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8. 反省会(1回目)

 侯爵夫人は引き留めたけれど、シシーは王立図書館でレポートを書くからと帰って行った。


 侯爵夫人は、窓からシシーを乗せた侯爵家の馬車が遠ざかるのを眺めていた。


「母上! 連れてくるなら先触れをお出しください! こんなだらしない姿だ!」

「そんなこと言ってる場合なの? もうちょっと何とか……」


 侯爵夫人の話をさえぎって、エドガーは不愛想に応じた。


「何ですか、母上」

「その……あなた、念のため確認すると、シシー嬢と……その、婚約したいのよね?」

 

 さっきの情熱的なエドガーを思い出して、急に気恥ずかしくなった侯爵夫人は、しどろもどろで聞いた。 


「な、なにを……。ま、まだ、よくわかりません」


 エドガーも、単刀直入な侯爵夫人(ははおや)の突っ込みに落ち着きをなくして答えた。


「じゃあ、軽い気持ちで近寄りたいだけなの?」

「そ、そんなわけないでしょう!」


 アレクシスは、そんな二人を眺めながら、考えていた。


(期待をはるかに上回る面白い展開だ。だが、エドガーが本当にフラれてしまったら、オルレアン侯爵家に涙か血の雨が降りそうだ。違った意味で面白いけれどな)


 しかし、アレクシスには人の不幸を見たいという願望はない。


(共通の知人となると、俺だ。キューピットなんて(がら)ではないけど、侯爵に恩を売ることもできるし、協力してやるか)


 アレクシスは、前向きに協力する気になった。


(苦労人で、かわいい後輩のシシーには、幸せになってほしいしな)


「エドガーもやればできるじゃない、と言っていいのかしら、どうなのかしら?」


 侯爵夫人が急にひそひそと聞いてきた声で、アレクシスは我に返った。侯爵夫人は切なそうだった。


 それもそうだろう。自慢の息子が捨て身のアプローチをしたのに、華麗にスルーされるのを目撃してしまったのだから。スルーというより、気づかれてすらいない。


「おばさま、エドガーは出だしはともかく、後半戦は、非常に頑張ってはいた」

「そ、そうなのよね、でも……、どうすればよかったのかしら」

 

 不機嫌そうにエドガーが口を挟む。


「私はそんなにがんばっていませんし、内緒話にしては声が大きいですよ、母上」

「「あれで頑張ってなかったって、どの口が言う!」」

 

 侯爵夫人とアレクシスは同時に突っ込みを入れると、エドガーは放置して話し合いを始めた。


「社交慣れした令嬢ならば、あのようにドラマチックでありながら遠回しなアプローチは非常に効果があると思いますが、シシーは違います」

「私もそれはわかってはいるのだけど……シシーさん相手だと、予想した展開にならないのよね」

 

 侯爵夫人は、シシーとのやりとりを思い出して、しょんぼりしてしまった。珍しく弱気だ。


「一週間前に、お礼を言いに医務室へ行ったときは忙しそうにしていて。お礼に差し上げたお菓子の話しかできなかったわ」


 侯爵夫人は、遠い目をしてため息をついた。


「無類のお菓子好きだとわかったから、アンダーラカフェのアフタヌーンティーに誘ったら、すごく恐縮されて断られたわけ」


 アンダーラカフェとは、老舗カフェで、最先端の社交場のひとつ。そこに侯爵夫人に連れられてくるということは、『侯爵夫人のお気に入りであり、後継の婚約者候補』ということだ。貴族社会の常識で考えたら断られるというのは、ありえない。


「でも、私、諦めずになりふり構わず頼み込んだのよ! えらすぎよ! 同じ年の娘がいて、相談したいしとか、カフェの生ケーキがどれくらいおいしいか、熱弁も振るったわ」

「おばさま、さすがです」


「今日、時間作ってもらって出かけたわけよ。大した話じゃないけど、楽しくてね。弟さんの話はたくさん聞いたわ。すごくかわいがっている自慢の弟みたいで、シシーは話が止まらなくなって」


 侯爵夫人は、楽しそうだなとエドガーもアレクシスも思った。侯爵夫人は、気さくな人柄ではあるけれど、現王のお気に入りの姪で、誰でも近寄れるわけではない。シシーをかなり気に入っているようだ。


(母をも魅了するとは、すばらしすぎる女性だ)


 いまやシシーの全てが美点でしかないエドガーは感嘆する。


「かなり優秀な弟らしいから……でもまぁ、弟にそこまで力入れてると、恋愛や結婚のハードルは高くなりますよね」


 アレクシスは、言いにくそうだ。


「そうなのよ、弟さんをいかに立派に成人させるかということが、一番大切なんだと感じたわ。感動して、色々とアドバイスを……。肝心のエドガーの宣伝をできないまま、時間切れ。焦りまくって、見舞いに誘ったら、あっさり来てくれたのよ」


 侯爵夫人はうれしそうに言ったけれど、すぐに顔を曇らせた。


「でも、弟さんの家庭教師についてのアドバイスに感謝していたからなのかも。それに『退院したらすぐエドガー自身がお礼に伺う』と言ったから、それを避けるためだったならどうしよう」


 侯爵夫人は、すがるようにアレクシスを見つめた。エドガーは沈痛な面持ちだ。


「シシーは……良い意味でも、残念な意味でも、普通ではないのです。何というか……色々あるが、鈍い。でも、そんなところもエドガーに刺さったんだろう?」

「二人とも先走りすぎです。シシー嬢が助けてくれたことは感謝してますし、また会いたいとも……」

 

 シシーへの思いを自覚し、血の誓いまで立てたけれど、アレクシスには人前で口にする勇気はなかった。

 

 侯爵夫人はエドガーの話をまともに聞くことすらせず、心の中で思い切りののしった。


(母親の前であんなに迫って、スルーされたのに、何を言っているのかしら! 何とかなるとまだ勘違いしているのならば、我が息子ながら甘い!)


「すごく時間がかかりそうだし、面倒くさくなってきたわ。家同士の話にしましょうか?」


 侯爵夫人に投げやりな口調で言われ、エドガーは悲鳴を上げて抗議する。そんな二人に呆れながらも、アレクシスは重々しく告げた。


「おばさま、正攻法(せいこうほう)に戻りましょう。エドガー、いきなり忠誠を誓うのもなしだ! ゆっくりじっくり、エドガーはシシーと仲良くなれるように、私が協力しますよ」


 アレクシスの頼もしい発言に、侯爵夫人は急に笑顔になった。何度も肯きながら、アレクシスに礼を言った。


「正攻法って何だ?」


 エドガーは、聞きにくそうに、しかし腹をくくって聞いた。


「あのな……。俺が席を設けるから、積極的に話しかけてみろ」


 何をどう話しかければいいのだろう。そんなエドガーの不安は顔から丸わかりで、侯爵夫人は深いため息をつくと、いい笑顔で優しく言った。幼子に言い聞かせるように。


「エドガー、そんな情けない顔してないでちょうだい。スマートに優しく、シシー嬢の学校の事とか、将来の夢とか聞いてみればいいのよ。自分のことは二割程度で、シシー嬢の話をたくさん聞くこと。わかったわね?」


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