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目覚めたら、ドールハウス  作者: しんた☆
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2 不思議な家

2 不思議な家


 じわじわと後ろに下がりながら距離を取ると、ラーラは踵を返して走り出した。


「い、いやだ。まだ死にたくないよ!」


 気持ちは焦るが、朝から歩きづくめで思う様に走れない。やみくもに走っていると、目の前に大きな家が見えて来た。すぐさま家のドアを叩いて助けを求めた。家の中からは何の音も聞こえない。絶望的な気持ちになりながら振り向くと、先ほどのドラゴンは、もうこちらには興味がないのか、去っていく後ろ姿が見えた。


「怖かった…。だけど、このままではまずいわ。あの、誰か居ませんか?!」


 ラーラは再びドアを叩いたが、やっぱり誰からも返事がない。思い切ってドアノブを引っ張ると、思いのほか簡単にドアが開いた。


「あの。どなたかいませんか?」


 遠慮がちに家に入ったが、どうやら空き家のようだ。重い荷物を一旦床に下し、そっと家の中を見てまわった。ダイニングやキッチンに暮らしの痕跡はない。声を掛けながら2階に上がると、ベッドにはかわいいクッションが並び、クローゼットには女の子が好みそうな洋服や靴、ドレッサーには化粧品まで揃っている。見上げると、玄関のランプにも負けないしゃれたデザインのランプが下がっていた。


「きっとどこかのお嬢さんが暮らす予定なんだわ。でも、こんな素敵なお家を鍵もかけずにおいておくなんて…。」


 ラーラはそう言いながら、再びキッチンにやってきた。歩き続けて喉がカラカラなのだ。しかし、この家には水瓶がない。家の周りを見回しても、やはり人の気配はない。そして、家の外に井戸もなかった。 不思議な家だった。気が付くと、辺りは少し薄暗くなっている。これでは今日中に祖母の家に辿り着くのは無理だ。

 意を決したラーラは、叱られるのを覚悟でこの家に居座ることにした。またあのドラゴンに遭遇しても怖い。それにお腹がすいてもう歩ける気がしなかった。荷物の中からぶどうの粒を一つ口に入れた。喉が潤ってひと心地つくと、急激にお腹がすいて、とうとうアップルパイを取り出した。これは祖母への手土産だ。特別な日でないと焼いてもらえない特別なおやつだ。だけど、日が経つと味が落ちる。それに、なんでもいいから食べておきたい。キッチンのナイフを取り出して、ひとかけ切り分けると、きれいなテーブルに座ってゆっくりと味わった。

 シナモンの香りとリンゴの甘さが、幼い頃を思い出させる。昔は、こんなにも落ちぶれた家ではなかったのだ。ラーラの父デニス・バッシュは代々続く農家の長男だった。デニスの弟・アルノルドと二人で、先祖から続く畑を守ってきたのだ。家族仲もよく、経済的に余裕があったあの頃は、母がよくアップルパイを作ってくれたものだった。しかし、生真面目なデニスは、自由な発想のアルノルドとは意見が合わないことも多く、ついに、アルノルドはデニスを見限って家を出てしまったのだ。それから1年も経たないうちにデニスは体を壊し、今までの農作業ができなくなってしまった。

 どんどん気難しくなる父と、こんなはずではなかったと癇癪を起して娘に当たり散らす母に、幼いラーラはどうすることもできなかったのだ。掃除や洗濯を手伝っても、褒めてもらうことはなかった。ところがラーラの弟ダニエルが大きくなってきて、力仕事を手伝うようになると、母は弟に依存するようになり、ラーラをのけ者扱いしたのだ。


「なによ!お母さんなんか、お母さんなんか…。」


 膝にしずくがぽとりと落ちた。どんなひどい目に遭わされても、『大嫌い』の言葉は出なかった。


 気が付くと朝になっていた。昔の思い出に浸っている間に、どうやら眠ってしまったようだ。しかし、ここの住人は帰宅した様子もなく、慌てて家じゅうを見回しても人の気配はなかった。ほっとする反面、今いる場所がどこなのか、手がかりを見つけられないことに一抹の不安が残る。

 悩んでも仕方がない。ラーラは、一晩泊めてもらったお礼のつもりで、家じゅうの窓を開け、風を通し、掃除を始めた。誰も住んでいないようでも、時間と共に埃は積もっていく。窓を拭いたり床を磨いたりしていると、本当に誰も足を踏み入れていない家なのではないかと感じる。

 すっかりきれいになると、カーテンをふんわりとタッセルにかけ、棚の奥にあった愛らしい花瓶に庭先の花を挿してみた。こんな家が自分の住まいであったらどんなに素敵だろう。そんなことを考えながら、窓の外をぼんやり見つめていると、急に轟音と共に大雨が降ってきた。


「大変!窓を閉めなくちゃ!」


 ラーラは階段を駆け上がり、家じゅうの窓を閉めて回った。その時、空の上から人の声が聞こえて来た。


「あれ?まさか、誰か中にいるのか?」


 声と共に雨がやんで、ラーラはそっと窓から顔を出して見上げた。すると、大きな影が日差しを遮り、見たこともない大男がこちらを覗き込んでいたのだ。


「ひぇ!!」


 ラーラはあまりの恐ろしさに、そのまま倒れて気を失ってしまった。


「あ、おい。大丈夫か? しまった。驚かせてしまったな。」


 空から降ってくる声は穏やかだったが、気を失ってしまったラーラには届かなかった。


読んでくださってありがとうございます。

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