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6月4日(金)

「遠野、和孝が今日の数学の授業でわからねえとこがあったらしい。教えてやってくれよ」

「そうなのか?」

「俺は友達と約束があるから、行かねえといけねえんだ。じゃあ、頼んだからな」

「秀人、せめて俺の許可を……」

「じゃあ、和孝、頑張れよ」

この日の昼も和孝と夢を一緒にした後、秀人は屋上に向かった。

秀人が屋上に着いた時、今日も春奈は先に待っていた。

「今日も待たせちまって悪いな」

「あ、私も今来たばかりですから、気にしないで下さい」

頭を下げた秀人に春奈は笑顔を向ける。

そのまま、2人は昨日と同じように適当な場所に座る。

「今日の弁当は、自信作なんです」

「昨日の弁当も美味かったけどな……」

そこで、秀人は春奈が手に持っている物を見て、固まる。

「重箱?」

「あ、はい」

春奈は嬉しそうに重箱を開け、そこに並べる。

「2人で食べるなら、この方が良いとお母さんからアドバイスをもらったんです」

「……確かに豪華だな。豪華過ぎて食うのがもったいねえ気がしてくるよ」

秀人は少しだけ呆れたように苦笑いを浮かべる。

「そんな事言わないで下さい。一緒に食べましょう」

春奈はそう言いながら、秀人に箸を渡す。

「何か、無理させてるみたいで悪いな」

「そんな事ないです。お母さんも言っていましたが、好きな人のためにお弁当を作る事は楽しいですし……」

そこで春奈は顔を赤くする。

「あ、私、恥ずかしい事を言ってしまいました」

「1人で盛り上がってるとこ悪いけど、食って良いか?」

「あ、ごめんなさい。たくさん食べて下さい」

「じゃあ、頂きます」

「私も頂きます」

弁当を食べ始め、2人は自然と黙ってしまった。

次第に秀人は黙ったままの状態が気まずくなり、話題を振る事にする。

「そういえば……」

「はい?」

「立石って親と仲良いのか?」

「え?」

「さっき、弁当の事でアドバイスもらったとか言ってただろ?」

「あ、はい、良い方だと思います」

春奈の穏やかな表情を見て、秀人は春奈と両親の仲が良いものなのだろうと感じた。

「私、友達がいないので、悩みは全部、両親に相談してるんです」

「じゃあ、お前の親は、俺の事も知ってるのか?」

「あ、はい。いけなかったでしょうか?」

「いや、別に構わねえけど……」

春奈の親公認の仲となっている事を知り、近いうちに別れを切り出そうと考えている秀人は複雑な気持ちになる。

「及川さんは両親に私の事、話していないんですか?」

「俺の親は子供っぽいと言うか、親らしくねえからな。昨夜、電話を盗み聞きしたのか、感付いてるみたいではあったけど、自分から報告する気はねえよ」

「もしかして、両親と仲が良くないんでしょうか?」

「いや、仲は良いよ。ただ、親子というより友達みたいな感覚なんだ。親の威厳なんて全くねえしな」

春奈が気を使うような雰囲気だったため、秀人は明るい口調にした。

「まあ、基本的に俺は、いつも放っとかれてるよ。親にとって、俺は大切な1人息子のはずなんだけどな……」

「……あれ、及川さん、お兄さんはいないんですか?」

「俺、1人っ子だよ。立石は兄弟とかいるのか?」

「……私も1人ですよ」

そこで、秀人は春奈が納得のいかない表情を見せている事に気付く。

「何かあったか?」

「あ、いえ、何でもないです」

「というか、さっきから全然食べてねえだろ」

「及川さんのために作ったんですから、及川さんに食べてもらえれば十分ですよ」

「いや、1人じゃこんなに食えねえから」

「あ、そうですね」

そのまま2人はまた会話がなくなり、食べる事に集中する。

そして、昼休みが終わる10分前に全部食べ終えた。

「ご馳走様。美味かったよ」

「良かったです」

そこで、春奈は秀人に気を使うような素振りを見せる。

「あの……及川さんって、休日は何してますか?」

「和孝と遊んだり、フットサルとかバスケやったり、そんな感じだけど?」

「私、明日は午前中に補習出た後、午後は部活で、時間が取れないんですけど……」

「休みの日まで学校に行くのか?」

「あ、はい。補習は毎週出てますし、部活はもうすぐ文化祭なので、練習しないといけないんです」

「大変だな」

「あ、それで……明後日は1日都合が空いているんです」

春奈は目を閉じると、深呼吸をする。

「良かったら、私とデートしてくれませんか!?」

不安げな表情を浮かべ、春奈は秀人の目を真っ直ぐ見る。

「ああ、えっと……」

明後日、秀人はフットサルの大会に参加する事になっている。

しかし、春奈が今、どれ程の勇気を振り絞っているのかと考えると、行けないとは言えなくなってしまった。

