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6月2日(水)

朝から和孝は上機嫌だった。

「秀人、放課後が楽しみだね」

和孝の言葉に、秀人は冷めた表情で特に反応しない。

「及川、久保」

振り返ると、そこには夢が立っていた。

「ちょっと待ってよ」

和孝は髪を掻き揚げる仕草をする。

「夢ちゃん、これから俺の事は伝説の雀士と呼んでくれないかな?」

「その前に私の呼び名を変えろ」

いつも通り和孝はパンチを受け、その場に崩れる。

「お前達、今日も遅刻だったな?」

「俺は昨日、間に合ってるから良いんだよ。サンドバッグ役は和孝だけにしろ」

「あなた、自分さえ良ければ良いんですかね!?」

「進学する気がないとしても、就職で内申が低かったら……」

「ああ、別に就職も考えてねえよ」

「……お前、将来どうするつもりだ?」

「別に決めてねえよ」

「もう高校3年生だぞ?少しぐらい……」

「進路相談は担任とやるもんだろ?お前にどうこう言われる筋合いはねえよ」

そこまで言われ、夢は諦めるように自分の席に戻る。

「秀人、夢ちゃんに少し優しくしてあげれば?」

「遠野、和孝がお前の事、また名前で呼んで……」

「何、報告してるんですか!?」

その時、飛んできたバッグが頭に直撃し、和孝は倒れた。


午前中の授業が終わり、秀人と和孝は昼食を買った後、3年A組の教室に向かった。

秀人の手には手紙を入れた封筒がある。

「立石ってのはどれだ?」

「えっと、前の方の席で……」

「というか、お前が渡して来い」

「何でよ!?」

「告白する本人が渡すって、おかしいだろ。この手紙、放課後、屋上に来いとしか書いてねえんだし」

「いや、もっと色々書きましょうよ……」

「気持ちは会って伝えるもんじゃねえのか?」

「……わかったよ。先に進まないし、俺が渡してくるよ」

和孝は秀人から手紙を預かるとA組の教室に入って行った。

「えっと、立石春奈ちゃんだよね?」

和孝の声を背後に聞きながら、秀人は自分の教室に戻り、席に着いた。

それから少しした後、和孝も教室に入ってきた。

「何で戻ってるんだよ!?」

「近くにいたら、俺からの手紙だと思うだろ」

「秀人からの手紙でしょうが!」

和孝のツッコミを聞くことなく、秀人は昼食を食べ始める。

「何か、今のところ、俺の罰ゲームみたいなんですけど……」

「気のせいだよ」

秀人は黙々とパンを千切っては口に運んだ。


放課後になり、秀人と和孝は屋上に来ていた。

「告白の言葉は自分で考えてよね」

「はいはい」

「俺はそこに隠れてるからね」

「というか、これ楽しいか?」

「秀人がもう少しやる気を出してくれれば、とても楽しめたと思うよ……」

和孝は後悔しているのか、肩を落とす。

「まあ、秀人がどんな告白をするか楽しみにしてるよ。どんな風に振られるかもね」

「というか、ここって立ち入り禁止だし、普通は来ねえんじゃねえか?」

「だったら、また別の手段を考えるよ。じゃあ、そろそろ来ると思うからしっかりね」

和孝は物陰に身を隠す。

それから数分後、1人の女子生徒が屋上にやってきた。

「あの……」

「あ、本当に来た」

「え?」

