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さくらんぼの木の下で ―田舎の小さな街で暮らす少女・真琴の成長物語―  作者: 霧崎薫


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第11話「五月晴れの下での運動会」

 5月18日、真琴は朝から心躍る気持ちだった。今日は中学校で初めての運動会。晴れ渡る空を見上げながら、真琴は深呼吸をした。


「よーし、頑張るぞ!」


 そう自分に言い聞かせながら、真琴は家を出た。


 学校に着くと、すでに多くの生徒や保護者が集まっていた。


校庭には五月晴れの陽射しが降り注ぎ、色とりどりの旗が風に揺れていた。真琴は深呼吸をして、クラスメイトたちのいる場所へと向かった。


「おはよう、みんな!」


 真琴の明るい声に、周囲の生徒たちが振り向いた。


「おはよう、まこちゃん」


 千鶴が優しく微笑みかけた。


「工藤、今日は張り切ってるな」


 弦一郎が冷静に、しかし少し期待を込めた様子で言った。


 真琴は嬉しそうに頷いたが、ふと気づいて辺りを見回した。


「あれ? 美咲ちゃんは?」


 その時、小さな声が聞こえた。


「……ここ」


 振り返ると、美咲が少し離れたところで震える手で応援旗を持っていた。真琴は駆け寄り、優しく声をかけた。


「どうしたの? 緊張してる?」


 美咲は小さく頷いた。


「う、うん……人前に出るのが苦手で……」


 真琴は美咲の手を優しく握った。


「大丈夫だよ。みんなで一緒だもん。それに、美咲ちゃんの応援、私たち聞きたいな」


 その言葉に、美咲の表情が少し和らいだ。


 開会式が始まり、真琴たちは整列した。校長先生の話を聞きながら、真琴は今日一日への期待で胸が高鳴るのを感じていた。


 最初の競技は、クラス対抗リレー。真琴はアンカーを任されていた。


「工藤、頼むぞ」


 弦一郎が真剣な表情でバトンを渡す。真琴は力強く頷いた。


「任せて!」


#シーン


 真琴は全力で走った。トラックの赤いゴムの感触が足の裏を通して全身に伝わる。風が頬を撫で、髪を靡かせる。息は荒く、肺が激しく空気を求めている。


 周りの景色が一瞬でかすんでいく。真琴の意識は、ただ前を見つめることだけに集中していた。バトンを握る右手に力が入り、汗で少し滑りそうになる。しかし、それを必死に握りしめる。仲間の思いが、このバトンに込められているのだから。


 鼓動が耳元で激しく響く。ドクン、ドクン。その音が、走るリズムを刻んでいるかのようだ。


 両脇のスタンドからは、仲間たちの声援が聞こえてくる。


「まこちゃん、頑張れー!」


 千鶴の声。いつも優しい親友の声が、今は力強く真琴の背中を押す。


「工藤、行けっ!」


 弦一郎の普段は冷静な声が、今は熱を帯びている。


 そして、驚いたことに……


「工藤さん……がんばって!」


 いつもは小さな声でしか話さない美咲が、精一杯の声で応援している。


 これらの声援が、真琴の体内にあるエネルギーを呼び覚ます。足が地面を蹴る力が増し、腕を振る動きがより大きくなる。


 息が上がり、脚の筋肉が悲鳴を上げている。しかし、真琴の意識はそれを超越していた。今、この瞬間、彼女は走ることそのものになっていた。


 ラストコーナーを曲がると、はるか前方にゴールテープが見えた。真琴の目に火が灯る。残されたエネルギーをすべて出し切るように、最後の直線で更にスピードを上げた。


 一瞬、時間が止まったように感じた。そして次の瞬間、真琴の体がゴールテープを切っていた。


「やったー!」


 大きな歓声が沸き起こる。真琴は勢いあまって数歩進んだ後、やっと止まる。両手を膝について、大きく息を吐き出す。


 クラスメイトたちが駆け寄ってきて、真琴を取り囲んだ。みんなで喜び合う中、真琴は美咲の方を見た。美咲は少し恥ずかしそうにしながらも、小さな拍手を送っていた。


 この瞬間、真琴は深く感じていた。走るという単純な行為が、こんなにも多くの感情と経験を与えてくれることを。そして、仲間と共に一つの目標に向かって頑張ることの素晴らしさを。


 汗が光る真琴の頬を、爽やかな初夏の風が優しく撫でていった。


 昼休みになり、真琴たちは木陰で弁当を広げた。


「まこちゃん、すごかったよ!」


 千鶴が嬉しそうに言った。


「ありがとう。みんなの声援のおかげだよ」


 真琴は照れくさそうに答えた。


「美咲、お前も声出してたな」


 弦一郎が静かに言うと、美咲は顔を赤らめた。


「あ、あの……つい……」


「ありがとう、美咲ちゃん!」


 真琴は嬉しそうに言った。


「あのね、美咲ちゃんの声が聞こえた時、なんだかすごく力が出たんだ」


 美咲は驚いたような、でも少し嬉しそうな表情を浮かべた。


 午後の競技が始まり、真琴たちは様々な種目に挑戦した。玉入れ、綱引き、そして最後は全校生徒による大縄跳び。


 大縄跳びでは、美咲が跳ぶタイミングを計るのに苦労していた。


「美咲ちゃん、大丈夫。私と一緒に跳ぼう」


 真琴が手を差し伸べると、美咲は少し躊躇したが、そっと手を取った。


「うん……ありがとう」


 二人で息を合わせて跳ぶと、不思議と美咲のジャンプも安定してきた。


 閉会式では、真琴のクラスは総合2位という好成績を収めた。みんなで喜び合う中、真琴は充実感に満ちた表情を浮かべていた。


 帰り道、真琴は千鶴、弦一郎、そして美咲と一緒に歩いていた。


「今日は楽しかったね」


 真琴が言うと、みんなが頷いた。


「うん、本当に」


 千鶴が優しく微笑んだ。


「来年はもっと上を目指せそうだな」


 弦一郎が冷静に分析する。


「あの……」


 美咲が小さな声で言った。


「私……今日、少し自信が持てた気がします」


 真琴は嬉しそうに美咲の肩を抱いた。


「よかった! 美咲ちゃん、これからもっと頑張ろうね」


 夕暮れ時の空に、白い雲が優しく浮かんでいた。真琴は空を見上げ、心の中でつぶやいた。


「今日という日を、ずっと覚えていたいな」


 さくらんぼの木の下で、四人は別れを告げた。それぞれの胸には、今日の思い出と、明日への期待が詰まっていた。


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