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6月3日(木)

この日、秀人は午前中の授業がいつもよりも早く終わったような、そんな感覚を持った。

「もう昼か……」

「秀人、行ってらっしゃい」

「俺、体調不良だ。代わりにお前が行け」

「何言ってるんですか!?」

「たく、友達失くしても知らねえからな」

「だから、あなたに言われたくないんですけど……」

秀人は意を決すると席を立つ。

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「お前達、今日の昼は一緒じゃないのか?」

突然、夢から声をかけられ、秀人は足を止める。

「いつも2人、屋上で食べてるだろ?」

「何で、夢ちゃんがそれを知ってるのかな?」

「前に見かけた事があるからな。あ、決して尾行したとかそういう事はないからな」

「誰もそんな事、疑ってねえよ」

「あの……殴られた俺を無視しないで下さい」

気付いた時には和孝が倒れていた。

「それで、今日は一緒じゃないのか?もし良かったら、私も一緒に食べようかと思ったんだが……」

なぜ夢がそんな事を言うのか不明だったが、春奈と2人で食べるよりもマシだと秀人は考えた。

「今日、他の女子もいるけど、一緒に食うか?」

「え?」

「秀人、つまらない冗談言っちゃダメだよ」

和孝は秀人の耳元に顔を近付ける。

「夢ちゃんには内緒にしろって言ったでしょ?」

「ああ、忘れてた」

「俺の話、もっと真剣に聞いてくれません?とにかく、夢ちゃんを屋上に向かわせちゃダメだからね」

「わかったよ」

「良い?今日は春奈ちゃんと2人で昼なんだからね?」

和孝が離れると、秀人は少しだけ考える。

「遠野?」

「何だ?」

「実は、和孝から遠野に話があるみたいなんだ」

「え!?」

「だから、今日の昼は俺1人で食うよ」

「ちょっと!?」

「俺から伝えちゃって悪いな」

秀人は和孝の肩に手を置く。

「遠野を引き離すのが優先事項だろ?」

「あなた、鬼ですね」

「まあ、お互い様だろ」

「……久保、話って何だ?」

「じゃあ、頑張れよ」

秀人は和孝の肩を叩いた後、1人で教室を出て行った。


秀人が屋上に着いた時、既に春奈はそこにいた。

「悪い、遅れたな」

「いえ、大丈夫です」

そこで、春奈は顔を下に向ける。

「もしかして、他の友達から誘われてましたか?」

「え?」

「私……自分の事ばかりで、及川さんの事を考えていませんでした」

「ああ、別にいつもは和孝と食ってるけど、バカな話して終わるだけだし、気を使う必要ねえよ」

「そうですか。それなら良かったです」

春奈は安心したように息をつく。

「とりあえず、座るか」

「あ、はい」

2人は適当な場所に座る。

春奈は2つの弁当箱のうち、1つを秀人に渡す。

「美味しくないかもしれませんけど……」

「……弁当なんて初めてだな」

「え?」

「いつも、パンを買って食ってるからな」

秀人はそう言うと、弁当箱を開ける。

「……すごいな」

今まで弁当を作った事は1度もないが、それが、とても手間のかかった弁当だという事は秀人にもわかった。

「そんな……大した事ないです」

春奈は恥ずかしそうに顔を下に向ける。

「じゃあ、頂きます」

秀人は箸を使い、唐揚げを口に運ぶ。

「……うん、美味いよ」

「本当ですか!?」

「ああ、俺、唐揚げ好きだしな」

秀人の言葉に春奈は嬉しそうに笑う。

それから、秀人は1つずつ、おかずを口に運ぶ。

「ああ、ホントに美味い」

「嬉しいです」

「というか、お前も食べろよ」

「あ、そうですね」

見ると、春奈は弁当箱を開けてもいない。

「お前、料理上手いんだな」

「そんな事ないですよ……」

「全部、自分で作ったんだろ?冷凍食品じゃねえみたいだし、作るの大変だっただろ?」

「私、いつも弁当ですから、少し量が増えるぐらい、大丈夫ですよ」

秀人はそこで、春奈に視線を移し、しばらくそのままでいた。

春奈は少しの間、照れくさそうに弁当を食べていたが、秀人の視線に気付くと顔を赤くする。

「あの……顔に何か付いてますか?」

「あ、いや、大丈夫だ。その……」

秀人は言うべきか迷ったが、結局自分の考えを言う事にする。

「お前、印象と違うな」

「え?」

この時、秀人は和孝の話を思い出していた。

「お前の事、堂々としていて人を寄せ付けない雰囲気を持ってるなんて言ってる奴がいたんだ。でも、今のお前、全然そんなんじゃねえから……」

「幻滅しましたよね」

春奈は泣きそうな顔になる。

「私……及川さんが思っていた印象と全然違いますよね」

「あ、別にそれが悪いわけじゃねえからな。むしろ、今言った印象ってデメリットで良い事じゃねえだろ」

春奈に泣かれては困るため、秀人は慌てた調子で続ける。

「それに俺が言いたいのは、周りの奴が言ってた印象と違うって話だ。少なくとも、俺は初めから、お前はこんな奴だろうって思ってた。だから、俺は今のお前と一緒にいて、幻滅なんてするわけねえだろ」