「あ、悪い。えっと……立石春奈さん?」

「はい、そうですけど?」

春奈の手には秀人の書いた手紙が握られている。

「俺、3年C組の及川秀人。よろしくな」

「あ、3年A組の立石春奈です。よろしくお願いします」

春奈は礼儀正しく頭を下げる。

「その……今まで話した事ねえし、こんな事言うのはおかしいんだけど……」

秀人は春奈の目を見る。

「俺、お前の事が好きだ。俺と付き合ってくれ」

「早いよ」

思わず、ツッコミを入れてしまい、和孝は慌てて口を押さえる。

幸い、春奈が和孝に気付いた様子はない。

春奈は少しだけ驚いた様子を見せた後、呆然としている。

しばらくの間、2人はその状態のまま、立ち尽くしていた。

「あのさ……」

「あ、ごめんなさい!えっと、驚いてしまって……」

「まあ、いきなり知らねえ奴から告白されたら……」

「いえ、そういう訳ではないんです。その、及川さんの事……」

春奈はそこで顔を赤くすると、真っ直ぐ秀人を見た。

「私も好きです」

「……え?」

「こんな私で良かったら……よろしくお願いします」

春奈は深く頭を下げる。

「えっと……俺で良いの?」

「はい」

「あ、そう……あれ?」

「今はまだ、お互いの事を全然知らない状態ですが、これから及川さんの事、もっともっと知ろうと思います。私の事もたくさん知って下さいね」

「ああ、了解……」

「あ、ごめんなさい。私、これから部活なんです」

「ああ、演劇部だよな?」

「はい、なので行かないといけないんですけど……」

そこで、春奈は携帯電話を取り出す。

「連絡先、教えてくれませんか?部活終わったらメールしますから」

「ああ、そうだな……」

断る訳にもいかず、秀人は素直に携帯電話の番号とメールアドレスを教える。

「じゃあ、後で連絡しますね」

春奈は照れくさそうな表情を見せた後、階段を下りて行った。

「……和孝?」

秀人は和孝がいる方向を睨むように見る。

「……良かったね。春奈ちゃんと両想いだよ」

和孝は苦笑しながら出て来た。

「どうするんだよ!?」

「そんな事言われても……」

秀人の迫力に和孝は少しだけ後ろに下がる。

「面倒な事になったな」

秀人は深いため息をついた。


秀人はいつも通り、和孝の家に行き、2人で今日の事を考えていた。

「『好きな人がいる』って楽に告白を断るための嘘だと思ったら、本当だったんだね。その相手が秀人だったと……」

「そんな呑気に考察するな」

2人は特に何も賭ける事なく、のんびりと麻雀をしている。

「でも、春奈ちゃん……何で秀人なんだろうね?」

「俺、初対面のはずなんだけどな」

「どこかで会ってたんじゃないの?」

「そう言われても……」

秀人は少しだけ考えたが、心当たりはなかった。

「まあ、今日、メールするって言ってたし、そこで嘘でしたって言えば大丈夫か」

「それはいくら何でもひどいよ!」

「じゃあ、どうするんだよ?」

「……とりあえず、ふりで良いから、付き合ってみなよ」

「俺、あいつの事、全然知らねえし、正直面倒なんだよな」

「少し付き合ってみて、やっぱり上手くいかないからって理由で別れるのが、1番傷付けない方法だと思うんだけど……ほら、恋人は3の付く数字で別れる確率が高いって話があるでしょ?」

