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6月25日(金)

秀人が訪れた時、春奈は家の前で秀人を待っていた。

「秀人君、おはようございます」

「ああ、おはよう。わざわざ外で待ってたのか?」

「昨日、秀人君を待たせてしまいましたから……」

「別に昨日は迎えに来るって言ってなかったんだから、しょうがねえだろ」

「はい……でも、今日は秀人君が来てくれると知ってましたから、外で待ってたんです」

「まあ、とにかく、早く行こう。昨日みたいに遅れると困るだろ?」

「あ、はい」

2人は昨日よりも速いペースで駅に向かい、時間通りの電車に乗った。

「今日は間に合ったな」

「そうですね」

「あと、今日は途中で困ってる人がいても無視しような」

「そんな事、出来ません。秀人君だってそんな事しないはずです」

「俺はお前が一緒じゃなかったら、昨日だって無視して行ったんだからな」

「秀人君、優しいから、そんな事しませんよ」

「だから……」

このやり取りを既に何回も繰り返しているが、この日も決着はつかなかった。

その後、二和木駅で和孝と夢の2人と合流し、4人で学校に向かった。

「もう明日は文化祭なんだね」

「教室の装飾、ホントに間に合うのか?」

「大丈夫だと言っただろ。予定通りだ」

「私も今日はクラスの準備を手伝う事になってます」

「でも、映画やるって事は、どうせ黒幕とかで暗くするんだろ?」

「そうですけど、せっかくなので装飾等をするそうです」

「無駄に経費を使うなよ」

秀人は呆れた表情で苦笑する。

「でも、あまり大掛かりな装飾はしないそうです。みんな、楽なものが良いと言っていましたから……」

「俺、A組だったら良かったな」

「B組のお化け屋敷に比べれば、まだ楽なんだ。文句を言うんじゃない」

やる気のない秀人に夢は不機嫌な様子を見せる。

「あ、今日も帰り、同じ時間だと思いますから、一緒に帰りませんか?」

「お前のクラスの方が早く終わるようだったら、先に帰れよ」

「その時は、部活の方に行きますよ」

「わかった。じゃあ、どちらかの教室か、部室集合にするか」

「はい」

春奈が嬉しそうな笑顔を見せると、秀人も自然と笑顔になった。


朝のホームルームは出席を取るだけの簡単なものだけで、それが終わると、すぐ文化祭の準備が始まった。

「先生もいないし、夢ちゃんさえいなければ、屋上にでも行ってサボれるのにね」

「だったら2人で組んで、遠野の目を盗むか」

「え、どうやるの?」

「まず、お前が全裸になって、遠野の気を引く。その間に俺は逃げる。俺達のチームワークが試されるが……」

「試されないよ!俺しか頑張ってないでしょ!」

「及川、久保、話してないで手を動かせ」

「ごめんなさい!」

「怒られてやんの」

「あなたもですからね!」

和孝は泣きそうな顔になっている。

「及川、天井にポスター付けてくれないか?」

「天井にそんなもの付けたら、取るのが大変だろ」

「文句を言わずにやれ」

「わかったよ」

夢と言い合いする事を諦め、秀人は台の上に乗り、ポスターを付け始める。

「……というか、これ何だよ?」

「萌えと言うものらしい」

「お前が言うと、何か笑えるな」

「どういう意味だ?」

「別に……」

その時、秀人は右手の甲の傷跡が目に入り、少しの間、固まってしまった。

「及川?」

「あ、悪い。とにかく付ければ良いんだな?」

それから、4枚のポスターを天井に付け終え、秀人は一息つく。

「遠野、他には何をやれば良いんだ?」

「……さっき、兄の事を思い出してたのか?」

夢は気を使うような表情を見せる。

「俺、その時の記憶も混乱してるっていうか、実際に何があったのか、よく覚えてねえんだ」

「それは、しょうがない事だ」

「でも……」

秀人はもう1度、右手の甲の傷跡をよく見る。

