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東京都放浪記 ハンガリー→トルコ→ギリシア→イタリア→エジプト  作者: みらいつりびと


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タハリール広場

 5月28日午前10時頃、わたしが乗った飛行機がカイロ国際空港に着陸した。

 旅客機から降りると、ムッとした空気に包まれた。

 暑い。熱帯に来たんだと実感した。

 わたしはこれからエジプトを旅する。

 空港からバスに乗って、カイロ中心地のタハリール広場に移動した。

 タハリールとは「解放」という意味で、1919年、1952年、2011年のエジプト革命ではこの広場に人々が集まり、権力に抗議する場となった。

 バスから降りてすぐ、わたしは混沌を感じた。

 周囲には政府の庁舎やエジプト考古学博物館などが建ち、16の道路が接続している。

 大通りはバスや車でぎっしりと埋まり、渋滞していた。

 彫りが深い顔立ちで小麦色の肌をしたエジプト人たちと世界各地から来た観光客ら人通りも多い。

 エンジン音、クラクション、話し声がうるさく、陽射しは熱く、空気は清浄とは言いがたい。 

 まずは腹ごしらえをして落ち着こう。

 タハリール広場に近いタラアト・ハルブ通りのレストランに入った。

 そら豆のコロッケ、ターメイヤとモロヘイヤスープを注文した。

 どちらも代表的なエジプト料理だ。

 期待して食べたのだが、ターメイヤの味付けは薄すぎた。

 モロヘイヤスープは粘り気が強すぎ、やはり味が薄い。

 トルコ料理、ギリシア料理、イタリア料理と世界屈指の美味しいごはんを食べてきて、舌が肥えているせいかもしれないが、エジプトで食べた最初の料理は、あまり美味しいとは感じられなかった。

「そら豆は上質なタンパク質を含み、モロヘイヤは神の恵みの野菜と言われるほど栄養素の豊富な野菜じゃぞ。この暑いエジプトを歩くなら、しっかり食べた方がよい、旅の方」

 目力が強く、鼻筋の通った美女が、わたしの対面でターメイヤをかじり、モロヘイスープを飲んでいた。

 黒と金を基調にした露出の多い衣装を着ている。

 クレオパトラ7世だった。

 彼女の左右でふたりの若い男が大きな葉を持ち、女王を扇いでいた。

「やっぱりモロヘイヤがお好きなんですね」

 モロヘイヤはエジプトで5000年前から食べられていて、クレオパトラの好物だったという説がある。

「毎日食べておる。水泳と睡眠とモロヘイヤが若さと美しさを保つ秘訣じゃぞ。食べなさい」

 女王からそう言われると、食べないわけにはいかない。

 わたしはやっぱり美味しくないと思いながらも完食した。

 食後、エジプト考古学博物館に入った。

 この博物館には、名高いツタンカーメン王の黄金のマスクがある。

 金と青に彩られたエジプトの至宝は眩しいばかりだ。ツタンカーメンはイケメンで、このマスクの美しさを際立たせている。

 紀元前1332年、8歳で即位し、17歳という若さで亡くなった。

 荒廃していた神殿や礼拝堂を再興し、異母姉の王妃アンケセナーメンを愛したファラオ。

 死因は暗殺説、事故説、病死説、カバによる殺害説など諸説ある。

 ツタンカーメンの墓はルクソールの王家の谷にあるが、他の王の墓と比べると規模が小さく、目立たない場所にあって、盗掘をまぬがれていた。1922年に発見され、イギリス人のハワード・カーターの指揮で発掘された。資金援助をしたジョージ・ハーバートなど発掘関係者の多くがほどなくして謎の死を遂げ、王の呪いであると言われたが、カーターは1939年まで生きている。

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