「……俺も明後日は予定ねえし、構わねえよ」

結局、秀人は春奈の誘いを受ける事にした。

「本当ですか?」

「ああ、ホントだよ。それで、どこか行きたい所あるのか?」

「あ、えっと……ウィンドウショッピングはどうでしょうか?」

「ウィンドウショッピング?」

「色々な店を見て回るんです。私、及川さんの事、もっと知りたいですし、私の事も知ってもらいたいので……」

「確かに、普段買ってる物なんかがわかって良いかもな。そういえば、立石の家ってどの辺なんだ?」

「三枝谷駅の近くになります」

「俺と同じ路線だったんだな。俺は鹿島野駅だから、お前よりも少し遠いけどな」

秀人はそこで少しの間、頭を働かせる。

「三枝谷駅から1駅の所にデパートあったよな?そこにするか?」

「はい、私はそれで構わないですよ」

その時、授業開始5分前を知らせる予鈴が鳴る。

「じゃあ、時間とかは電話かメールで決めるか」

「そうですね」

春奈は慌てて弁当をしまう。

「じゃあ、またな」

「はい、また」

秀人は屋上で別れを告げると、春奈を残して足早に教室に向かった。


教室に入ると、和孝は昨日と同じように、うな垂れていた。

「今日もはしゃいだようだな」

「いや、違うから……」

和孝はすっかり元気を失くしている。

その時、夢が険しい表情で近付いてきた。

「おい、及川?」

「何だよ?」

「明日の補習、お前も出ろ」

「出るわけねえだろ」

「久保も出るんだ。お前も一緒に出れば良いだろ」

「お前らと違って、俺は進学する気ねえんだから、補習出る意味ねえだろ」

「しかし……」

「それに明日は用事があるんだよ」

秀人はそこで、明後日の春奈との約束を思い出す。

「そういえば、和孝って明後日暇か?」

「え……まあ、暇だけど?」

「そっか」

秀人は席を立ち、先日、フットサルの大会に参加するよう、お願いしてきた生徒に近付く。

「なあ?」

「ん?」

「悪いんだけど、明後日、予定が入って大会出れなくなっちまったんだ」

「え?」

「本当に悪いな」

「及川が断るなんて珍しいな。でも、そうすると、メンバーが足らないんだよな……」

「一応、俺の代わりに和孝が参加出来る」

「久保が?前に参加してもらったけど、戦力にならなかっただろ」

「メンバーさえ揃えば、大会には出られるだろ?」

「……この際、文句は言えないか」

「今度、埋め合わせするよ」

「いや、及川にはいつも助けてもらってるし、たまにはしょうがないと思うよ」

「悪いな。大会、頑張ってくれ」

秀人は安心したように息をついた後、席に戻る。

「どうしたの?」

「何でもねえよ」

断わる機会を与えないよう、秀人は明日、和孝に先程の話を伝える事にした。


この日も秀人は和孝の家に行き、数時間程遊んでいたため、帰りが遅くなった。

駅の改札を抜け、秀人はホームで電車が来る時間を確認する。

「及川さん」

そんな声をかけられ、秀人は振り返る。

そこには笑顔の春奈がいた。

「今、帰りですか?」

「ああ、和孝の家が近いから、よく寄ってから帰るんだ」

「私もさっき、部活が終わったところなんです。一緒に帰りませんか?」

「ああ、別に構わねえよ」

帰る方向が同じで、断わるわけにもいかないため、秀人は素直に春奈の提案を受ける。

秀人はふと、周りに目をやり、他の生徒がいないか確認する。

「他の部員はまだなのか?」

「あ、私より先に帰りました。私、部長ですから、後片付けもあるので、いつも遅くなってしまうんです」

「お前が部長なのか?」

「はい、3年生、私しかいませんから……」

春奈は照れくさそうに笑う。

「先輩、厳しい方ばかりでしたので、同学年の方はみんな辞めてしまったんです」

「それは残念だな……」

春奈の言葉から、秀人は、この学校の部活に対する取り組み方を思い出していた。

「実力至上主義って言うんだろうな」

「え?」

「この学校の部活、大会で良い成績を残したりするのが全てって感じだろ?演劇部も毎年、大会に出てるって聞いたしな」

「……確かにそうかもしれません」

「競争意識を駆り立てるって点では良いかもしれねえけど、そのせいで躍起になる奴とかがいるんだよな。立石は劇で主役以上に目立っちまったらしいしな」

「え?」

「だから、先輩から目を付けられたんだろ。立石だけじゃなく、同学年の奴も標的にされたんじゃねえか?」

「……及川さんの言う通りですよ。私の学年に対しては特にひどかったです。それで、他の方はみんな辞めてしまいました」

春奈はその時の事を思い出しているのか、悲しい表情を見せる。

「嫌な話して、悪かったな」