「この傷跡を見ると、あの時の事がはっきりと思い出せて……兄ちゃんに感謝しねえとなって思える。きっと、こう思えるのは春奈のおかげだな」

秀人は軽く笑う。

その様子を見て、夢も少しだけ笑った。


「秀人君?」

いつもの昼食時間よりも10分程早い時間に、春奈は3年C組の教室にやってきた。

「春奈、どうしたんだ?」

「私のクラス、もう昼食にして良いそうなので……」

「そういえば、今日は学級委員の判断で休みを取れって言ってたな」

秀人はそこで、夢に目をやる。

「遠野、もう休みにしねえか?」

「まだ早いぞ?」

「春奈のクラスは、もう休みにしてるんだから、俺達も良いだろ?」

「……わかった。予定通り進んでるし、午前はここまでにしよう」

夢は呆れた様子を見せたが、クラス全員に指示を出していたため、少しだけ疲れたようにため息もついた。

「じゃあ、屋上で食べようかね」

「そうだな。遠野、お前も切り上げろよ。昼、一緒に食うんだろ?」

「ああ、すぐ行く」

夢は簡単に荷物を整理した後、弁当を手にする。

「今日はほとんど自由時間って感じのところが多いな」

屋上に向かう途中、他の教室の様子を見ながら、秀人は笑う。

屋上に着くと、4人はいつも通り、昼食を始めた。

「明日は1日接客か……」

「そうは言っても午後からだぞ?」

「じゃあ、午前はサボって良いのか?」

「お前、説明聞いてないのか?」

「え?」

秀人は意味がわからず、首を傾げる。

「明日、午前中は大講堂で開会式があります」

「そういえば、秀人は去年と一昨年、開会式もサボってたよね」

「朝、出席取る時だけいれば、1日いた事になるからな」

「全く、しょうがない奴だ」

「ゲストで、お笑い芸人が来たり、先生達の出し物があったり、それなりに楽しめるよ。今年は秀人も一緒に見ようよ」

「和孝が舞台ジャックしてくれるなら考えるよ」

「いや、あなたは俺に何を求めてるんですか?」

「秀人君、せっかくですから、ちゃんと出て下さい」

「たく……まあ、最後の年ぐらいちゃんと出るか」

秀人は軽くため息をつく。

「秀人君達、1日目は接客で忙しいんですよね?」

「ああ、そういう事になるな」

「及川、そんなに嫌そうな顔をするな」

「じゃあ……2日目の午前中、空いていますか?」

「え?」

「演劇の発表の準備は12時過ぎからなんです。それまでは時間が空いているので……」

春奈は勇気を振り絞るように、大きく深呼吸する。

「もし良かったら、皆さん、一緒に回りませんか!?」

春奈の切羽詰った様子に秀人達は少しだけ呆然としてしまった。

「別に2日目なら暇だし、構わねえけど?」

「本当ですか?」

春奈は嬉しそうに笑顔を見せる。

「いつも文化祭は1人で……だから、今年は皆さんと色々な場所を見て回れたらと思っています」

「ああ、そっか……」

春奈にとって、文化祭を一緒に回るよう、お願いする事は、とても勇気のいる事だったのだろうと秀人は感じた。

「だったら、俺、接客サボるから、1日目も一緒に回るか」

「秀人君、それはダメです。私も行きますから、1日目はちゃんと接客して下さい」

「たく……サボる口実が出来たと思ったんだけどな」

秀人と春奈が話している様子を、和孝と夢は黙って見ていたが、お互いに目配せすると軽く笑った。

「立石、悪いが私は2日目も仕事があるから抜けられないんだ」

「あ、そうでしたね……。じゃあ、3人で回りましょうか?」

「ごめん、俺も2日目は用事あるんだよね」

「お前、2日目は俺と同じで暇だろ?」

「俺にも都合があるんだよ」

「そうですか……」

夢と和孝の都合が悪いと知り、春奈は悲しそうな表情を見せる。

「じゃあ、どうしましょうか?」

「秀人は暇なんでしょ?」

「だったら、及川と立石の2人で回ったらどうだ?」

「え?」

秀人は困った表情で春奈を見る。

「いえ、私と2人きりでは、秀人君を退屈させてしまいます」

「いや、俺は別にお前と一緒で楽しいし……お前が構わねえなら2人で回っても良いけど……」

