6月12日(土)
この日、秀人は目覚ましをかけていなかったため、目を覚ました時には9時を回っていた。
既に補習が始まる時間を過ぎているが、秀人はしばらく横になったままでいた。
ふと春奈の事を考え、秀人は起き上がる。
そして、午前の最後となる英語の補習だけでも受けようと支度を始めた。
あの後、春奈とは何も連絡を取っていないままだ。
電話かメールをしようとも考えたが、直接会って話すべきだと考え、今は何もしないでいる形だ。
秀人は朝食を取る等して支度を終えると、学校に向かった。
電車の時間がいつもと違うため、時間がかかってしまったが、秀人は英語の補習が始まる前に学校に着いた。
丁度、休憩時間だったため、何人かの生徒とすれ違いながら、秀人は小講堂に入る。
「あ、秀人!」
和孝から声をかけられ、秀人はそちらに目をやる。
「お前も来てたんだな」
「うん、夢ちゃんが怖いしね……」
辺りを見回したが、春奈の姿はなかった。
「春奈ちゃん、今日は来てないよ」
「そっか……」
秀人はカバンを持ち直す。
「じゃあ、帰るよ」
「いや、せっかく来たんだから受けようよ……」
「及川、来るのが遅いじゃないか」
夢は不機嫌な様子だ。
「今日は元々来るつもりなかったんだよ」
「立石とはあの後、話したか?」
「いや、直接会って話そうと思ってたんだよ。今日、来てねえみたいだけどな」
秀人は軽くため息をつく。
「まあ、これで良かったんじゃないかな?あのままでいたら、ますます別れを切り出し辛くなってただろうしさ」
「そうかもしれねえけど……」
「そろそろ英語の補習を始めますよ」
その時、神楽が入って来たため、和孝と夢は席に着いた。
「英語ぐらい受けるか……」
帰るタイミングを逃したため、秀人はしょうがなく席に着き、補習を受ける事にした。
補習が終わると、秀人は出て行こうとした神楽を追いかける。
「先生?」
「ん?」
秀人の呼びかけに神楽は振り返る。
「あの……」
「今日は立石さん、お休みだそうね」
「え?」
「風邪を引いてしまったから、部活も休むと連絡があったけど?」
秀人が驚いた様子を見せていたため、神楽は首を傾げる。
「及川君、聞いてないの?」
「あ、はい……」
「もしかして、ケンカでもしたのかしら?」
「……そんな所です」
秀人の様子を見て、神楽は少しだけ笑う。
「ちゃんと仲直りしないとダメよ?」
「……はい」
神楽は最後にもう1度だけ笑った後、小講堂を出て行った。
「秀人、午後の補習はどうするの?」
その時、後ろから和孝が声をかけて来たため、秀人は振り返る。
「俺は帰るよ」
「秀人、英語の補習しか受けてないでしょ……」
「元々受ける気はなかったって言ってるだろ」
秀人は教科書等をカバンにしまう。
「及川?」
「教科書とかも英語しか持って来てねえし、遠野が何と言おうと帰るからな」
「いや、そういうわけじゃないんだ……」
夢は少しだけ考えた後、口を開く。
「明日、及川は何か予定あるか?」
「まあ、特にねえけど?」
「だったら……買い物に付き合ってくれないか?」
「そんなの女友達と行けよ」
「秀人、暇なら行ってあげなよ」
和孝は気を使うような言い方だ。
「及川に……話したい事もあるんだ」
「だったら、今、言えば良いだろ」
「ここじゃ言いたくないんだ」
夢が思い悩んでいる様子だったため、秀人は少しだけ考える。
「2人で行くのか?」
「嫌か?」
「いや、だって……おかしいだろ」
「だったら、俺も行くよ」
和孝は夢に近付くと、夢の耳元で何かを言った。
しかし、秀人には和孝が何を言ったのかわからない。
「……そうだな。和孝も一緒に3人で行こう」
「まあ、それで良いなら……明日、何時にどこへ行けば良い?」
それから、夢と待ち合わせ場所を決めた後、秀人は学校を後にした。
秀人が家に着いた時、両親は出掛けているのか、いなかった。
秀人は簡単な昼食を作り、食べた後、自分の部屋に戻る。
春奈にメールしようとも考えたが、文が上手く書けなかったため、結局、何も送らなかった。
それから、しばらくは小説を読む等して、時間を過ごしていたが、春奈から借りた小説を読み終えると、やる事がなくなってしまった。
ふと、秀人は春奈と話していた時に気付いた、昔の事を思い出せない理由を考えた。
そして、家の倉庫に向かうと、昔のアルバム等がないか探し始める。
ずっと開けていなかったため、倉庫の中は埃で一杯だった。
秀人はマスクを付けると、順番に物を外に出していった。
「ホントにねえのかな?」
子供の玩具や古い雑誌等を出しながら、目的の物が見つからず、秀人はため息をつく。
「秀人、何やってんだ!?」
その時、弘の怒鳴り声が聞こえ、秀人は手を止める。
「ああ、おかえり。アルバム探してるんだけど……」
「そんな所にはない!」
弘は秀人の腕を引き、倉庫から離す。
「あるかもしれねえだろ?何怒ってるんだよ?」
弘が怒っている理由がわからず、秀人も不機嫌になる。
「……中に秘蔵エロ本があるんだよ」
「は?」
「そんな物があると、由香里にばれると大変だろうが!」
「……だったら、お袋の前でそんな事言うなよ」
弘が振り返ると、そこには複雑な表情の由香里がいた。
「あ、由香里、今の話は違うんだ……」
「……俺、部屋に戻るからな」
秀人はアルバム探しを諦めると、両親を残して部屋に戻った。