6月14日(月)
朝、三枝谷駅に電車が停まった時、秀人はホームを見回した。
しかし、春奈の姿はなかった。
秀人はホームから目を離すと、ため息をつく。
そして、電車が二和木駅に着くと、秀人は1人で学校に向かった。
「及川?」
その声に秀人が振り返ると、そこには夢がいた。
「おはよう」
「ああ……おはよう」
「一緒に行かないか?」
夢がいつも通りの様子で接してきたため、秀人もそれに合わせる事にする。
「ああ、そうだな」
「そうだ、文化祭の件で、服等用意しないといけないから、そろそろ準備を始める事になる。及川、手伝ってくれないか?」
「準備、手伝ったら、当日サボっても良いか?」
「そんな事、私が許さないぞ」
「だったら、俺に何のメリットもねえじゃねえかよ」
「時間は空いてるはずだ」
「俺、色々と忙しいんだよ」
2人は言い争いにも似た話をしながら学校に着いた。
途中、3年A組の教室の前を通った時、秀人は教室の中に目をやった。
しかし、春奈は、やはり来ていないようだった。
「秀人、おはよう」
この日、和孝は先に来ていた。
「何だよ、今日も遅刻じゃねえのか」
「あのね……」
和孝はそこで笑みを浮かべる。
「秀人、昨日はどうだった?」
「お前、そのうち埋め合わせしろよな」
「俺は気を使ったんだよ」
「というか、遠野の事、気付いてたのか?」
「そんな事を聞くって事は、秀人もようやく気付いたんだね」
「……昨日、遠野に告白されたよ」
秀人は軽くため息をつく。
「お前、いつから知ってたんだ?」
「俺から言わせれば、今まで気付かなかった秀人がおかしいよ」
和孝は呆れたような表情だ。
「あと、今更だけど、春奈ちゃんの事はごめんね」
「俺に謝ったって、しょうがねえだろ」
秀人は少しだけ怒りを感じつつも、特に何も言わず、席に着いた。
午前中、最後の授業は英語だった。
秀人は授業が終わると、廊下に出た神楽を追いかける。
「あ、先生?」
「はい?」
神楽は振り返り、声をかけてきたのが秀人だと気付くと、笑顔を見せる。
「立石さんは今日も休みだそうよ」
「え?」
「まだ体調が良くならないみたいなの」
「そうなんですか……」
秀人は落ち込んだように顔を下に向ける。
「早く良くなってくれると良いわね」
「あ、はい……ありがとうございました」
秀人はそれだけ確認すると、教室に戻る。
「和孝、今日からはまた、昼、一緒に食うか?」
「うん、そうだね」
「あ、及川?」
教室を出ようとした秀人を夢は呼び止める。
「弁当を作って来たんだ。良かったら、一緒に食べないか?」
「えっと……」
「2人きりが嫌なら、久保も一緒で構わない」
「まあ、それなら良いか……」
「あの、俺って強制参加なんですかね?」
「立ち入り禁止の場所に行くのは気が引けるが、屋上に行くか?」
「ああ、そうだな」
「あの、俺は行くって言ってないんですけど?」
「さっさと来いっての」
秀人は和孝を引っ張り、夢と共に屋上に向かう。
屋上に着くと、3人は適当な場所に座った。
「料理はあまり自信がないんだが……」
夢は大きめの弁当箱を2つ、地面に並べると、緊張した様子で蓋を開けた。
「さすがに重箱じゃねえんだな」
「え?」
「あ、こっちの話」
秀人は春奈の事を思い出し、苦笑する。
「食べてくれ」
「じゃあ、頂きます」
箸を借り、秀人はおかずを口に運ぶ。
「どうだ?」
「普通に美味しいけど?」
「惣菜や冷凍食品に少し手を加えた程度だが、頑張って作ったんだ」
「一から作ろうとすると難しいのか?」
「ああ、下ごしらえ等で時間がかかってしまうんだ」
「……あいつ、やっぱり無理してたじゃねえか」
春奈の弁当が、改めて手の込んだものと知り、秀人は申し訳なく感じた。