「……だったら、一緒に回りたいです」

「じゃあ、そうするか」

「はい!」

春奈は嬉しそうに笑う。

その様子を見て、夢は小さくため息をついた。

「そうだ、及川?」

「ん?」

「午後、買い出しに行くから付き合ってくれないか?」

「買い出し?」

「コーヒーと紅茶……それから、クッキーといったお菓子も用意する」

「俺で良いのか?」

「あまり大勢で行ってもしょうがないが、だからと言って荷物運びに男子には来てもらいたい。そう考えれば、及川が適任なんだ」

「まあ、教室の準備よりかは楽か……。わかったよ」

「ありがとう。じゃあ、頼んだぞ」

夢は笑顔を見せたが、その笑顔は心なしか悲しそうに見えた。


午後になり、生徒達に指示を出した後、秀人と夢は買い出しに出掛ける事にした。

「和孝、俺達が帰って来るまでに終わらせるぐらいの勢いで頑張れよ」

「何で、俺だけに言うんですかね?」

「及川、早く行くぞ」

「ああ、悪い」

3年A組の前を通る時、秀人は教室の中に目をやる。

そこには、クラスメイトと話をしながら準備を進める春奈の姿があった。

春奈の性格も理解され始めているのか、クラスメイト達がオドオドとしている春奈に合わせているようで、それなりにコミュニケーションは取れているようだった。

秀人はその様子に安心すると、息をついた。

「コーヒー、どういうのにするんだ?」

「ちゃんとポットで作る物にする予定だ。立石のおかげで衣装代が浮いたから、良い物にする」

「インスタントの方が作るの楽だろ。接客しながらだと作るのだって手間取るんじゃねえか?」

「及川は接客をするだけで良い。コーヒーを作るのはまた別の担当がやる」

「そうなのか?というか、そもそもどういう風に出すんだよ?カップとか洗うの大変だろ?」

「お前はホント、話を聞かないな。中でくつろげるようになっているが、持ち運びも出来るよう、フタ付の紙コップで出すから問題ない」

「じゃあ、紙コップも買わねえとな」

「何を買うべきか、私が把握してる。お前は荷物を持ってくれさえすれば構わない」

2人は近くにあるスーパーに入ると、必要な物を買い物カゴに入れていった。

夢は簡単なメモを見ながら、足りない物がないか確認する。

「買い過ぎじゃねえか?」

「喫茶店は客の回りが早いんだ。多めに用意しないといけない」

「そんなに客来ねえって」

「それは私がメイド姿で接客しても人を惹き付ける事が出来ないと言いたいのか?」

「お前、そんな事で怒るなよ」

「とにかく、これで必要な物は全部だ。すぐに戻るぞ」

2人は買い物を終えると、スーパーを後にした。

「寄り道して行かねえのか?」

「教室の装飾だって残ってるんだ。サボりは許さないぞ」

「たく、真面目な奴だな」

秀人は少しだけバカにするように笑う。

「……なあ、及川?」

夢は足を止めると、真剣な表情で秀人を見る。

「何だよ?」

「今まで何回か言ってきたが、私は及川の事が好きだ」

「確かに何回も聞いてるな」

「ただ、今日はお前の返事も聞かせて欲しいんだ」

夢は小さく深呼吸をする。

「私をお前の恋人にしてくれないか?」

「……え?」

秀人は少しの間、どう答えようか考える。

「……俺、お前の気持ち知ってから、お前と恋人同士になったらどうかって考えようとはしたんだよ」

夢は黙ったまま、不安げな表情を浮かべている。

「でも、考えられなかった。お前とは、これからも今のまま……友達でいたいと思ったんだ」

「……そうか」

「別にお前が女らしくねえとか、そんな理由じゃねえからな」

「わかってる」

夢は穏やかな笑顔を見せる。

「及川、もしも私がお前と2人で文化祭を回りたいと言ったら、どう答えた?」

「お前、忙しいんだろ?」

「そういう意味じゃない。私が立石のように言っていたら、お前はどうした?」

「え?」

秀人は夢の質問にすぐ答えられなかった。

その様子を見て、夢は笑う。

「罰ゲーム、私への告白だったら良かったのにな」

