6月11日(金)
「秀人君、おはようございます」
「おはよう」
この日も三枝谷駅で秀人と春奈は合流した。
「秀人君、明日の補習、また一緒に受けませんか?」
「補習、面倒なんだよな」
「明日も午後は部活があるので、私も午前中しか受けません。午前中だけでも一緒に受けましょうよ」
「まあ、午前だけなら良いか……」
「あと、明後日は部活も休みなので、またどこかへ行きませんか?秀人君、行きたい所ないですか?私は……」
春奈が嬉しそうに休みの提案を出したが、秀人は別の事を考えていた。
「秀人君?」
「ん?」
「聞いてますか?」
「ああ、悪い」
実際、春奈の話を聞いていなかったため、秀人は苦笑する。
「何か、ありましたか?」
「いや、その……春奈は俺と一緒で楽しいか?」
「はい、楽しいですよ」
春奈の笑顔から、その言葉が本心なんだろうと、秀人は感じた。
そして、和孝が言っていた事を思い返していた。
「秀人君は……楽しくないですか?」
「は?」
「私、秀人君に迷惑かけてばかりですし……」
「お前、何回言えばわかるんだよ?」
秀人は呆れたようにため息をつく。
「お前がいつ、俺に迷惑かけたんだよ?」
「それは……」
「いつ、どこで、どんな迷惑をかけたんだよ?」
「え……」
春奈は困った様子を見せる。
「ほら、迷惑なんて、かけてねえだろ?」
「具体的には言えませんが、迷惑をかけていると思います」
「何で、そう思うんだよ?」
「私、人付き合いが得意ではないので……」
秀人は少しだけ考えた後、笑った。
「それ、わからねえ事で不安になってるだけみたいだな」
「え?」
「良いと判断出来るもの以外は全部悪いものだなんて考えてねえか?」
春奈は秀人の言葉に何も答えなかった。
「例えば、誰かにプレゼントをしたとして、そいつの表情が喜んでるかどうかわからなかったら、どう感じる?」
「プレゼントが良くなかったんだと思います」
「それがネガティブだって言ってるんだよ。ただ単に表情が読み辛い奴なのかもしれねえだろ?」
「そうでしょうか……?」
春奈は少しだけ考えた後、秀人の目を見る。
「確かに、秀人君の事、私は知らない事ばかりで、いつも不安です。秀人君がどんな事を考えているのか、わからなくて不安です。それで、迷惑をかけてしまっているのではないかと、不安です」
話をしながら、春奈は顔を下に向けてしまった。
「俺、感情をあまり表情に出さねえタイプなのかもしれねえな」
「あ、別に秀人君は悪くないです」
「俺の考えてる事がわからねえからって、春奈も悪くねえだろ?」
春奈が納得していないような表情だったため、秀人は軽く息をつく。
「まあ、少しずつ自信持てるようにしろよ」
「……はい」
そこで、秀人は春奈の顔をじっと見た。
「俺はお前と一緒で楽しいよ」
「え?」
「明後日、どこに行くか考えるか」
「はい!」
春奈は嬉しそうに返事をした。
和孝の言葉が気にならなかったわけではないが、秀人はもう少しだけ、今の関係を続けようと思っていた。
しかし、なぜそんな風に自分が思うのかだけは、どうしてもわからなかった。
電車を降り、2人は休みの予定を話し合いながら学校を目指した。
「この前みたいに歩き回るのは、やめるか」
「だったら、映画を見に行きませんか?」
「見たい映画でもあるのか?」
「いえ、今、何を上映しているかも知りません」
「それで、よく映画なんて言葉が出たな」
「あ、お母さんとお父さんが、デートの定番だと言っていましたので……」
「また、親かよ?」
その時、春奈は大きな欠伸をする。
「あ、ごめんなさい」
「寝不足か?」
「はい……。でも、あと少しで借りていた小説、読み終わりますよ」
「俺の方もあと少しで読み終わりそうだよ」
「そうしたら、また小説交換しましょうね」
「ああ、そうだな……。でも、寝不足は体に悪いから、無理するなよ」
「はい」
結局、休みの予定が決まらないまま、2人は学校に到着し、いつも通り別れた。
秀人が教室に入ってから少しすると、いつもより早く和孝がやって来た。
「秀人、おはよう!」
「お前、今日は随分と早いんだな」
「何か、今日の朝は爽やかだったから、早く来たんだよね!」
「じゃあ、テンション下げるために、2発ぐらい殴って良いか?」
「何でですか!?」
和孝はそこで、少しだけ表情を変える。
「秀人も相変わらず早いね」
「そんな事言うなよ。あと、俺……」
「及川?」
夢に声をかけられ、秀人は話を中断する。
「何だよ?」
「その……やっぱり、帰りに話す」
