前篇
「今日、どこにする?」
充電器のアダプタを差し込みながら携帯で話しをする。電話の向こうからは眠そうな声が聞こえてきた。
「えー、どこでも構わないけど」
眠そうというだけでなく適当でもあった。こういう形での受け答えが一番困る。せめてどこでもいいから具体的な場所を行ってほしいものだ。
「どこでもって言っても車出せないんだろ?」
「それは駄目。今日は親が使ってるから」
この手の質問に対してははっきり答えてくる。全く。
「てことは、遠出は出来ないよな。ならお前の家にするか」
またいつも通りの展開。とりあえず誰かの家に行って、それから飯を食いに行って、そしてゲームセンターにでも行く。まあそれなりに楽しめはするのだが。
「了解。時間はどうする?」
「七時ごろでいいだろ。ならダンホにそうメールしとくな」
「頼んだ」
ツー、言い終わると同時に電話が切れた。よほど寝たかったのだろう。まあ昨日は徹夜で飲んでいたから仕方ないが。事実、俺自身眠たかった。午前十時。休日とはいえ起きていても良い時間帯から俺たちは寝始めようとしていた。最後の力で「ダンホ」に今日の事をメールすると、ベットへと倒れ込んだ。
ピピッ、ピピッ。目覚ましのアラームが耳を強く刺激して来る。起き上がって叩くようにしてボタンを押した。ようやく鋭い音が止んでくれた。
「六時五十分か」
この時間帯にアラームをセットする大学生なんて他にいるだろうか。いや、多分いるな。それも結構たくさん。
そんな事を考えながら支度を始めた。顔を洗い、歯を磨き、カバンに財布と携帯を入れる。まだ少し眠気が取れていないが、外に出て冷気に当たればそんなものはすっ飛ぶだろう。ここ三日間で大量に雪が降り積もり、外は一面白の世界だった。窓から見ているだけで寒い。
ブー、ブー。バックの中からバイブ音がしてきた。電話だ。
「上滝、もう坂井の家着いた?」
ダンホからだ。
「いや、今から家出るとこ」
大分息が荒い。走っていたのだろうか。話し声と同じくらいの音量で息が伝わってくる。
「おう、そうか。俺も今から出る所だから。じゃあまた後でな」
そう言って電話が切れた。何のための電話だったのだろう。それにあの息の荒さはどうしてだったのだろう。疑問だけが残る電話だった。
とりあえず家を出るか。見てみると時間は七時を回っていた。まあ遅れたらと言って何かあるわけではないが。
眩しい。外に出てみると予想以上に明るかった。雪が積もった日に晴れると反射してやけに光るものだ。自然と顔を少し下げてから歩き始めた。
ちなみにさっき電話で話していた二人は小学校からの友達だ。今は二人とも県外に就職していて、休みになるとこっちに戻ってきて会っている。最初の眠そうな声の方は自衛隊。沖縄で勤務しているらしく戻ってくるたびに黒くなっている。そのくせ腕っ節が弱く、みんなで腕相撲をしてはビリになっている。
後の息の荒かった方はJR職員。だけど、一年目で思い立って大学に入学する事にしたそうだ。どうやらキャンパスライフを味わってみたくなったらしい。今は仕事をしながら受験勉強に励んでいる。どっちもひと癖もふた癖もある個性派だ。
そろそろだな。携帯を取り出して坂井に電話した。
「もう着くから玄関開けといてくれ」
「空いてるから入ってきて」
今度は声から眠気が取れていた。
「オッケー」
そうしている間に家が見えてきた。車一台やっと通れるくらいの道路を挟んで何件もの家が伸びるその一角、赤茶けて木目がうっすらと見えるのがそれだ。
「おじゃまします」
引戸のドアを開けて玄関に入った。
「ワンワンワンッ」
出た。この家に入るたびに、このチワワの鳴き声に迎えられるのだ。しかしいつも居間から吠えるだけで玄関までは来ない。
「よっ、来たぞ」
部屋に入ると布団が敷きっぱなしになっており、坂井はその横でインスタントラーメンを食べていた。
「起きたばっかりか」
「いや、そうでもないんだけど。腹へってさ」
とは言うものの今作ったばかりなのだろう。まだ中身はほとんど減っていない。
「ダンホはまだ来てない?」
「あいつ今トイレ」
