3 クラウス・トレーガー
3 クラウス・トレーガー
ラーラが再び目を覚ました場所は、今朝までいた家とは別の、ふかふかベッドの上だった。こんなに柔らかなベッドは初めてだ。貴族の人達が朝寝坊だっていうのは、こういうことなのね。と、ラーラは寝返りを打ちながらため息をついた。そして、はたと気が付いたのだ。
「あら?おかしいわ。どうしてこんなふかふかベッドにいるの?」
改めて周りを見ると、装飾が細やかでどこかの貴族の館のような部屋だと気が付いた。戸惑っているとドアがノックされ、男が入ってきた。
「やぁ、気が付いたみたいだな。紅茶を持ってきた。体調はどうだ?」
「ああ、普通サイズの人だ!良かったぁ。えっと、体調は、大丈夫です。」
ラーラの言葉に男は少し困ったような顔になった。
「そうか、それならよかった。僕は、クラウス・トレーガー。父が早めに引退してね、少し前に侯爵になったばかりなんだ。君がいた家は、うちの敷地内にあるんだが、君は、何者?」
「えっと、私は、ラーラ・バッシュです。シュバルツという村に住む祖母の家に向かう途中で、気を失って…そうしたら森の中にいて、大きなドラゴンがいて…そう、さっきはすごく大きな人が急に現れて…。もう何が何だか分からなくて…」
クラウスは、手にしていたトレイをサイドテーブルに置くと、そばにあったスツールに腰かけて少し残念そうに告げた。
「紅茶が冷める前にどうぞ。飲みながら聞いて。さっき、君は僕の事を、普通サイズの人だって、言ったよね。だけどそれは違う。僕は魔法の力で自分を小さくしているんだ。君と話ができるようにね。」
ラーラはカップに手を伸ばしたまま、おびえたようにクラウスを見た。
「う、うそ…。」
「君に魔法の素養がないのなら、誰かの魔法の波動を受けてしまったのかもしれないね。」
「あ、あの。どうすれば元の大きさに戻れるのですか?」
ラーラは思わずクラウスにしがみ付いた。その姿が、幼かった妹と重なって、クラウスは思わず頭をなでて微笑んだ。
「きっと大丈夫だ。僕に少し心当たりがあるんだ。この魔法は、かけた人間にしか解除できないんだよ。今度彼がここに来るのは少し先になると思うが、それまではここで暮らすといい。心配しているだろうから、おばぁ様には手紙を書いてあげよう。」
「あ…。」
ラーラは、母レギーナから家を追い出されたことを思い出し、言葉が詰まった。祖母の名前すら知らなかったのだ。数軒しかない田舎だから、お前の顔を見たら、村の人間がすぐに教えてくれると言われていたのだ。
「手紙はいらないです。きっと誰も心配してないだろうし。」
クラウスがきゅっと眉を寄せた。
「なにか事情がありそうだね。では、しばらくここに居ればいい。どうせここに居るのは僕一人だ。あ、そうだ!ちょっとこっちに来てくれるかい?」
クラウスは、ラーラを連れて美しい館の外に連れ出した。そして、大きく深呼吸をすると、小さなその手を掴んで、静かに呪文を唱え始めた。
「オィギナイグェッセ・グェッセベス!!」
すると、クラウスの手からキラキラしたものが流れ込み、気が付くと視線がぐっと高くなった。
「え、何これ?」
戸惑うラーラの手を引いてテーブルから飛び降りる。
「ふぅ、成功した! これで君は、元の大きさになった。一時的な物だけど、僕の傍に居る間は効力があるはずなんだ。まだ魔法を自由に使いこなせるわけじゃないんだけどね。さぁ、うちの使用人を紹介しよう。」
クラウスはいそいそと隣の部屋へと歩き出すが、ラーラは自分のいるこの部屋を見まわして微かに安堵していた。先ほどまで過ごしたあのきらびやかな部屋とは違い、落ち着いた調度品が並んでいたのだ。長い間、この家を守ってきた人の気配を感じられる部屋だ。
振り向くと、テーブルの上に豪華なドールハウスがあった。小さなドアが開いたままで、小さいけれど、既視感のある部屋が見て取れる。
「えっ?これって…。」
「ラーラ嬢、どうした?」
ラーラが来ないので戻ってきたクラウスは、少女の視線に気が付いた。
「ああ、このドールハウスは、さっきまで君がいたところだよ。ほら、こちらへ。」
読んでくださってありがとうございます。
やっとメインの二人が揃いました。
これからもお付き合いいただけると嬉しいです。