表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくらんぼの木の下で ―田舎の小さな街で暮らす少女・真琴の成長物語―  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/22

第12話「新緑の中で見つけた夢」

 5月25日、爽やかな風が吹く土曜日の朝。真琴は早起きして、リュックを背負い、家を出た。今日は科学部の野外活動の日だった。


「いってきまーす!」


 元気よく声を上げると、美里が玄関まで見送りに出てきた。


「いってらっしゃい。気をつけてね」


 真琴は軽快な足取りで学校に向かった。校門には既に何人かの部員が集まっていた。


「おはよう、みんな!」


 真琴の明るい声に、部員たちが振り返る。


「おう、工藤。今日は張り切ってるな」


 弦一郎が静かに微笑んだ。


 部長の先輩が全員の到着を確認すると、バスに乗り込んだ。目的地は、町から少し離れた里山だ。


 バスが山道を登っていく間、真琴は窓の外の景色に見入っていた。鮮やかな新緑が目に染みる。


「ねえ、弦ちゃん。あの木、なんていう名前かわかる?」


 真琴が指さす先を、弦一郎は真剣な眼差しで見つめた。


「ああ、あれはブナの木だな。この辺りの森の主要な樹木さ」


「へぇ、すごいね! よく知ってるんだね」


 弦一郎は少し照れくさそうに答えた。


「まあ、本で読んだだけさ」


 バスが目的地に到着すると、部員たちは興奮気味に降り立った。新鮮な空気が肺いっぱいに広がる。


「みんな、集合してください」


 顧問の先生が声をかけた。


「今日は、この里山の生態系について調査します。グループに分かれて行動しますが、決して無理をせず、安全第一で活動してくださいね」


 真琴たちのグループには、弦一郎と美咲、そして上級生の佐々木先輩が加わった。


「じゃあ、私たちは沢沿いを調査しよう」


 佐々木先輩の提案に、みんなが頷いた。


 沢に沿って歩き始めると、様々な植物や昆虫が目に入ってきた。真琴は目を輝かせながら、熱心にスケッチを始めた。


「ねえ、これって食虫植物?」


 真琴が指さす先には、小さな赤い葉の植物があった。


「よく気がついたね、工藤さん。それはモウセンゴケという食虫植物だよ」


 佐々木先輩が優しく説明してくれた。


「へぇ、すごい! こんな小さな植物が虫を食べるなんて……」


 真琴は驚きと興奮で声を弾ませた。


 美咲もそっと近づいて、モウセンゴケをスケッチし始めた。真琴は嬉しそうに美咲の横に座った。


「美咲ちゃん、上手だね」


「あ、ありがとう……」


 美咲は少し照れながらも、嬉しそうな表情を見せた。


 昼食の時間、一行は小さな丘の上で弁当を広げた。眼下に広がる里山の風景に、みんなが見とれていた。


「ねえ、みんなはどうして科学部に入ったの?」


 真琴が突然聞いた。


「僕は、宇宙に興味があってね」


 弦一郎が静かに答えた。


「私は……自然を絵に描くのが好きで」


 美咲が小さな声で言った。


「佐々木先輩は?」


「私はね、将来環境保護の仕事がしたいんだ。だから、まずは身近な自然をよく知ろうと思って」


 真琴は佐々木先輩の言葉に、何か心を打たれるものを感じた。


「環境保護……か」


 真琴はぽつりとつぶやいた。


 午後の調査で、一行は小さな滝のそばでひと休みすることにした。澄んだ水が岩を伝い落ちる音が、心地よく響いている。


 真琴はふと、滝つぼに目をやった。そこには、きらきらと光る小さな魚の姿があった。


「あ! あれって……」


「イワナだね」


 佐々木先輩が答えた。


「この清流にしか生きられない魚なんだ。でも、最近は数が減ってきているんだよ」


「どうして?」


「水質汚染や、乱獲が原因さ。人間の活動が、こういった生き物たちの生息地を脅かしているんだ」


 真琴は、胸に何かが込み上げてくるのを感じた。


「そっか……でも、きっと守る方法があるはずだよね?」


「ああ、もちろんさ。だからこそ、僕たちがこうして調査をしているんだ」


 佐々木先輩の言葉に、真琴は強く頷いた。


 夕方、活動を終えて帰路につく頃。真琴は何か大切なものを見つけたような、すがすがしい気持ちでいっぱいだった。


 バスの中で、真琴は窓の外を見つめながら、今日一日のことを振り返っていた。様々な植物や生き物たち、そして佐々木先輩の言葉。全てが、真琴の心の中で大きな意味を持ち始めていた。


「ねえ、弦ちゃん」


「ん?」


「私ね、将来やりたいことが、少しだけ見えてきたかも」


 弦一郎は驚いたような、でも嬉しそうな表情を浮かべた。


「そうか。それは良かったな」


 真琴は頷きながら、もう一度窓の外を見た。夕暮れ時の里山が、オレンジ色に染まっていく。


「この景色を、ずっと守っていきたいな」


 真琴の小さなつぶやきに、弦一郎はそっと頷いた。


 家に帰り着いた真琴は、興奮冷めやらぬ様子で両親に今日のことを話した。


「へぇ、楽しかったんだね」


 正治が優しく微笑んだ。


「うん! そしてね、パパ、ママ。私、将来環境保護の仕事がしたいなって思ったの」


 両親は驚いたような、でも誇らしげな表情を見せた。


「そう。それは素晴らしい夢だね」


 美里が優しく真琴の頭を撫でた。


 その夜、真琴は日記を書きながら、今日見つけた自分の新しい夢について綴った。窓の外では、さくらんぼの実が、月明かりに照らされてほんのりと赤く輝いていた。


 真琴の心の中で、小さな夢の種が、確かに芽吹き始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