「てことは、3日付き合えば良いのか」

「短過ぎるよ!3週間目、3ヶ月目、3年目だから!」

和孝の言葉に秀人はため息をつく。

「じゃあ、15日は付き合わねえとな」

「1番短い期間をチョイスしましたね」

和孝は呆れている様子だ。

「そうだ、付き合ってるって事、夢ちゃんには知られないようにしないとね」

「何で、そこで遠野が出て来るんだよ?」

「それは……」

和孝は少しだけ言葉を詰まらせる。

「ほら、夢ちゃんって頭、固いでしょ?それに洞察力もあるから、すぐに嘘がばれて大騒ぎになっちゃうよ」

「全部和孝のせいだって理由付けを考える必要があるって事か」

「俺、生贄ですか!?」

その時、秀人の携帯電話が鳴る。

「あ、春奈ちゃんからメール?」

「いや……電話だな」

秀人は携帯電話を手に取る。

「まあ、放っとくか」

「いや、出なさいよ!」

「冗談だよ」

秀人は電話に出た。

「もしもし?」

「あ、春奈です。今、大丈夫ですか?」

「ああ、まあ、大丈夫だよ」

「メールしようと思ったんですけど、及川さんの声が聞きたくて、電話してしまいました」

和孝は聞き耳を立てて、春奈の声を聞き取ると少しだけ笑う。

「私達、恋人なんですよね?」

「……ああ、そうだよ」

「信じられないです」

「俺もだよ」

「あ、でも……ごめんなさい」

「どうした?」

「その……文化祭が近いので、当分は部活で時間が取れないかもしれません」

「俺はそれで構わねえよ」

「それ、ストップ!」

和孝は携帯電話を奪い、春奈に会話が聞こえないよう、手で覆う。

「部活で忙しくて会えないのに、構わないって言うのはおかしいでしょ」

「ああ、そうだな。悪い、会う時間が少ない方が良いって本心で答えてた」

「秀人……さっきも言ったけど、とりあえず恋人のふりしようよ」

「わかったから、携帯返せよ」

秀人は携帯を取り返し、会話を再開する。

「悪いな」

「誰かと一緒なんですか?」

「ああ、友達の家にいるんだ。でも、存在感のねえ奴だから、気にするなよ」

「そこまで言う事ないですよね?」

「もしかして、久保さんですか?」

「え?」

秀人と和孝は同時に声を発した。

「そうだけど?」

「いつも一緒で、仲が良いんですね」

「ああ、まあ……」

「そういえば、及川さんの手紙も久保さんが持ってきましたよね」

「俺が直接渡すのはおかしいと思ったんだよ」

「あ、それで……放課後はどこかへ行く時間が取れないと思うんです。なので、昼食……一緒に食べませんか?」

「え?」

そこで、和孝は簡単なメモを秀人に見せる。

そこには『OKして』と書かれていた。

「ああ……構わねえよ」

「本当ですか!?あ、及川さんって、いつもはどこで食べてますか?」

「いつも屋上で食ってる」

「あそこって、立ち入り禁止じゃないんですか?」

「誰も来ねえし、教師にばれなきゃ大丈夫だよ」

「そうなんですか?」

春奈は少しだけ笑う。

「じゃあ、私、明日のお昼は屋上で待ってますね」

「え、でも……お前、いつも友達と食べたりしてねえのか?」

明日も和孝とバカな話をしながら2人で食べる予定だったため、秀人は何とかこの話を破綻させようと試みた。

しかし、それは別の問題を引き起こす言葉だった。

「あ、その……私、友達いなくて、いつも1人ですから……」

そこで、秀人は和孝が言っていた話を思い出す。

「悪い、嫌な事、聞いちまったな……」

「良いんです。それに明日は1人じゃないですから」

「いや、それは……」

「あ、電車が来てしまったので、切りますね。明日、待ってますから」

駅のホームから電話していたのか、春奈の電話はそこで切れてしまった。

「……明日は教室で食うか」

「いや、行きなさいよ!」

「面倒だな……」

その時、秀人の携帯電話がまた鳴る。

「今度はメールだな」

秀人がメールを開くと、和孝も覗き込んで、メールの内容を確認する。

「『明日は及川さんの分の弁当も作るので、昼食は買わないで下さい』って熱々だね」

「和孝、殴っても良いか?」

「良くないよ!まあ、2人で昼を食べるぐらい良いんじゃないの?」

「2人って、お前は来ねえつもりか?」

「行けるわけないでしょ!2人で春奈ちゃんの弁当を食べてる横で俺だけパンですよ!?」

「だったら……お前も立石の弁当を食えば良いだろ」

「俺、かなり空気読めない人ですね」

「そうだよ。知らなかったのか?」

「いきなり傷付く事実を突き付けないで下さい!とにかく、俺は行かないからね」

「たく、友達思いのねえ奴だな」

「あなたに言われたくないんですけど……」

和孝は少しだけ不機嫌な表情を見せる。

「そういえば、春奈ちゃんって、少し印象と違うよね?」

「俺はお前の話を聞いただけだから、わからねえよ」

「あ、そうだったね。昨日も話したけど、春奈ちゃんって堂々としてて……」

「別にそんな事どうでも良いよ」

秀人は明日の事を考え、深いため息をついた。

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