6月19日(土)
この日、秀人は補習に行く事なく、友人のバスケの練習に付き合っていた。
「午後は部活があるんだ。そこでもいてもらえると助かるんだけど……」
「この前、顧問に怒られただろ」
部活によって、部員以外が練習に参加する事を許可してくれる部活もあれば、厳重に禁止している部活もある。
バスケ部は後者に当たるため、秀人が参加するのは自主的に練習をしている時だけだ。
その時、秀人はスリーポイントシュートを決める。
「お前ら、試合が近いんだろ?こんなんじゃ負けるんじゃねえか?」
「そう思うなら及川も部活に入ってくれよ」
「俺、部活には入らねえ主義なんだよ」
相手の隙を付き、秀人はボールを奪うと、またゴールを決める。
「ほら、しっかりしろよ」
「言っとくけど、秀人より上手い人なんて、今まで見た事ないからね」
「過大評価するなって」
その時、秀人はまたスリーポイントシュートを決める。
「秀人君、ナイスシュートです!」
そんな声が聞こえ、全員が声のした方を向く。
そこには笑顔の春奈がいた。
「秀人君、お昼になりましたので……」
「ちょっと黙れ!」
秀人は顔を真っ赤にし、春奈に駆け寄る。
「お前、バカか!?」
「え?」
「みんながいるところで、あんな事、大声で言うな。恥ずかしいだろ……」
「あ、ごめんなさい……」
「まあ、良いけど……少ししたら屋上に行くよ。和孝と遠野はもう行ってるのか?」
「はい、屋上で待ってます」
「だったら、お前も早く行けよ」
「はい、すぐに来て下さいね」
春奈は笑顔を見せた後、駆け足で去って行った。
秀人はため息をついた後、友人の下に戻る。
「及川、立石と仲良いんだな。本当に付き合ったりはしてないのか?」
「別に、ただの友達だよ」
「仲良いのにもったいないな」
「あのな、俺は別に……」
「それに及川、顔赤いし」
「え!?」
秀人は慌てて顔に手を当てる。
「別にこれは違うからな!」
「ほらほら、早く行ってやれよ。約束があるんだろ?」
「たく、もう練習付き合ってやらねえでも良いのか?」
「それは困るって!」
周りから、からかわれ、秀人はため息をついた後、荷物をまとめ、屋上に向かった。
「……何で、恥ずかしいなんて思ったんだろうな?」
途中、秀人は自問自答してみたが、答えは出なかった。
「……秀人君、唐揚げ好きでしたよね?たくさん、食べて下さいね」
「ああ」
春奈が気を使うように接しているが、秀人は不機嫌な態度を取っている。
「ケンカでもしたの?」
「私が先程……」
「別に気にしてねえよ。それに、明日の予定を確認した方が良いだろ?」
「秀人君、怒っているように見えます」
「気のせいだよ」
「まあまあ、秀人って時々こんな感じだし、明日の確認しようよ」
和孝は雰囲気を変えようとしているのか、大袈裟な程、明るく振舞う。
「明日は11時に向こうへ着くようにしましょう。お弁当を作って行きますので、昼になったら皆さんで食べて、その後は……」
春奈は一通りの予定をゆっくり話していく。
そして、全て話し終えると不安げな表情を見せる。
「このような形ですが、どうでしょうか?」
「ああ、良いと思う。というか、そんな自信なさげな顔するなよ」
「そうですね。ごめんなさい」
「ところで、及川はこの後、どうするんだ?バスケの練習は終わったんだろ?」
「今日はこのまま帰るつもりだよ」
「だったら、午後は補習を受けて下さい」
「教科書、持って来てねえよ」
「私のを見せてあげます」
「別に良いって……その、少し体調が悪いんだ」
「え?」
「熱があるんだよ」
「それ、絶対秀人の嘘だね」
和孝は悪戯するような笑みを浮かべる。
「及川、何もする事ないなら、補習に出ろ」
「だから、本当に熱があって……」
「じゃあ、私が確かめてみますね」
春奈は自分の手を秀人の額に当てる。
突然、そんな事をされ、少しの間、秀人は固まる。
「いや、何やってるんだよ!?」
「熱があるか確かめているんですけど?」
春奈は首を傾げる。
「でも、秀人君、少し顔が赤いです。明日の予定、変更しますか?」
「いや、大丈夫だ」
秀人は落ち着きを取り戻そうと軽く深呼吸をする。
「秀人も照れたりするんだね」
その直後、秀人に殴られ、和孝は倒れる。
「いつもは殴る前に確認してくれるのに……」
「今日は遠野方式で許可なく殴る事にした」
「私がいつも和孝を殴ってるみたいな言い方するな」
「いや、夢ちゃん、殴ってるじゃ……」
夢にも殴られ、和孝はそのまま動かなくなった。
「大丈夫でしょうか?」
「すぐ再生するから大丈夫だよ」
「人をモンスターみたいに言わないで下さい!」
「ほらな」
秀人は手早く荷物をまとめると、立ち上がる。
「ご馳走様。俺は帰るからな」
「秀人君、熱があるようでしたら、明日、無理しないで下さいね」
「……大した事ねえから安心しろ」
秀人は足早に階段を下りる。
「及川!」
夢はそんな秀人を追いかけ、階段を下りてきた。
「どうした?」
「少し良いか?」
夢は春奈と同じように秀人の額に自分の手を当てる。
「お前……何の悪ふざけだよ?」
「……私が相手じゃ、お前は顔を赤くしてくれないんだな」
「え?」
夢は寂しそうにため息をつく。
「お前と立石、仲が良くて、嫉妬してしまうぞ」
「お前、何か勘違いしてねえか?」
「……明日、私も楽しみにしてるからな」
夢は階段を上り、屋上に戻って行った。
夢の言葉の意味がわからず、秀人は少しの間、そのままでいた。