軽く中を見た際、恋愛小説だとわかり、秀人は本屋でこの小説を見かけても絶対買わないだろうと感じた。

「食わず嫌いは良くねえもんな」

春奈に言った事を思い出しながら、秀人は小説を読み始める。

「秀人君、そろそろご飯よ」

しばらくの間、小説を読む事に集中していたが、由香里の声が聞こえ、秀人はしおりを挟んだ後、本を閉じる。

夕飯時となった事に気付かない程、この小説を集中して読んでいた事を自覚し、秀人は少しだけ苦笑する。

秀人が食卓に着くと、今日も両親は上機嫌だった。

「秀人君、デートは楽しめた?」

「俺の本、役に立っただろ!」

「別に2人に報告する事は何もねえからな。あ、そうだ……」

秀人は昨日、春奈と話していた時に気付いた事を思い出す。

「アルバムってどこにあるんだ?」

「え?」

「俺が小さい頃のアルバムとか、どっかにあるだろ?」

「いや、ない」

弘はその質問を拒絶するような答え方だった。

「秀人君、写真嫌いだったのよ」

「じゃあ、小4……この家に来る前、俺ってどんなだったんだ?」

「急にそんな事聞くなんて、どうしたの?」

「いや、昔の事、全然覚えてねえから、どうだったのかと思って……」

秀人は両親が何か隠しているような、そんな気配を感じていた。

「秀人、過去にしがみついてばかりじゃダメだ。精一杯、未来を目指せ」

「いや、そんな話してねえだろ……。あ、明日、夕飯いらねえから」

「お、デートか?」

「別に何でも良いだろ」

秀人はこれ以上、詮索する事を諦めると、箸を進めた。

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