「何でだよ?」

「そうすれば、少しの間だけでも、お前と恋人になれたからだ」

「嘘ついてる奴と付き合ったって、しょうがねえだろ」

「確かにそうかもしれない。でも、そうして少しでも恋人として過ごす時間があったら、私の事を好きになる可能性もあったはずだ」

「どういう意味だよ?」

「何でもない。早く学校に戻るぞ」

夢は秀人を置いて、先に歩き出した。

「待てよ」

秀人も慌てて、後を追いかける。

「及川……これからも友達でいてくれ」

「言われなくても、そのつもりだよ」

「そうか……そうだな」

夢は嬉しそうに笑った。


秀人は夢と一緒に教室に戻った後、他の生徒と共に教室の装飾をした。

そして、昨日と同じぐらいの時間に、準備を終えた。

「うん、良いだろう。みんな、遅くまでご苦労だった」

夢は学級委員として他の者をまとめる必要もあり、人一倍、責任を感じていたのか、無事に準備が終わり、安心したように息をつく。

「明日、これを着るんだよね?」

「どうにかしてサボる口実を見つけるか」

明日、着る予定の執事服を眺めながら、秀人と和孝は考え込む。

「何で、私がメイドに……」

秀人が横に目をやると、同じく接客担当となっている女子生徒が文句を言っていた。

「秀人?」

「ん?」

和孝は周りに聞こえないよう、声を潜める。

「夢ちゃんから何か言われた?」

「お前、そういう事は詮索するなよ」

「結局、秀人は夢ちゃんと付き合わないんだね」

「……友達としてしか見れねえからな」

「少し前なら、もったいない事するなって怒るところかな」

「何で、お前が怒るんだよ?」

「まあ、どっちにしろ、今はその選択で良いと俺も思うからね」

「お前、何様だよ?」

「親友からの助言だと思ってよ」

和孝は軽くため息をつく。

「秀人って、今は好きな人いる?」

「だから、いねえって言っただろ?」

「それは前の事でしょ。今はどうなの?」

「……いねえと思うけど」

秀人の様子を見て、和孝は笑う。

「悩んでるなら、まあ良いかな」

「及川、久保、そろそろ帰るぞ」

「あ、了解。春奈ちゃんは?」

「結構前から廊下で待ってたよ。お前ら、気付いてなかったのか?」

秀人の言葉に和孝と夢は少しだけ笑う。

「どうしたんだよ?」

「別に何でもないよね」

「ああ、何でもない」

2人が何か隠している様子だったが、秀人には何なのか、わからなかった。


秀人達は帰り支度を終えた後、春奈と合流し、学校を後にした。

「準備は終わりましたか?」

「ああ、何とかな」

「じゃあ、明日は必ず行きますね」

「お前、1人でも色々な所、回れるだろ?」

「いえ……去年や一昨年は何もする事がなく、大講堂で文化部の発表を見る以外は、映画を見ていました」

「そういえば、毎年、どっかのクラスで映画やってたな……って、他にも行くとこあっただろ?」

「屋上でサボってた秀人よりかはマシじゃないかな」

「和孝、自重しろ」

「何でですか!?」

「及川、今年は充実した文化祭を送れそうで、良かったじゃないか」

「そうか?」

「私も秀人君のおかげで、明日が待ち遠しいです」

春奈は嬉しそうに笑顔を見せる。

「立石、明日は演劇部の練習はないのか?」

「はい、後は本番前に合わせるだけです」

「それで大丈夫か?ミスしても知らねえからな」

「昨日の時点でほとんど完成していますから、問題ありませんよ」

「吹奏楽部なんかは明日も練習あるらしいね」

「去年や一昨年は私の部もそうでしたが、神楽先生が根詰めてやらないようにと言っていまして、今年は本番前に軽くリハーサルをする程度になったんです」

「確かに、その方が良いものが出来そうだな」

4人は終始、文化祭の話題を話しながら帰った。

そして、途中で和孝や夢と別れた後、この日も秀人は家まで春奈を送った。

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