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6月10日(木)

朝、早い時間に出発する事にも慣れ始め、秀人はいつも通り、春奈と合流した。

「昨日、部活遅れて問題なかったか?」

「はい、大丈夫でした」

「昨日は何か、和孝の問題に巻き込んじまって悪かったな」

「でも、秀人君が守ってくれましたから」

「あれ、守ったって言えるのか?」

秀人は呆れたように苦笑する。

「それで、昨夜は眠れたか?」

「……あの小説、読み進めるうち、さらに怖くなりまして、昨夜もなかなか寝付けませんでした」

「お前、怖いのホント苦手なんだな。幽霊とか信じる方なのか?」

「はい、信じています……。なので、怖くなってしまいます」

春奈はため息をつく。

「つまらねえなら、読まなくて良いだろ」

「いえ、つまらないわけではないんです。続きはとても気になりますし……」

「怖いもの見たさって奴か?」

「はい、そうかもしれません」

その時、電車が二和木駅に到着したため、2人は電車を降りる。

相変わらず、周りの生徒から注目されているが、秀人は特に気にしない事にする。

「及川?」

その時、後ろから声をかけられ、秀人は振り返る。

そこには夢が立っていた。

「ああ、遠野か。今日、遅くねえか?いつもはもっと早いだろ?」

「少し寝坊したんだ」

「珍しい事もあるんだな」

夢はそこで秀人の隣にいる春奈に目をやる。

「私も一緒に行って良いか?」

「別に向かってる先は一緒なんだし、いちいち聞かねえで良いだろ」

「本当に良いのか?」

「だから、俺は別に……」

秀人が目を向けると、春奈は顔を下に向け、困っている様子だった。

「……やっぱり、先に行く」

夢は寂しそうな表情を見せた後、先に行ってしまった。

秀人は春奈の様子を見て、ため息をつく。

「春奈、少しは人見知り、直したらどうだ?」

「え?」

「知ってる奴に挨拶したりすれば、それがきっかけになって友達になれるかもしれねえだろ。今だって遠野と話すチャンスだったじゃねえか」

「無視されてしまったら、落ち込んでしまいますので……」

「相変わらず、ネガティブだな……。それに、さっきは向こうから話しかけてきてただろ?」

「遠野さんは秀人君に話しかけていました。私にじゃないです」

「俺だけじゃなくて、お前にも話しかけてただろ。お前が何も答えねえから、遠野は先に行っちまったんだろ」

「それなら、私は1人でも構いませんので、秀人君、遠野さんと一緒に……」

「たく、何でそうなるんだよ?」

秀人は諦めるようにため息をついた。


この日の昼食の時間、今まで行っていた和孝と夢を一緒にする工作を行わず、秀人はすぐ屋上に向かった。

秀人が屋上に着いた時、まだ春奈は来ていなかった。

それから、1分程が経過し、春奈が屋上にやってきた。

「あ、待たせてしまいましたか?」

「いつも待たせてるのは俺なんだし、たまには良いだろ」

秀人の言葉に春奈は笑顔を見せる。

2人はいつも通り、昼食を食べながら、他愛無い話をする。

「あ、ところで……」

「ん?」

「文化祭、秀人君のクラスは何をするんですか?」

「ああ……」

二和木高校では毎年、6月の最終週の土日で文化祭が開催される。

今年は6月26日と27日がその日になる。

「うちは確か、和孝が男子全員と結託して、メイド喫茶になったな」

「そうなんですか?」

「ただ、女子全員が反発して、結局男子も執事になるって事になったから、正確にはメイド・執事喫茶か。俺は正直楽なのが良かったんだよな……」

秀人の話に春奈は笑う。

「私のクラスは映画なんです」

「映画?」

「スクリーンと映写機を借りて、映画を流すだけなので、当日は一部の人以外は何もしなくて良いそうです」

「楽で良いな。うちのクラスもそういうのにすれば良かったのに……」

「でも、クラスで協力して何かをするって素敵だと思います……」

春奈の話し方から、今までクラスの輪に入って何かをした事がないのだろうと秀人は感じた。

「まあ、お前は演劇部の発表があるだろ?」

「はい、2日目の午後2時からなので、見に来て下さい」

「ああ、今年は見に行くよ。そういえば、他の文化部の発表もあるのか?」

「はい、同じ日の午前11時から吹奏楽部の演奏があります」

「実力至上主義の吹奏楽部か」

「でも、毎年素晴らしい演奏なんですよ?」

吹奏楽部はコンクールの入賞を目指しているだけあり、この学校の部活の中でも特に厳しいと有名だ。

「あと、私達の発表の後、午後3時からはセッション部の演奏があります」

「セッション部なんてあったのか?」

「はい、部員は少ないそうですが……確か、村雨先生が顧問をしていたはずです」

「あいつ、音楽なんて合いそうにねえのにな」

