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(四)

「ねえ、ママ。これ、どういう状況?」

「オレに聞くな。あそこで男に囲まれて、嬉しそうにしているアイツに聞いてくれ」

 クーちゃんと私の視線の先には、孤児院の前で、その背に若いシスターを庇いながら、ガラの悪そうな男たちに囲まれ、顔を引きつらせているフォルの姿があった。

「よくはわからんが、放っておくのも目覚めが悪いか」

 仕方なさそうに歩み寄ろうとするクーちゃんを、私はその腕を掴んで引き止める。

「待って、ママ」

「ん? どうした」

「パパもね。いろいろと人のことを学ばなきゃいけないから」

 面倒事を嫌い、サボり癖と逃亡癖が心のそこまで染みついているフォルではあるが、後ろに彼の大好きな若い女性がいる以上、この状況を放り出して逃げ出すことはないだろう。

 天上神様はいまのフォルでもその存在意義を認めていらっしゃるけれど、同僚の天使たちは違う。たまにはフォルにも天使らしいことさせなきゃね。

「よっぽど危なくなったら助けに入ってあげて。あ、フォルじゃなくて後ろのシスターがね」

「ああ。それはかまわん。だが、そもそもこの事態にあの阿呆を巻き込んだのはあのシスターじゃないのか? だとしたら自業自得だが」

「まぁ、本当は相談したかっただけかもしれないし」

「事態がシスターが考えていたよりも切迫していたということか?」

「うーん、ここからじゃなんともいえないね。やっぱり、行くだけ行ってみようか。助けるかどうかはそのあと考えましょう」

 うなずいたクーちゃんを連れ、私は騒ぎ立てている集団へと近づいていく。

 集団で騒いでいたのは一人だけ。ガラの悪い男たちを従えるようにしていた、ちょび髭を生やした背の低い男。

 男は、男を宥めるように両手を前にだしているフォルに、遠慮なく唾を飛ばしながらまくしたてるように喋っている。

「だーかーら、ここの土地の権利は元からウチにあったんですよ。ほらこの国発行の証明書にも書かれているでしょ! そこに家があって誰も使ってないからといって、勝手に孤児院にしたてた教会に問題があるんです! ここはね。工場に生まれ変わるの。今すぐ出ていって下さい。さっきも言った通り、神父様とはもう話がついているの! 下っ端のシスターや元冒険者の出る幕なんてないんですよ」

「いやいや、さすがにほら、いますぐ出ていけって言うのは。孤児たちには行く所もないわけですし、穏便に話しあいましょうよ」

 フォルがしどろもどろになりながら反論を試みたが、小男の更なる猛攻を引きだしただけだった。

「こっちは前々から言っていたんですよ。他に行く所を用意しなかったのはそこのシスターの責任。こっちの知ったことではないですな。

 もういい。お前たち、こっちに非はない。力ずくで中のガキんちょどもを引きずりだせ。役人にも話は通してある。殺さなければ腕の一本や二本折ったってかまいませんよ!」

 小男の指示で後ろに控えていた男たちがフォルの脇を抜けて孤児院の入り口に向かおうとする。

「……しかたないなぁ」

 フォルはため息をつくと、両手の手のひらを拳大の間隔をあけて向かい合わせる。その空間に光の球が現れ、フォルはそれを両手で押しつぶした。

 光がバラバラになって飛び散りガラの悪い男たち全員の後頭部にぶつかる。

 男たちが一斉に倒れた。

 邪魔な男たちがいなくなったことで、私たちの姿を見とめたフォルが手を振ってくる。私はふり返すが、クーちゃんはガン無視だ。

「ほう。元冒険者という肩書はダテではありませんか」

 小男が感心したように声をあげる。

 フォルとクーちゃんがこの街で生活するうえで、私が用意した肩書だったが、実際は天使だからな。やる気さえだせばあれくらいはできるんだ、フォルは。

「んふ、これはいい実証を得られそうですね」

 小男はにやりと笑い、懐からきれいな紫色のオーブを取り出した。

「ここに新たに建てる工場で量産する物の試作型になります。量産する物はこれより質と費用を抑えたものですが、タイプは同じなので、貴方には実験につきあって頂きましょう」

 小男がオーブを宙に投げる。オーブが一瞬まばゆく輝き、光がおさまった時には、3メートル級の武骨な姿をした巨大な人型ゴーレムが、フォルや孤児院を私たちから隠すように現れた。

「どうですか、当社の製品は? たいしたものでしょう。試作型なので最初に登録した私しか使えないのと、元のオーブ状態にするには一度研究室に戻って専用の装置を使わねばなりません。そういった問題点を考慮に入れ、量産タイプは・・・って、貧乏なあなた方に説明しても仕方ありませんね。

 ゴーレム。この試験はわが社の敷地内で行われているもの。危険な場所に不法に侵入した人たちがどうなろうと、当社には一切責任はございません。思いっきり殴ってやりなさい!」

 なかなか強引な論法だが、戦闘用のゴーレムのようだから購入者は国。誤魔化しようはいくらでもあるのだろう。

 ゴーレムが小男の指示に応え、すぐさまフォルに向けて拳を突きだす。

「うわ!」

 フォルがシスターを押し倒しながら地面に伏せる。背後の孤児院の入り口が簡単に砕け、中から複数の悲鳴が聞こえた。

「はっ。面白れぇ」

 言うが早いか、クーちゃんがゴーレムを殴り飛ばそうと駆け出す。

 やばい! クーちゃんは全力で殴り飛ばすつもりだ!

「クーちゃん、ダメ! その位置で殴り飛ばしたら、孤児院まで吹き飛んじゃう!」

 ゴーレムの背後まで迫ったクーちゃんが、私の声になんとか急停止する。

 ただ勢いを殺しきれず、そのまま前のめりに倒れてしまう。

「こちらにもいましたか。ゴーレム、後ろのゴミも殴ってしまいなさい」

 なんと巨大ゴーレムは下半身はそのままに、上半身だけが半回転し、無防備になったクーちゃんに向かって拳を突き下ろす。

「クーちゃん!」

 私は思わず悲鳴をあげたけど、ゴーレムの拳はクーちゃんには届かなかった。

 クーちゃんが恐る恐る顔を上げる。

 クーちゃんの前には、両腕を十字に交差させてゴーレムの拳を受け止める、翼を隠したままの天使の姿があった。

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