転生する先の時代と地域、身分をお選びください
高校、休み時間。
ちょっと離れた場所から、友人達が盛り上がっている声が聞こえて来る。
「未来予知ってやっぱりあるんだよ」
「いやいや、無理だって」
「じゃ、これ、どう説明するんだよ? この王様は、未来の医療技術を知っていたんだぞ?」
……オカルト関係の話題らしい。
僕は一歩引いて、それを見守っていた。僕がその輪に入らないのには理由があった。僕はオカルト関係全般から距離を置いているのだ。それはオカルトが嫌いとか怖いとかではなく、僕自身にちょっと信じられない記憶があって、できる事ならそれに触れたくないからだった。
――誰にも言っていないのだけど、実は僕には前世の記憶がある。
いや、正確に言えばそれは前世じゃない。一度死んで、生まれ変わる前の記憶があるのだ。しかも、それはかなり常軌を逸した光景だった。
そこは真っ暗な部屋の中だった。真っ暗と言うか、背景に黒しか設定されいないようなそんな感じだ。そこにまるでナレーションのような声が響いて、僕にこう告げたのを覚えている。
『転生する先の時代と地域、身分をお選びください』
何の事やらと思うだろう。どうやら僕は生まれる前に次の転生先を選んだようなのだ。ただ、よくラノベにあるような神様がどーたらって感じではなく、どちらかと言えばゲーム画面のようだった。
この世界がコンピューター内に創造されたものであるという仮説があるけど、もしかしたらそれが真実なのかもしれない。もし本当にその記憶が正しいのならそうとしか僕には思えない。
友人達の声が聞こえて来た。
「この王様は、その当時の医療を否定していたんだそうだ。それで消毒とかうがいとか石鹸で手を洗うとか、当時の医療では考えられない予防方法を提案していたらしい。ま、あまり人望はない王様で、信頼はされていなかったみたいだけど……」
「眉唾だなぁ」
「大体、何かの勘違いとか捏造なんだよ、そーいうのは」
……僕はその話を聞きながら考えていた。もし仮にこの世界が、コンピューター内に創造されたものであるのなら、どんな事が起こっても不思議ではない。何しろ、法則を実現しているのはコンピューターであり、決定しているのはそれを操作している何者かであるのだから。
とにかく、僕は今のこの時代とこの立場を選んで生まれて来たって訳だ。なんで選んだのかはよく覚えていない。もっと王様とか、権力者を選んでいたら、楽に生きられただろうに。
「実際、もう一人は、そんな立場を選んだみたいだったし」
なんとなく、僕はそう呟いた。
そう。生まれる前にいた真っ暗な空間には、僕以外にも誰かがいたのだ。名前は確か“M次”と名乗っていたような気がする。その彼は「王様になりたい」と主張し、王様という身分が古い時代にしかないと教えられても、迷わずそれを選択したのだ。たくさんの女の子達とエッチがしたいとか言っていた。
……もし彼の望み通りになったのなら、この世界で彼は過去に生まれ変わっているのだろうか?
――そこでまた友人達の声が聞こえた。
「王様の名前は、エムツグっていうらしいぜ」
僕はその名前に目を丸くする。
“まさか、それって前世の記憶の中の彼か?”
「ちょっとその話、もっと詳しく聞かせて欲しいのだけど」
それで僕は友人達にそう話しかけたのだ。友人達はやや驚いていたけれど、ちゃんと教えてくれた。
「このエムツグって王族は、好色で有名だったのだけどさ、ある日、お腹を壊しちゃったんだよ。王族だから、当然、手厚い医療を受ける事になったのだけど、当時の医療の内容はほぼ拷問なんだよね。ヒルに吸血をさせたり、瀉血をしたり、有毒金属を飲ませたり、頭蓋骨に穴を開けたり、体に切り込みを入れて豆なんかを挿入したり……」
僕はそれを聞いて頬を引きつらせた。
「それで、どうなったの?」
「そんな医療で治るはずがないだろう? 衰弱して、死んでいったよ。なんか“こんな時代に生まれるのじゃなった”とか、謎の発言を残したらしいけど」
僕はそれを聞いて、どうして生まれる前の自分が古い時代の王様の身分を選ばなかったのかを理解できた気になった。ちょっと調べてみると、中世の王族より、2000年代の一般人の方が遥かに生活水準が高いらしかった。多分、“誰か人間を好き勝手にできる”という事くらいしか、王族に生まれるメリットはない。威張りたいとか、そういう願望が強くないのであれば、あまり魅力的ではないだろう。それを生まれる前の僕は知っていて、M次と名乗った彼は知らなかったのかもしれない。
……とにもかくにも、今という時代に生まれて来れた幸運を僕は感謝した。この場合、“神に”というのも何だか変な気がしたけど、一応“神に”。