6月22日(火)
この日、秀人は時間通り起きると、学校に向かった。
そして、三枝谷駅で笑顔の春奈と合流した。
「秀人君、おはようございます!」
「今日はやけに元気だな」
「秀人君が来てくれましたから、嬉しいんです」
「大袈裟な奴だな」
「大袈裟なんかじゃないです。本当に嬉しいんです」
「1日しか休んでねえし、そもそも昨日会っただろ?」
「そうですけど……」
そんな事を話しながら、いつも通り電車を降りると、駅の改札で2人は夢と合流した。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「遠野さん、おはようございます」
「及川、もう大丈夫なのか?」
「元々大した事ねえよ」
3人が改札を出ると、前を塞ぐように和孝が飛び出してきた。
「みんな、おはよう!ビックリした!?」
「あ、春奈、小説読み終わったんだ。昨日はたくさん時間があったからな」
「え、私、まだ途中なんですけど……」
「お前は部活もあるんだし、ゆっくり読めよ」
「及川、立石から小説を借りてたのか?」
「小説の交換をしてるんだよ。お互い読んでるジャンルが全然違うし、丁度良いって事でな」
「あの……俺を無視しないで下さい」
和孝は泣きそうな顔になっている。
「悪い、お前がここにいるなんて、あまりにも予想外で見えなかった」
「和孝、元々存在感ねえしな」
「あなた達、絶対気付いてましたよね?」
「そうですよ、2人共、ひどいです」
「お前も無視してただろ?」
「私は本当に気付かなかっただけです」
「あの……春奈ちゃんの言葉に1番傷付いたんですけど」
和孝は肩を落とす。
「でも、何でここにいるんだよ?」
「俺も一緒に行こうと思ってね。今日は秀人も来ると思ったし」
「お前ら、心配し過ぎだよ」
「心配しますよ。みんな、秀人君の友達なんですから」
「お前、よくそんな恥ずかしい事、普通に言えるな」
「恥ずかしい事でしょうか?」
「でも、秀人、大丈夫そうで安心したよ」
「たく、大袈裟だな……」
秀人は少しだけ照れくさくなり、顔を赤らめる。
「大した事ねえから、安心しろ」
「記憶とか、全部戻りそうなのか?」
「いや、全部は難しいらしい。いくつか混乱してる部分もあるしな」
「そうなんですか……」
春奈は複雑な表情を見せる。
「といっても、お前らだって昔の事は忘れたりしてるだろ?それと同じ事だよ」
「確かに、私も忘れてる事は多い」
「それに記憶がなくても、今まで問題なかったもんね」
秀人が明るい調子だったため、和孝と夢は安心した様子を見せる。
「そうだ、昨日からクラスで文化祭の準備を本格的に始めたんだ」
夢の言葉を聞き、和孝は表情を曇らせる。
「秀人……俺達、1日目は接客だよ」
「は?」
「元々、出し物を決めたのは久保だからという事で、久保は強制で接客に決まった。それから、久保がいるなら及川も一緒で良いだろうと、クラス全員の合意を得て、もう1人は及川に決まったんだ」
「俺、当日は風邪引くからな」
「秀人君、サボっちゃダメです。私も行きますから、頑張って下さい」
「頑張れと言われても……」
「私もお前達と一緒に接客をするんだ。サボったら許さないからな」
「面倒だな……」
秀人は昨日、休んだ事を後悔した。
昼食の時間になり、4人はまた屋上に集合すると、一緒に昼食を食べる事にした。
「秀人君、何かありましたか……?」
不機嫌な様子の秀人に、春奈は気を使うような表情を向ける。
「さっき、接客やるの断ろうとして、結局無理だったからね」
「及川、私が一緒なんだ。何も心配はいらないぞ」
「心配するとかじゃなくて、面倒なんだよ」
秀人は当日の事を考え、ため息をつく。
「でも、俺達は女の接客だけで良いんだよな?」
「基本的にはそれぞれ異性の接客をする事になるが、状況を見て、臨機応変に接客してもらう」
「女の接客を女がやるのはまだしも、男の接客を男がやるのはおかしいだろ。男しか来ねえようなら、俺はサボるからな」
「執事姿の秀人君を見に、女子もたくさん来ると思いますよ」
「俺はそんなにもてねえって。過大評価するなよ」
「秀人君こそ、自分の事を過小評価しないで下さい」
秀人と春奈はお互いに一歩も引かず、しばらく言い争いを続ける。
「ところで、春奈ちゃんのクラスは文化祭の準備してるの?」
「はい、一応しています」
「やる事あるのか?」
「私は前日の準備をする係になりました。当日は部活もあるので、何も仕事はないです」
「俺も準備担当にしてくれれば良かったのにな……。まあ、面倒な準備をしねえで済むだけ良いか」
「何言ってるんだ?準備も手伝ってもらうぞ?」
「え?」
秀人は意味がわからず、固まってしまった。
「明後日からの準備期間では、みんなにも残ってもらう予定だ」
「そんなにやる事あるのかよ?」
「喫茶店は準備も大変なんだ」
「たく、だから楽なのが良かったんだよ」
「ホントは女子みんなメイドで、ハーレムになると思ったんだけどね……」
和孝は肩を落とす。
「ところで、春奈は演劇の方、どんな調子だ?」
「順調ですよ。今年はシナリオも私が書きましたし、私のやりたい事をやらせてもらえるので、楽しみです」
「遠野、2日目は俺、何もしねえで良いんだよな?」
「ああ、大丈夫だ。あ、立石、私は2日目もやる事があるんだが、演劇部の発表だけは見に行かせてもらう」
「当然、俺も見に行くからね」
「皆さん、ありがとうございます。精一杯頑張りますね」
春奈は嬉しそうに笑う。
今までは好きな役をやらせてもらえない所か、こうして友人が見に来るという事もなく、春奈は複雑な気持ちで舞台に立っていた。
それが、今、こうして少ないながらも友人に囲まれ、応援してもらっている事は、春奈にとって、ずっと叶えられなかった夢の1つとも言える。
そんな事を感じながら、秀人は春奈に笑顔を向けた。