運動部であれば、時々ヘルプで参加する事があるため、詳しいが、文化部になると秀人はほとんど知らないも同然だ。

「まあ、今年はお前の部の発表だけ見れば良いかな」

「ダメですよ。秀人君のクラスの喫茶店、私、行きます」

「俺、接客してねえ可能性高いからな」

「それは困ります……」

春奈が泣きそうな表情を見せると、秀人は笑った。


授業が終わり、生徒達はすぐに帰り支度を始める。

「和孝、今日、家に行っても良いか?」

「うん、良いよ。最近、遊んでなかったもんね」

「あ、及川?」

夢に呼び止められ、秀人は振り返る。

「帰りは立石と一緒じゃないのか?」

「ああ、あいつ、部活で忙しいんだよ」

「だったら、私も一緒に帰って良いか?」

夢の質問に秀人と和孝は顔を見合わせる。

「俺、和孝の家に行く予定だから……」

「途中まででも良いんだ」

「まあ、方角が一緒なら良いんじゃねえの?」

秀人が承諾する形で、3人は教室を出る。

「あ、朝は悪かったな。あいつ、人見知りなんだよ」

「いや、私も突然声をかけて悪かった」

「お前、何も悪い事してねえのに謝るなよ」

秀人は軽く笑う。

「及川、立石とはどこで知り合ったんだ?」

「別にほとんど知らなかったよ」

「ほとんど知らないのに、付き合ってるのか?」

「俺、何か説教されるような事してるか?」

「あ、いや……」

和孝は特に話をする事なく、秀人と夢の話を黙って聞いている。

「お前が誰かと付き合うなんて思ってなかったんだ」

「別に、俺が誰かと付き合ったところで、困る事はねえだろ?」

「それは……」

夢はそこで言葉を詰まらせる。

「ある」

「え?」

夢は唇を噛み、それ以上何も言わなかった。

「遠野?」

「今日は一緒に帰ってくれて、ありがとう」

夢は走って行ってしまった。

「何だったんだよ?」

「秀人、鈍感だよね」

「は?」

和孝は秀人の様子を見て、ため息をついた。


和孝の家に入ると、秀人は大きく伸びをした。

「和孝、ジュース持ってこいよ」

「あなた、何様ですか!?」

「しょうがねえな。自分で取ってくるよ」

「いや、何勝手に人の冷蔵庫、漁ろうとしてるんですか!?」

和孝は秀人を無理やり自分の部屋に案内する。

「また、麻雀でもするのか?」

「いや、あれはもう、懲りたから良いや……」

「お前、相変わらず飽きっぽいな」

予想していたとはいえ、秀人は呆れてしまった。

「ところでさ……」

和孝は少しだけ言葉を詰まらせる。

「秀人と春奈ちゃん、結構上手くいってるの?」

「は?」

和孝の質問の意図が秀人にはわからない。

「どういう意味だよ?そもそも、ふりなんだから、上手くいくも何もねえだろ?」

「そうなんだけどね。昨日の2人見てたら、ホントの恋人かと思ったからさ」

「何だよそれ?」

秀人は軽く笑う。

「……最初に秀人が言った通りだったかもね」

「どういう意味だよ?」

「春奈ちゃんに、すぐ告白が嘘だって話して、別れた方が良かったかなって。春奈ちゃん、秀人の事……さらに好きになっちゃってるよね?」

和孝の言葉に秀人は何も返せない。

「秀人と一緒にいる時の春奈ちゃん、あんな感じなんだなって昨日わかって、秀人の事、ホントに好きなんだなって思ったよ」

「そんな事言っても、正直、友達と大して変わらねえ感じだよ」

「それが、春奈ちゃんにとっては特別なんじゃないの?まあ、俺も秀人の事、甘く見てたから、文句言えないかな」

「甘く見てたって、どういう意味だよ?」

秀人は少しだけ不機嫌な様子を見せる。

「あ、別に悪口のつもりじゃないよ。秀人の事だから、上手くいかないで、すぐ別れる事になると思ってたんだよ」

「は?」

「恋人のふりなんて出来そうには見えなかったし、面倒くさがりの秀人が相手じゃ、春奈ちゃんの方が愛想尽かすだろうなってね」

和孝の言葉を秀人も考える。

確かに、秀人自身、自分らしくない事をしていると感じる事は多い。

「だから、秀人も春奈ちゃんに気があるのかなってね」

「そんな事ねえよ」

「だったら、なるべく早く、春奈ちゃんと別れた方が良いかもね」

「は?」

「一応、俺の方で、噂の修正はやってるんだけどね。周りは騙せても、春奈ちゃんや夢ちゃんはそうもいかないし、あまり長引かせると、周りだって騙し切れないよ」

「何で、そこで遠野が出てくるんだよ?」

秀人の質問に、和孝は笑顔を見せる。

「秀人と夢ちゃん、結構相性良いと思うんだよね」

「どういう意味だよ?」

「別に何でもない」

和孝は呆れたように、軽くため息をついた。

「まあ、最後は秀人が決めないといけない事だし、任せるよ」

和孝の笑顔に秀人は複雑な気持ちを持った。

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