第12話「新緑の中で見つけた夢」
5月25日、爽やかな風が吹く土曜日の朝。真琴は早起きして、リュックを背負い、家を出た。今日は科学部の野外活動の日だった。
「いってきまーす!」
元気よく声を上げると、美里が玄関まで見送りに出てきた。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
真琴は軽快な足取りで学校に向かった。校門には既に何人かの部員が集まっていた。
「おはよう、みんな!」
真琴の明るい声に、部員たちが振り返る。
「おう、工藤。今日は張り切ってるな」
弦一郎が静かに微笑んだ。
部長の先輩が全員の到着を確認すると、バスに乗り込んだ。目的地は、町から少し離れた里山だ。
バスが山道を登っていく間、真琴は窓の外の景色に見入っていた。鮮やかな新緑が目に染みる。
「ねえ、弦ちゃん。あの木、なんていう名前かわかる?」
真琴が指さす先を、弦一郎は真剣な眼差しで見つめた。
「ああ、あれはブナの木だな。この辺りの森の主要な樹木さ」
「へぇ、すごいね! よく知ってるんだね」
弦一郎は少し照れくさそうに答えた。
「まあ、本で読んだだけさ」
バスが目的地に到着すると、部員たちは興奮気味に降り立った。新鮮な空気が肺いっぱいに広がる。
「みんな、集合してください」
顧問の先生が声をかけた。
「今日は、この里山の生態系について調査します。グループに分かれて行動しますが、決して無理をせず、安全第一で活動してくださいね」
真琴たちのグループには、弦一郎と美咲、そして上級生の佐々木先輩が加わった。
「じゃあ、私たちは沢沿いを調査しよう」
佐々木先輩の提案に、みんなが頷いた。
沢に沿って歩き始めると、様々な植物や昆虫が目に入ってきた。真琴は目を輝かせながら、熱心にスケッチを始めた。
「ねえ、これって食虫植物?」
真琴が指さす先には、小さな赤い葉の植物があった。
「よく気がついたね、工藤さん。それはモウセンゴケという食虫植物だよ」
佐々木先輩が優しく説明してくれた。
「へぇ、すごい! こんな小さな植物が虫を食べるなんて……」
真琴は驚きと興奮で声を弾ませた。
美咲もそっと近づいて、モウセンゴケをスケッチし始めた。真琴は嬉しそうに美咲の横に座った。
「美咲ちゃん、上手だね」
「あ、ありがとう……」
美咲は少し照れながらも、嬉しそうな表情を見せた。
昼食の時間、一行は小さな丘の上で弁当を広げた。眼下に広がる里山の風景に、みんなが見とれていた。
「ねえ、みんなはどうして科学部に入ったの?」
真琴が突然聞いた。
「僕は、宇宙に興味があってね」
弦一郎が静かに答えた。
「私は……自然を絵に描くのが好きで」
美咲が小さな声で言った。
「佐々木先輩は?」
「私はね、将来環境保護の仕事がしたいんだ。だから、まずは身近な自然をよく知ろうと思って」
真琴は佐々木先輩の言葉に、何か心を打たれるものを感じた。
「環境保護……か」
真琴はぽつりとつぶやいた。
午後の調査で、一行は小さな滝のそばでひと休みすることにした。澄んだ水が岩を伝い落ちる音が、心地よく響いている。
真琴はふと、滝つぼに目をやった。そこには、きらきらと光る小さな魚の姿があった。
「あ! あれって……」
「イワナだね」
佐々木先輩が答えた。
「この清流にしか生きられない魚なんだ。でも、最近は数が減ってきているんだよ」
「どうして?」
「水質汚染や、乱獲が原因さ。人間の活動が、こういった生き物たちの生息地を脅かしているんだ」
真琴は、胸に何かが込み上げてくるのを感じた。
「そっか……でも、きっと守る方法があるはずだよね?」
「ああ、もちろんさ。だからこそ、僕たちがこうして調査をしているんだ」
佐々木先輩の言葉に、真琴は強く頷いた。
夕方、活動を終えて帰路につく頃。真琴は何か大切なものを見つけたような、すがすがしい気持ちでいっぱいだった。
バスの中で、真琴は窓の外を見つめながら、今日一日のことを振り返っていた。様々な植物や生き物たち、そして佐々木先輩の言葉。全てが、真琴の心の中で大きな意味を持ち始めていた。
「ねえ、弦ちゃん」
「ん?」
「私ね、将来やりたいことが、少しだけ見えてきたかも」
弦一郎は驚いたような、でも嬉しそうな表情を浮かべた。
「そうか。それは良かったな」
真琴は頷きながら、もう一度窓の外を見た。夕暮れ時の里山が、オレンジ色に染まっていく。
「この景色を、ずっと守っていきたいな」
真琴の小さなつぶやきに、弦一郎はそっと頷いた。
家に帰り着いた真琴は、興奮冷めやらぬ様子で両親に今日のことを話した。
「へぇ、楽しかったんだね」
正治が優しく微笑んだ。
「うん! そしてね、パパ、ママ。私、将来環境保護の仕事がしたいなって思ったの」
両親は驚いたような、でも誇らしげな表情を見せた。
「そう。それは素晴らしい夢だね」
美里が優しく真琴の頭を撫でた。
その夜、真琴は日記を書きながら、今日見つけた自分の新しい夢について綴った。窓の外では、さくらんぼの実が、月明かりに照らされてほんのりと赤く輝いていた。
真琴の心の中で、小さな夢の種が、確かに芽吹き始めていた。




