第5話「新しい制服、新しい私」
4月7日、真琴の中学校入学式の朝が静かに明けた。窓から差し込む春の柔らかな光に、真琴は目を細めた。
「今日から、中学生か……」
鏡の前に立ち、新しい制服を身にまとう。紺のブレザーに白いシャツ、チェック柄のスカート。小学校の制服とは全く違う姿に、真琴は少し戸惑いを感じた。
「なんだか、大人っぽく見えるかな……」
そっとつぶやいた言葉に、少し照れくさそうな表情が浮かぶ。
「まこと、朝ごはんできてるわよ!」
美里の声に我に返り、真琴は深呼吸をして階下へ向かった。
朝食の席では、家族全員が真琴の晴れ姿を見て笑顔を浮かべていた。
「まこと、制服がよく似合ってるじゃないか」
正治が優しく微笑んだ。
「お姉ちゃん、かっこいい!」
勇斗が目を輝かせて言った。
「ありがとう」
照れくさそうに答える真琴だったが、家族の言葉に少し自信がついたようだった。
学校に向かう途中、さくらんぼの木の下で千鶴が待っていた。
「まこちゃん、おはよう!」
「ちづるちゃん、おはよう!」
二人は笑顔で挨拶を交わすと、並んで歩き始めた。
「ねえ、ちょっと緊張するね……」
真琴が小さな声でつぶやいた。
「うん、私も。でも、一緒だから大丈夫だよ」
千鶴が真琴の手を優しく握った。
中学校に到着すると、たくさんの新入生と保護者で賑わっていた。体育館に向かう途中、弦一郎の姿を見つけた。
「おい、工藤、鷹野」
「弦ちゃん、おはよう!」
三人は再会を喜び合った。しかし、すぐに緊張感が戻ってくる。
入学式が始まり、校長先生の話や在校生の歓迎の言葉を聞きながら、真琴は自分の心臓の鼓動を強く感じていた。
「新入生代表、宣誓」
突然、真琴の名前が呼ばれた。事前に聞いていたとはいえ、大勢の前で話すことに緊張が走る。
深呼吸をして壇上に立つと、真琴はゆっくりと宣誓文を読み上げ始めた。
「私たち新入生一同は……」
真琴の声が体育館に響き渡る。最初は少し震えていたその声も、徐々に力強さを増していく。
「この栄えと伝統ある中学校の新たな一員となったことを誇りに思い、これからの学校生活に大きな希望を抱いています」
真琴は一瞬顔を上げ、体育館を埋め尽くす人々を見渡した。両親の姿、そして千鶴や弦一郎の励ますような表情が目に入る。それに勇気づけられ、さらに声に力が込められた。
「私たちは、先生方や先輩方のご指導の下、学業に励み、心身ともに成長していくことを誓います」
言葉を一つ一つ、丁寧に、そして心を込めて読み上げていく。真琴の声には、期待と決意が滲み出ていた。
「また、この豊かな自然に恵まれた地域の一員として、環境を大切にし、地域の伝統と文化を尊重していくことを約束します」
ここで、真琴の頭には山菜採りの思い出や、さくらんぼの木の姿が浮かんだ。その想いが言葉に込められ、聴衆の心に響いていく。
「そして、互いを思いやり、助け合い、信頼し合える仲間づくりに努めます」
クラスメートたちの顔を思い浮かべながら、真琴は力強く続けた。
「私たちは、この3年間で多くのことを学び、経験し、自分自身を高めていきます。そして、将来は郷土の、そして日本の発展に貢献できる人材となることを目指します」
最後の一文を読み上げる時、真琴の目には強い決意の光が宿っていた。
「以上、宣誓いたします」
言い終えると、大きな拍手が沸き起こった。真琴はほっとした表情を浮かべながら、深々とお辞儀をした。
壇を降りる時、真琴の胸には大きな達成感と、これからの学校生活への期待が広がっていた。そして、さくらんぼの木の芽吹きのように、新しい自分の成長が始まったことを感じていた。
最初は震えていた声も、徐々に力強さを増していく。文章を読み終えると、大きな拍手が沸き起こった。
教室に移動し、担任の先生や新しいクラスメートと対面する。知らない顔ぶれに少し不安を感じつつも、真琴は明るく自己紹介をした。
「山や川で遊ぶのが大好きです! よろしくお願いします!」
その言葉に、クラスメートたちから興味深そうな反応があった。
帰宅後、家族と夕食を囲みながら、真琴は1日の出来事を興奮気味に話した。
「宣誓、緊張したけど、なんとかできたよ」
「よく頑張ったね」
父が真琴の頭を優しく撫でた。
その夜、真琴は日記にその日の思いを綴った。
「今日から中学生。不安もあるけど、新しい制服を着た私は、きっと新しいことにも挑戦できる。明日からも、一歩ずつ頑張ろう」
窓の外では、さくらんぼの木の芽が、少し大きくなっているように見えた。