「は?」
席に戻った夢を秀人は目で追った。
「……何だよ?」
「さあね……。あ、さっき、何か言おうとしてたけど、何?」
「ああ……いや、何でもねえよ」
「気になるから、言ってよ」
「……お前の後ろに半透明の人影が見える」
「え!?」
慌てて辺りを確認する和孝を見て、秀人は笑った。
昼食の時間になり、秀人はすぐに席を立った。
「今日も春奈ちゃんと一緒なの?」
「別に良いだろ」
秀人は足早に屋上に向かった。
春奈と合流した後、昼食を食べながら、2人は休日の予定をまた考える。
「何なら、映画じゃなくて、また舞台見に行くか?」
「舞台はチケットが入手出来ない事もありますし、休日に何の舞台があるかもわからないです」
「あ、そうだよな。じゃあ、旅行……日帰りで行ってもしょうがねえよな」
予定が決まらず、秀人と春奈は次第に、他のカップルが行きそうなデートスポットを考える事にした。
「映画は定番だって、よく聞くよな」
「秀人君、見たい映画は、ないんですか?」
「俺、映画とか、あまり興味ねえんだよ」
「そうですか……」
「あとは……カラオケデートなんて言うのも聞くな」
「秀人君、カラオケ行くんですか?」
「和孝とたまに行くよ。明後日はカラオケにするか?」
「私、カラオケ行った事ないんですけど、秀人君が行きたいなら……」
「いや、やっぱりやめよう」
春奈の性格を考えれば、カラオケは避けるべきだと判断し、秀人は別の案を考える。
その時、春奈がくしゃみをした。
「ごめんなさい」
「大丈夫か?」
「はい……」
そこで、また春奈はくしゃみをする。
「風邪か?」
「いえ、大丈夫ですから」
「体調、良くねえなら、無理するなよ」
「本当に大丈夫ですよ」
「まあ、今日は小説読まねえで、すぐに寝ろよ」
「はい、そうします」
その後も休日の予定を考えたが、お昼休みの間には結局決まらなかったため、電話かメールで相談する事にして、2人は別れた。
午後の授業が終わり、和孝は大きな伸びをした後、秀人に顔を向ける。
「秀人、今日も家に来る?」
「ああ、そうするよ」
「明日から休みだね」
「補習があるだろ」
「落ち込む事、言わないでよ……」
その時、夢が近づいてきた。
「及川?」
「あ、そういえば、話があるとか言ってたけど……」
「ちょっと来てくれ」
「おい?」
夢に手を引かれ、秀人は教室を出る。
「どうしたんだよ?」
「話があるんだ」
「だったら、教室で話せよ」
「ねえ、ちょっと?」
和孝も慌てた様子で、秀人達を追いかける。
「何なんだよ?」
屋上に着くと、夢は手を離す。
「……夢ちゃん、どうしちゃったの?」
「名前で呼ぶな!」
夢に殴られ、和孝は倒れる。
「及川……立石の事、好きなのか?」
「だから、それはお前に関係ねえだろ」
「関係あるんだ!」
夢は秀人の目を真っ直ぐ見る。
「何の関係があるんだよ?」
秀人の質問に、夢は顔を赤くする。
「その……私は……」
「夢ちゃん、ストップ!」
「名前で呼ぶなと言ってるだろ!」
「あ、ごめん!とにかく聞いてよ!」
和孝はそこで少しだけ間を空ける。
「秀人は春奈ちゃんの事、好きじゃないんだよ」
「和孝?」
「もう夢ちゃんには話した方が良いよ」
「何でだよ?」
「とにかく、俺から話すよ」
和孝は慌てた様子で続ける。
「罰ゲームだったんだよ」
「え?」
「麻雀で俺が勝って、秀人に罰ゲームを提案したの」
「どういう事だ?」
「それが、春奈ちゃんに告白するって罰ゲームだったんだよ」
「え?」
「そうしたら、春奈ちゃんが秀人の事、好きだったみたいで、告白が嘘だって言えなくなっちゃって……。それで、今はとりあえず付き合ってるふりをしてるだけなんだよ」
「そうだったのか?」
「俺達もこんな事になるなんて思わなかったんだけど……」
その時、物音がしたため、3人は階段の方を見た。
「あ、ごめんなさい」
そこには弁当箱を落としてしまった春奈がいた。
「今日、部活が休みになりましたので、一緒に帰ろうと思いまして、教室へ行ったら丁度、秀人君が出て来ましたので……」
それは、今までの話を聞いていたという意味だと、全員がわかった。
「ごめんなさい」
春奈は弁当箱を拾うと、そのまま行ってしまった。
「春奈!」
秀人の呼びかけを無視するように、春奈は足を止めなかった。
「えっと、秀人……?」
和孝と夢はどうしたら良いかわからず、呆然としていた。
そんな2人を見て、秀人は軽く笑う。
「……これで罰ゲーム終了だな」
秀人は和孝と夢を残して、その場を後にした。