表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/29

温泉! 温泉! 温泉!

 わたしは鎖橋に近い比較的安いホテルに宿泊した。

 窓から橋が見える。

 ライトアップされた鎖橋は荘厳で、わたしはその夜景をまあまあ美しいと思ったが、感動するほどではなかった。

 どっしりした石門がふたつ建ち、外灯が連なって、光をドナウ川に落としている。

 人によってはその光景に感動するかもしれない。

 ブダペストはドナウ川によってブダ地区とペスト地区に分けられている。

 西岸がブダ、東岸がペストだ。

 鎖橋はふたつの地区を結んでいる橋のひとつだ。

 わたしが泊っているホテルはペスト地区の名所、聖イシュトヴァーン大聖堂のそばにあり、橋を渡れば、ブダ地区の観光地、王宮の丘へ行ける。

 ブダペスト到着翌日に、わたしは聖イシュトヴァーン大聖堂、鎖橋、王宮の丘にある漁夫の砦、王宮地下迷宮、ブダペスト歴史博物館の観光をした。

 ふーん、なかなかよいわね、と思った。

 それだけだった。

 わたしは人工建築物にはあまり感動しないたちなのだ。

 自然の風物に心を動かされることは多い。

 わたしにはそういう傾向がある。金閣寺や東京スカイツリーを見てもなんとも思わないが、天橋立や日原鍾乳洞には感動した。そんな人間なのだ。

 観光疲れして、身体を休めるために、ゲッレールト温泉に入った。

 そこで、感動がやってきた。

 なにこの温泉ぬるい。気持ちいい。いつまででも入っていられる。なんか雰囲気もいい!

 ゲッレールト温泉はダヌビウス・ホテル・ゲッレールト内にあり、宿泊客、観光客の他、地元のブダペスト市民も利用している。

 緑色に輝く石柱に囲まれた混浴温泉。水着を着て入浴する。

 みんなリラックスして入浴し、軽く泳いだりしている。

「素晴らしい……」とわたしは思わずつぶやいた。

 ハンガリーは日本と並ぶ温泉天国で、ブダペストだけでも100以上の源泉と15の公衆浴場がある。

 ゆったりと浸かっていると、

「どこから来たんだい?」と地元のハンガリー人とおぼしき中年男性から話しかけられた。

「ジャパン」

「ジャパン! よく来てくれた。歓迎するよ。よくぞロシアをやっつけてくれた!」と彼が言ったので、わたしはびっくりした。

「まさか日露戦争のことを言っているんですか?」

「そうだよ。20世紀初頭に勃発したロシアとジャパンの戦争だ。ジャパンは陸戦でロシアを北に押し返し、海戦ではロシア艦隊のほとんどすべてを沈めた。グレート!」

 そのときは非常に驚いたが、ブダペストに長く滞在するにつれて、ロシアを嫌い、日本に親近感を抱いているハンガリー人が少なくないことをわたしは知っていった。ソビエト連邦に占領された歴史があるからだろうか。とにかくブダペストには親日的な人が多く、とても居心地がよかった。

 わたしは何回もゲッレールト温泉に入り、セーチャニ温泉、キラーイ温泉、ルダシュ温泉、ルカーチ温泉などにも入りまくった。多くの地元民が、わたしを日本人だと知って微笑んだ。話が弾むことも多かった。

 わたしはブダペストで完全に温泉にハマり、1日2回のペースで通った。

 温泉で顔見知りが何人もできた。

 ここではわたしはぼっちではない!

 セーチャニ温泉は温泉チェスの名所で、わたしは観戦を楽しんだ。チェスの戦術をいくつか覚えて、たまに対戦するようになった。だいたい負けたが、それでも面白かった。ごくたまに勝つと、天にも昇る気持ちになれた。

 温泉万歳! ブダペスト万歳!

 美味しい飲み物や食べ物もあった。

 マーケットで買ったトマトジュースが美味しくてハマった。味が濃厚で、トマトってこんなに美味しかったの、と感動した。わたしは毎日トマトジュースを買って飲んだ。連日飲んでも飽きなかった。

 人生で初めて食べたフォアグラにはほっぺたが落ちたし、鯉や鯰、鱒などの淡水魚をカラリと揚げたハル・ラーントヴァは気に入ってよく食べた。牛肉と野菜をパプリカで煮込んだスープ、グヤーシュも大好きになった。

 貴腐ワインのトカイ・アスーも飲んで、上品な甘みに驚いた。

 これがよいワインの味か。甘くて飲みやすい。つい飲み過ぎて酔っ払ってしまう。

 ブダペストがあまりにも快適で、脳はとろけ、わたしはすっかりだらけてしまった。

 気がついたら1か月が過ぎていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