(一)
「こんにちは♪ 素敵な小悪魔ちゃん♪ まずは挨拶がわりに、ンチュ~」
「近づくな! この汚らわしき天使めがーっ!」
人間界のとある国のとある大きな街の片隅にある一軒家の前で、クーちゃんこと悪魔クルーデリスの小さな拳が、何度も唸りをあげた。けれど、フォルこと天使フォルティスは目を閉じて拳をかわしながら、唇を突きだしてクーちゃんに迫る。
「な、なんでオレの拳の速さについてこれんだ! くそっ! いでよディフー!」
叫んだクーちゃんの左手に2メートル程度の棒が現れる。中央に持ち手があり両端に魔玉がはめ込まれている。魔棍ディフー。私がクーちゃんにプレゼントした魔法具だ。指定した地点を中心として直径1メートルの範囲に重力場を生み出すことができる。
クーちゃんがディフーを力いっぱい振るった。
「ふぎゃっ!」
フォルが地面にキスし、潰れたポイズントードのような声をあげた。
額に冷や汗を浮かべたクーちゃんが、ディフーを持ったまま、若干紫がかった黒髪ツインテールを荒々しく揺らし、私の後ろに隠れる。クーちゃんは褐色肌で漆黒の翼を持つ、スタイル抜群の赤眼美女悪魔。私とは昔からの茶飲み友達だ。
「ほーちゃん、どういうことだ! ほーちゃんが幻獣神経由で魔神様からオレの教育係りを依頼されたのは聞いている。だが、天使が一緒なんて聞いてない!」
眉間にシワを寄せて詰め寄るクーちゃんを、私はまあまあとなだめる。
「依頼がひとつじゃなかったの。これまた幻獣神様経由でさ~、天上神様からフォルを天使らしく教育してくれーって。クーちゃんの反対だからちょうど良いと思って」
クーちゃんが愕然と地面に突っ伏しているフォルを見つめる。金髪碧眼、白い肌に純白の翼のイケメン天使。私とは昔からの酒呑み友達だ。
今回、私が幻獣神様から指示されたお仕事は、天使としての役割をまったくはたしていないフォルを天使らしくなるよう教育することと、悪魔らしくない言動が目立ち過ぎるクーちゃんを立派な悪魔になるよう導くようにというものだった。
なんで私が選ばれたかというと、二人の昔からの友人というだけじゃなく、私が鳳凰だから。私は平和の象徴。どういうのが世界の平和かというと、人は人らしく、天使は天使らしく、悪魔は悪魔らしく、そして幻獣は幻獣らしく極端になりすぎないように均衡を保った状態が平和というのが、一般的な解釈なわけ。だから、らしくない行動をする二人をなんとかしてくれないかと、二神から相談された幻獣神様が、私に白羽の矢を立てた……ことになっている。
「と、いう訳で二人にはしばらくの間、この街で共同生活をしてもらいます」
「なんだと!」
血相を変えるクーちゃんに対し、フォルは地面にキスしたまま『グッジョブ』と言わんばかりに、親指をグッとたててくる。
うん。二人と会ったのは久しぶりだけど、相変わらずで安心安心。……いっけなーい。二人にはある程度考え方とかあらためてもらわないと、私も困るんだ。二人のことが好きだから、二人にはきっちり成長してもらわなきゃね。
「異議はみとめませーん。二人とも聞いていると思うけど、一年後にはそれぞれ天上神様と魔神様より適正試験が与えられます。その結果次第では、存在消滅なんて未来もまってるんだからね。私としても大事な友達失いたくないから、荒療治させてもらうよ」
「むぅ~」
「はっはっは、さすがに消滅は嫌だな~」
クーちゃんが唸り、フォルは立ち上がって顔を引きつらせる。
「二人にはね。もっと人間をきちんと知ってもらいたいの。天使の在り方も、悪魔の在り方も決して一つじゃない。人間とどう接するのが二人にとって無理のない天使と悪魔の在り方になるのか、自分たちで考えてもらいたいのよ」
「ぬー、ほーちゃんの言い分はなんとなくわかったが、それならばこの天使と一緒にやる必要はないだろう」
クーちゃんのもっともな言い分に、私はにんまりと笑う。
「二人には人間を知ってもらうのと同時に、お互いの悪いところを見習って欲しいの」
「悪いところ? 良いところじゃなくてかい?」
「どういうことだ」
「フォルはね、クーちゃんが悪魔として問題視されてるところを見習って欲しいの。逆にクーちゃんは、フォルの天使としてクソなところを見習って欲しいの。それがどこかは……すぐにわかると思うわ」
「しかし、こんな天使と一緒に生活なんて」
クーちゃんは納得のいっていない表情で、フォルをにらむ。
「安心してクーちゃん。こんなケダモノと、可愛いクーちゃんをいきなり二人っきりにさせたりなんてしないわ。しばらくは、私も一緒に住むから、三人の共同生活ね」
つり上がっていたクーちゃんの目じりが、若干下がる。
「そうか。ほーちゃんが一緒にいてくれるなら安心だな」
「本当かい? 両手に華じゃないか。素晴らしい!」
フォルが目をキラッキラさせている。
「さて、二人ともここにいる間は人間として過ごしてもらいます。翼とか耳とか、魔力で誤魔化してね。私もこのままじゃない方が良いわね」
私はポンと手を打った。背中の赤い翼が消え、体がするすると縮み、六歳くらで赤髪の黒い瞳をした超絶美少女の姿になる。服装は和装のままだが。
「とりあえず、これでいいでしょ。それじゃあ、しばらくの間よろしくね。パパ。ママ」
「はい~⁉」
二人が素っ頓狂な声をあげて、小さくなった私を見おろした。