「あ、いえ……今は先輩も卒業してしまって、そんな事ないですから。それに今年から顧問をされている神楽カグラ先生はとても優しいんです」

「確か……英語の先生で、立石のクラスの担任でもあるよな?」

4月から英語を教えている女性教師、神楽の事を秀人は思い返す。

「はい、そうですよ」

その時、電車が来たため、2人は乗ると、空いている席に並んで座った。

「あの……?」

「ん?」

「及川さんは部活、入ってないんですよね?」

「時々、ヘルプで練習に参加したりする事はあるけどな」

「それって、先程話した事が理由ですか?」

「……そんなところだよ。色々な部活の見学に行ったけど、楽しめそうな雰囲気じゃなかったから、入らなかったんだ。そもそも、特別やりたい部活もなかったしな」

秀人は窓の外の景色に目をやる。

「部活動って大変ですからね」

「でも、お前は演劇部、楽しんでるんだろ?」

「はい、今は楽しいです。去年までは嫌な役ばかりでしたので、辛かったんですけど……」

「今まで、どんな役だったんだ?」

「え?」

「あ、俺……文化祭はサボってる事が多くて、劇とか見てねえんだよ」

「そうだったんですか?」

「悪いな」

「いえ、先程も言いましたけど、嫌な役ばかりでしたから、あまり人に見せたくなかったですし……」

春奈は、ため息をつく。

「そんなに嫌だったのか?」

「主役に意地悪する悪人の役等でしたので……威張っていて、言葉使いも悪くて、好きにはなれない役でした」

春奈の話から、秀人は周りの人が持っている春奈の印象が、劇で演じた役のせいで作られたものなのだろうと考える。

「でも、主役より目立ってたんだろ?」

「私はそんなつもり、なかったんです。ただ、どんな役でも精一杯演じただけなんですけど……」

「でも、そんな役を演じてミスコンに選ばれるなんてすごいな。今年は3連覇がかかってるんだろ?」

「それも、あまり嬉しくないんです。気付いたら選ばれてしまって……」

「俺も好きじゃねえんだよな。好みのタイプなんて人それぞれなんだし、そんなもの集計しても意味ねえだろ?だから、いつも誰にも投票しねえで投票用紙、捨ててるんだよ」

「え?」

「そもそも好きなら直接伝えろっての」

そこで、春奈が笑っていたため、秀人は話を止める。

「どうした?」

「いえ、及川さんの言う通りだと思いまして」

春奈の笑顔を見て、秀人も自然と笑顔になる。

「あ、そういえば、お昼に言い忘れていた事がありまして……」

「ん?」

「及川さん、補習は出ないんですか?」

「俺、進学とか考えてねえから、卒業さえ出来れば良いんだ。だから、出るつもりはねえよ」

「そうですか……」

「何かあるのか?」

「……私達、今まで一緒に授業を受けた事、ないじゃないですか?」

「まあ、クラスが一緒になった事ねえしな」

「でも、補習なら小講堂を使って学年合同でやりますし、席も自由なので、一緒に受けられるじゃないですか?」

「別に補習なんて、一緒に受けたところで何もねえだろ」

「そうかもしれませんけど、私は及川さんと一緒に受けたくて……」

春奈は顔を下に向ける。

「ごめんなさい」

「別に謝る事ねえだろ」

春奈の様子を見て、秀人は困ったようにため息をつく。

「補習、何時からだ?」

「9時からですけど?」

「いつもより30分遅いんだな。あと、途中で抜けたりしても良いのか?」

「はい、途中から参加したり、抜けたりも出来ます。私も明日は部活があるので、午前中しか出ませんから」

「明日の科目は?」

「あ、日程表ありますよ。及川さんにあげます」

「お前の分がなくなるだろ」

「私、スケジュール帳にメモしてありますから、大丈夫です」

補習の日程表を渡され、秀人は少しだけ悩む。

その時、次の停車駅が三枝谷駅である事を伝えるアナウンスが聞こえた。

「私、次で降りますね」

「ああ……」

そこで、秀人は決心するように大きく息を吐く。

「気が向いたら、補習行くよ」

「え?」

「あくまで気が向いたらだからな。行くとしても遅れるかもしれねえし……」

「はい、待ってます」

春奈は笑顔を見せる。

「気が向いたらって意味わかるか?あまり期待されても……」

「及川さん、きっと来てくれるって信じてます」

春奈の真っ直ぐな目を見て、秀人は何も言えなくなってしまった。

その時、電車が三枝谷駅に到着した。

「じゃあ、また明日」

「ああ、また明日な」

春奈は電車から降りると、振り返り、電車が出発するまで秀人に笑顔を向けていた。

電車が駅を離れた後も秀人は春奈の笑顔を思い返す。

「行かねえとダメだよな……」

秀人は小さな声でそうつぶやいた。

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