以外だった。あいつの家のほうが遠いはずなんだが。
「トゥッス」
後ろから声がした。ダンホだ。いつも登場してくる時は一工夫凝らしてくる奴だ。
「おほっん」
坂井が立ち上がっていた。
「二人ともちょっと座って」
いきなり立ち出して今度は俺たちを座らせ始めた。こいつの場合、こういう時はたいてい何か大事な話しをする時だ。
「言ってなかったんだけどさ、俺明後日から福岡行ってくるのよ。彼女と」
「はあっ!?」
俺とダンホの呼吸がぴたりと合った。彼女と福岡まで行ってデートだと。さっきのプチ紹介では言わなかったが、坂井には向こうで作った彼女がいた。相手は年上で結構金持ちの人らしい。ちなみに俺もダンホも彼女はなし。
「だからお土産何がいい?」
俺たちの反応など全く気にしていなかった。何年もいるだけあって予想通りの反応だったのだろう。
「なら服買ってきて、高いやつ。二万くらいの」
「俺、参考書。十冊くらい頼む」
完全にお土産の範疇を超えていた。坂井はふざけんなと連呼していた。そして俺は構わず同じ事を言い続けていた。
「分かった、なら彼女のパンツくれ。頼む」
一瞬沈黙が走った。ほんの一瞬だけ。
「いいねっ!それいい。ダンホ、ナイス」
「ふざけんなよ」
坂井もそう言うしかなかった。
「いや、ふざけてないから。本気だし俺」
ダンホの顔がマジだった。端から見ればだが。俺も一緒なってパンツくれ、と連呼し始めた。こうなると坂井はもう黙って聞いているしかなかった。
しばらくすると、さすがに俺もダンホもこの連呼を止めた。すると坂井が携帯を片手にさらっと話した。
「送っといた」
「んっ!?」
またも二人の息が合った。えっ!?さっきのパンツの話しを。
「マジで送ったの?」
俺がやっとの思いで頭の中を整理して言葉を出した。
「はいはい、どうせ嘘だろ。なら携帯の送信履歴見せろよ」
ダンホは意外と冷静だった。するとやはり携帯を渡すのを躊躇した。やっぱり冗談だったか、でもあんまりこういう冗談が出来る奴じゃないんだけどな。少し話術が成長したのだろうか。
「ほら」
「あれっ?」
坂井は結局携帯を渡してきた。
「一番上のやつ」
ダンホが指示通り一番上の履歴を開いた。
「マジかよっ!」
本当に送っていた。信じられない、普通送らないだろ。て言うか、こういう展開で最後にこうなるパターンってあったんだ。実際の世界で。
そしてとにかく彼女からの返信が気になる。意外とさらっとかわしてくるのだろうか。早く返信来い。
ブー、ブー。
「おっ、来た」
「よしゃっ!」
またも二人の息が合った。これで三回目だ。この調子なら何かの選手になれそうだ。そういえば中学生の時二人とも陸上部でリレーをやっていて、一走と二走だった。
「で、どういった返信だった?」
気付くと坂井が固まっていた。
「見るぞ」
二人は固まる坂井から携帯を奪いとってメールの中身を読んだ。
「それ彼氏としてどうなの」
絵文字も何も一切なし。明らかに怒っていた。それに凄まじいほどにどん引きしている。
「お前、こればやいだろ!すぐ何か返信しろよ」
真剣な事を言いながらも二人とも笑っている。正確には爆笑だ。大変な事態なことは間違いないが、それ以上にこの事態が面白過ぎる。
坂井は慌てて謝罪のメールを送った。
「ごめん、さっきは友達とふざけていてつい送っちゃった」
ふざけて送るメールでも度が越えてるだろ。まあこっちにしてみれば面白いんだけど。
「いや、でも今のは彼女マジだったな」
「びびった。あんなメール始めて来たよ」
彼女からの返信が来るまで、坂井にとっては僅かな休息時間のよう だ。
「おっ、来た」
帰ってくるタイミングは早い。これはいいことなのか、悪いことなのだろうか。また二人はまず坂井の反応を見る。すると今度も坂井は固まり出した。再び携帯を取ろうとすると、手でそれを遮って来た。
「俺が読む」
「そんなこと言う人もう信じられない。別れよう」
「えっ!?そこまで行っちゃった?」
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