途中から文章がまとまっていないと感じたが、秀人は最後まで言い切った。

「……ごめんなさい。私、勘違いしてしまって」

「あ、いや、悪いのは俺で……」

「及川さん、私の事、わかってくれてたんですね」

「え……いや、知らねえ事ばかりだよ」

春奈の機嫌取りをするつもりだったが、結果的に自分への好意まで良くしてしまったと感じ、秀人は苦笑する。

「あ、時間あまりねえな。早く食わねえと」

「あ、そうですね」

それから、2人はほとんど会話もないまま、弁当を食べ終え、そのまま別れた。


秀人が教室に戻った時、和孝は自分の席で、うな垂れていた。

「昼、楽しめたか?」

「これを見て、楽しめたように見える?」

「はしゃぎ過ぎて疲れたって解釈も出来るだろ」

「秀人のせいでひどい目にあったよ」

和孝は顔を上げる。

「話なんてないから、急遽考えたんだよ。それで、しょうがないから成績の話してさ……」

そこで、和孝はため息をつく。

「そうしたら、土曜の補習出ろって話になっちゃって……夢ちゃん、毎週出てるみたいだし、出なかったら許さないって……」

「デートの誘いって考えれば良いだろ」

「いや、無理なんですけど」

この学校では、毎週土曜日に3年生を対象にした学年合同の補習がある。

内容は受験対策等だが、希望者のみの参加で良いため、秀人や和孝は今まで1度も参加していない。

「まあ、お前の場合、成績悪いんだから、丁度良いだろ」

「安心してるみたいだけど、夢ちゃんは秀人も呼ぶつもりだったからね」

「何でだよ?」

「いつも一緒にいるんだから、俺だけって話にはならないよ」

「親孝行な俺は土曜、親の手伝いがあるから、行けねえな」

「今まで、そんな設定なかったよね!?」

「とにかく、俺は行かねえからな。1人で頑張れ」

夢から誘いがあっても、秀人は無理やり断ろうと考えた。

「……それで秀人の方は昼、どうだったの?」

「まあ、普通に話しただけだし、特に報告する事ねえよ」

「相変わらず冷めてるね……。というか、これから毎日、昼一緒なんでしょ?」

「そうなのか?」

「普通そうだと思うけど……」

「面倒だな」

秀人はそこで、わざとらしく何かに気付いた反応を見せる。

「じゃあ、明日も遠野の足止め頼むな」

「いや、無理です!」

「昼一緒にして、好感度上げろよ。気があるわけだし、問題ねえだろ?」

「だから、気があるって言うのは秀人の勘違いなんだけど……」

和孝は深いため息をつく。

「あ、一応言っておくけど、春奈ちゃんと、あまり仲良くならないようにしなね」

「え?」

「別れを切り出し辛くなったら困るでしょ?」

「ああ、そうか」

「まあ、秀人の場合はそんな心配いらないか」

いつもと変わりなく、冷めた様子の秀人を見て、和孝は笑った。


この日、和孝に予定があったため、学校が終わると、秀人は真っ直ぐ家に帰った。

「ただいま」

「あら、秀人君、今日は早いのね」

母、由香里(ゆかり)は笑顔で秀人を迎える。

「今日は和孝に予定があったんだよ」

「あら、そうなの?彼女でも出来たのかしらね」

「それは絶対ねえな」

秀人は由香里との会話を切り上げると、自分の部屋に入る。

普段、和孝と2人でいる事が多いが、1人になった時、秀人は小説を読んで時間を潰す事が多い。

この日もカバンから小説を取り出すと、夕食の時間まで読み進める。

「秀人君、夕飯出来たわよ」

「ああ、すぐ行く」

秀人はキリの良い所まで読んだ後、しおりを挟み、食卓に向かう。

「親父、帰ってたんだな」

既に食卓に着いている父、(ひろし)に秀人はそれだけ言った。

「秀人、今日は早いな」

「和孝君に彼女が出来て、今日はすぐ解散になったそうよ」

「いや、違うから……」

「秀人、お前も彼女作れ」

「そうよ、秀人君、きっともてるんでしょ?」

「俺と由香里が会ったのも、高校生の時だったな」

「ええ、そうね」

「その話は何度も聞いたから、そこでやめろ」

秀人は不機嫌な態度を取る。

「秀人、良い話は何度聞いても良い話なんだぞ」

「両親の出会いの話なんて1,2回聞けば十分なんだよ」

その時、秀人の携帯電話が鳴る。

秀人はそれが春奈からの電話だと確認すると、食卓を離れてから電話に出る。

「もしもし?」

「あ、春奈です。今、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。部活、終わったのか?」

「はい、さっき終わりました」

「それで、今日はどうしたんだ?」

「あ、その……もし良かったら明日も昼食、一緒に食べませんか?」

「ああ、別に構わねえけど」

「じゃあ、明日もお昼、屋上で待ってます」

「わかった……って、用はそれだけか?」

「はい……ごめんなさい」

「まあ、良いか。また明日な」

電話を切った時、背後で2人の足音が聞こえ、秀人はため息をつく。

秀人が食卓に戻ると、両親は妙に上機嫌だった。

「由香里、今日は赤飯に変更だな」

「今からだと時間かかっちゃうわよ」

「いや、いくら時間がかかっても……」

「普通のご飯で構わねえからな」

秀人は不機嫌な態度のまま、椅子に座る。

「秀人、相手はどんな人なんだ?」

「別に彼女とかじゃねえからな。勘違いするなよ」

両親と仲が悪いわけではないが、両親の大人気ない部分を秀人は好きになれないでいる。

「彼女じゃないなら何なんだ?」

「ちょっとした手違いがあったんだよ。とにかく、ご飯にしてくれ」

「はいはい」

由香里は笑顔でご飯をよそう。

「頂きます」

「秀人君、今度家に連れて来てよ」

「だから違うって言ってるだろ」

「きっと秀人の事だから、由香里に似た優しい美人を連れて来るだろうな」

「弘さん、お世辞が上手なんだから」

「お世辞なんかじゃない。俺は由香里と結婚出来て……」

両親の会話を無視するように秀人は1人、黙々と箸を進めた。

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