1 口減らし
まだ完成していないのですが、ぼちぼち掲載していきたいと思います。
異世界ものです。転生はしてないです。
よろしくお願いします。
1 口減らし
ラーラは背中に野菜や果物を詰めた袋を背負い、細い農道をてくてくと歩き続けていた。母方の祖母の家までお使いに出されたのだ。祖母コリンナ・グートハイルは若いうちに夫を病気で失い、女手一つでラーラの母レギーナと、その弟デートリヒを育てた。しかし、レギーナは貧しい暮らしを嫌がり、さっさと家を飛び出したのだ。その後、風の噂でデートリヒが事故で亡くなったと聞いて、レギーナはラーラに祖母の家に行くよう命じたのだ。
「いいかい、ラーラ。あんたは力もないし、家では何の役にも立たないんだから、せめて婆さんの面倒はみるんだよ。ばあさんには、母さんがとても心配して、身の回りのお手伝いをするように私を来させてくれたっていうんだ。わかったね!婆さんもそろそろいい歳だ。あの家と土地は私がもらっても文句はないだろう。」
打算に満ちたその言葉にうんざりしたまま、ラーラは荷物を担いで家を出たのだ。いつものつぎはぎの服ではなく、だれかのおさがりらしいまともな服を差し出され、簡単な地図を渡された。
もちろん路銀など渡されなかった。お前の足ならすぐつくと、そう言われてすでに4時間は過ぎただろう。だんだんと田舎から街へと周りの景色は変わって、ラーラのボロボロの靴が妙に目立ち始めていた。
「はぁ、せめて靴は新しい物を用意してほしかったな。どうせ無理だろうけど。」
サイズが合わなくなって、先がすり減り、親指が少し見えかけている。背負い袋には、両親には珍しく、とれたての野菜と果物が入っている。祖母の手伝いと言われたが、これが口減らしであることは、14歳のラーラには分かっている。第一、祖母の名前すらちゃんと伝えてもらえていない。もう、戻ることは出来ないのだ。
寂しさは感じなかった。弟ダニエルが大きくなって力仕事を手伝うようになると、両親はダニエルばかりをかわいがり、ラーラの頑張りを認めようとはしなかった。そして、ダニエルも、そんな非力な姉をバカにしたように鼻で笑うのだ。
「おばあちゃんには会ったこともないけど、私なんかが受け入れてもらえるんだろうか。」
木漏れ日の揺れる森を抜けると、一気に辺りの雰囲気が変わった。馬車が行き交い、石畳が続いている。道の両側にはしゃれたカフェや仕立て屋が並び、道行く人は皆綺麗な服を着ていた。ラーラはふと自分の泥にまみれた靴を見て、居たたまれない気持ちになった。
「早く通り過ぎてしまおう。」
気後れしそうな気持ちを抑えて、ラーラはそそくさと足を速めた。その時、大きな門の前に設えられた花壇の中に、ドールハウスが置かれているのを見つけて、思わず足を止めた。
「私っていろいろ忙しいんだけど、今ならアンタにこの豪華なドールハウスを見せてあげても良くってよ。」
昔、近所に住んでいた村長の娘・カミラが、誕生日に買ってもらったと言って見せびらかしていたことを思い出した。普段は農民の子どもなどとは遊ばないと言いながら、その時ばかりは、話したこともなかったラーラにまで自慢してきたのだ。しかし、今目のまえにあるのは、そんなドールハウスとは比べ物にならないほど、緻密で精巧な物だ。思わず覗き込んでみると、窓の中にはテーブルやイスも並べられ、食器棚や流し台もある。玄関にはしゃれたランプがついていて、ドアノブも細やかな装飾が施されていた。
「わぁ、かわいい。本物のお家みたい。」
ひと時うっとりと見とれていたが、ラーラは本来の用事を思い出して、はぁっと大きなため息をついた。その瞬間、目がくらむような光が辺りを照らし、その拍子にラーラは荷物と共に倒れ込んでしまった。
「おおっと、まずい!魔法の範囲が広すぎたな。誰もいなかったかな?」
誰かの声が遠くから聞こえたが、疲れがピークに来ていたラーラはそのまま意識を手放してしまった。
「誰もいなかったようだな。良かった。それにしても、このランプは素晴らしい装飾だなぁ。クラウスはいい趣味をしている。ふふ、彼からのプレゼントが、まさかドールハウスの一部になるとは思わないだろうなぁ。さて、帰って続きを作るとするか。」
金の刺繍が施された漆黒のローブに、流れるような銀髪がさらさらと風に揺れる。見眼麗しいこの男カイザーリングは、王宮に仕える大魔法使いだ。ミニチュアを作るのが趣味で、ラーラが見入っていたドールハウスを手掛けたのも、この男だ。
カイザーリングは、自宅へと一歩踏み出すと、その瞬間から町人に姿を変え、誰にも気づかれずに街を闊歩するのだった。
しばらくたって、空腹で目が覚めたラーラは、自分の置かれた状況に戸惑った。
「あ、あれ?どうしてこんな森の中にいるの? 確か、おばあちゃんの家に行く途中だったはずなのに。」
周りは木々にうっそうと覆われ、先ほどまで見ていた街の姿はどこにもない。ラーラは立ち上がってスカートの埃を払うと、改めて周りを見渡した。
木々の間から日は刺すものの、地面は湿気を含んでいる。見上げると、見たこともないような大きな生き物が、じっとこちらを伺っていた。全身にきらめくうろこをまとっていて、体はぴたりと動かないままなのに、長い尻尾だけが時折くるくると揺れ動き、そのたびに青く光る。大型犬ほどの大きさのそれは、どこかの国のオオトカゲの様だ。ぎょろりとした大きな目を恐ろしく長い舌がぺろりとなぞっていく。
「こ、こわい!」
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