「あの……俺はどうやって食べれば?」
「ああ、箸、2膳しかないんだ。悪いな」
「だったら、パン買いに行っても良いかな?」
「お前、最近太ってきてるから、ダイエットしろ」
「この前、痩せ過ぎって医者に言われたんですけどね」
「その医者、ヤブ医者なんだよ」
「あなた、その言葉、本人の前で言って下さいよ」
結局、秀人とバカなやり取りを続け、和孝はその日、昼抜きとなった。
この日の授業が終わり、和孝は手早く帰り支度を終える。
「じゃあ、俺は用事あるから、すぐ帰るね」
「お前、また麻雀じゃねえだろうな?」
「違うよ。今日は親が休みだから、一緒に食事行く事になったの」
「昼抜きにして良かったじゃねえか。きっと、いつもより飯が美味いだろうな」
「何、良い事した気になってるんですかね?まあ、とにかく先に帰るからね」
和孝は足早に教室を出て行った。
「及川?」
秀人が顔を向けると、夢が笑顔で立っていた。
「良かったら、駅まで一緒に帰らないか?」
「2人で帰ったりしたら、変な噂立てられるんじゃねえか?」
「別に私と一緒にいても友達としか思われないだろ」
「そんな事、わからねえだろ」
秀人はため息をつくと、席を立つ。
「まあ、駅までだし、一緒に帰るか」
秀人が教室を出ると、夢は慌てた様子でついてきた。
「及川?」
「ん?」
「昨日は買い物に付き合ってくれて、ありがとう」
「だから、大した事してねえっての」
「お前に選んでもらった服、気に入ってるからな」
「昨日は単に小物をプラスしただけで、服は1着も買ってねえだろ」
秀人は少しだけバカにするように笑う。
「……また今度、2人で買い物行かないか?」
「え?」
「別に……恋人じゃなくても、2人で買い物に行ったりはするだろ?」
「そういうもんか?」
「そういうものだ」
夢の言葉が強引に聞こえ、秀人は苦笑する。
「和孝から言わせると、男女、2人きりでいるってだけで、恋人だって噂になるらしいけどな。俺と春奈が良い例だろ?」
「……そういえば、立石の事は名前で呼んでるんだな」
「別にお互い名前で呼ぶって話になって、それに慣れちまっただけだよ。そもそも、お前は名前で呼ばれるの嫌なんだろ?」
「まあ、そうだが……」
「とにかく、名前で呼んでる事に深い理由はねえよ」
秀人は春奈が学校を休んでいる理由を何となく考える。
「立石、今日も休んでいたな」
「そうみたいだな」
「……立石の事、及川は何とも思ってないのか?」
「何だよそれ?実は俺も好きだったなんて言って欲しいのか?」
秀人は少しだけ笑う。
「いや、そんな事言われたら、悲しくなる」
「……俺がひどい事したってのは事実なんだし、謝る必要はあると思ってるよ」
「そうか。うん、及川の言う通りだ」
夢は何を納得したのか、笑顔を見せる。
「及川?」
「何だよ?」
「今の私達、恋人みたいじゃないか?」
夢は少しだけ頬を赤らめている。
「あのな……さっき、2人きりでいたら恋人に思われる事があるって言ったのは俺の方だからな」
「そういえば、そうだったな。でも、及川だって悪い気はしないんじゃないか?」
「お前、俺に何を言わせたいんだよ?」
「……私の事を恋人として見れると言って欲しい」
夢は悪戯するような笑みを浮かべる。
「今のはドキッとしたんじゃないか?」
「あのな……」
「時々、こういった事を言わないと、及川は私の事を恋人候補として考えてくれないからな」
「そんな事言わなくても、ちゃんと考えてるよ」
「そうか。それなら良い」
夢は嬉しそうな表情を浮かべる。
「今日は一緒に帰ってくれて、ありがとう」
駅に着くと、夢は足早に反対側のホームに行ってしまった。
秀人はそんな夢の後姿を目で追った後、ため息をついた。