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41. 舞踏会の夜に

 大規模な舞踏会だった。侯爵夫人のもう一人の叔父である、王弟殿下も招待されている。


 久しぶりの舞踏会なので、もてなし上手な侯爵夫人は張り切っていた。エドガーとシシーをくっつけるのを諦めていたので、舞踏会の成功が第一だ。


(エドガーに振り回されるのは、もうごめんよ。エドガーが一人で頑張ればいいわ。本気で好きなら何とかするでしょう)


 前日、侯爵夫人は、大ホールで準備の指揮をとっていた。


「そこのテーブル! もっと(はし)に寄せてちょうだい!」


 侍女と執事を従え、流れるように動いて、確認と指示して回る。


「わぁ、素敵ですね」


 帰宅したシシーは、ホールに入るとすぐ目を見はった。一緒に入って来たダリアが肯いた。


「お母様の(もよお)しは、いつも洗練(せんれん)されていて素晴らしいの。王宮に負けないくらいよ。明日、絶対に驚くと思うわ」

「私、こういう催し、行ったことがないのです。特に花のデコレーションが……素晴らしいですね」


 そして、当日になった。


 今回は、帰国間近の()侯爵夫人が主役だ。誰もが会いたがっている。しかも、エドガーと噂になっているシシー・マインドスケープ子爵令嬢も来るという情報が回り、欠席する貴族家は何とゼロだ。


 早い時間からホワイエはごったがえしていた。侯爵家全員が並び立って、客を迎える。


 アレクシスやギャラントも家族と現れて、挨拶を交わす。


 久しぶりの顔もあった。ギャラントの婚約者の兄、フランソワ・ファレル侯爵令息だ。エドガーの幼馴染(おさななじみ)で、同級生。気の置けない仲だ。


「やあ、エドガー、久しぶりだね」

「ほんとだな、元気か?」

「こっちはな。エドガーはどうなんだ? 全く社交界に顔を出さないんだもんな、一年ぶりくらい?」


 フランソワは、シシーとの噂をもちろん聞いている。ほがらかで率直なフランソワなら、追求するだろうと誰もが期待し、注目していた。


 もちろんフランソワは、エドガーの肩を叩きながら、小さな声で聞いた。


「マインドスケープの令嬢と婚約するんだって?」


 エドガーは飛び上がって、離れた。近くにいたアレクシスやギャラントたちは息をのむ。しかし、エドガーは、他にも聞こえる声ではっきりと答えた。


「……すばらしいご令嬢だから、どうなるかはわからない。ただ、マインドスケープ子爵令嬢の名誉のため、その(うわさ)は否定する」


 フランソワは、エドガーが動揺するのも女性を誉めるのも見たことがない。しかも、エドガーが気に入っていることは明らかだった。『冷血騎士団長』の事実上の片思い宣言だった。


 フランソワもアレクシスもギャラントも、耳をそばだてていた会場中の人々も、静まり返っている。


「…………」


 そのとき、シシーを伴って、()侯爵夫人が現れたので、全員の視線がそちらへ注がれる。シシーは、付き添いだ。ダリアから借りた、控えめだけど上質なドレスで、しっかり盛装している。


((((おおお、あれが噂のマインドスケープ子爵令嬢か。初めて見る))))


 会場がどよめいた。そして、誰もがひそひそと感想を言い合った。


「すごい美人ってわけじゃないな。かわいいけど、まあまあだ。なのに、騎士団長は何でそんなに気に入っているんだ?」

「家族にうまく取り入ったんじゃないのか? すでに侯爵家に入っているというじゃないか」


 名門オルレアン侯爵家の手前、(ささや)き声だったけれど、誰もがそんなことを言った。


 侯爵夫人はキレる寸前だったけれど、耐えた。そして、王弟殿下の到着を聞くと、玄関に向かった。


 王弟殿下は、宰相であるエストレージャ公爵夫妻と一緒だった。公爵夫人は、()侯爵夫人の娘、キャロリーヌ。


 全員がそろった。


 ◆◆◆


 主賓の王弟殿下を迎えるため、貴族たちは大ホールで待っていた。入場が告げられると、ざわめきがやむ。王弟殿下の歩みに従って、貴族たちは、頭を下げながら膝を折って迎える。


 じきに、侯爵家の挨拶と乾杯がはじまる。


 背筋をピンと伸ばしたエドガーは、騎士服ではない盛装姿で、ご令嬢たちの熱い視線を浴びていた。しかし、『冷血騎士団長』に話しかけることができる勇者は一人もいない。


「エドガー様の盛装を見るのは、いつ以来かしら? やっぱり信じられないほど素敵ね」


 一様にため息が()れる。そして誰もが思っていた。


(((デビュタントもできなかった、マインドスケープ子爵の娘ごときに持っていかれるのは嫌だわ、許せない)))


 ダンスが始まると、ご令嬢たちは噂のシシーを探す。()侯爵夫人のそばにいて、話しかける隙はなさそう。エドガーもシシーの方を見つめているのに気が付いた令嬢が言った。


「ずっと()侯爵夫人と一緒にいるわけではないから、後で、離れたすきに話しかけましょうよ」


 演奏が始まると、王弟殿下は、婚約者候補の令嬢とダンスを始めた。公爵夫妻と侯爵夫妻もそれに続く。適齢期の令嬢たちはみな、誘われて踊り始めた。けれど、エドガーは、誰も誘わない。シシーの方を気にしながら、貴族と会話していた。


 ()侯爵夫人は、全てに気を配りながらも、エドガーとシシーを観察してきた。二人の間には、悪くない緊張感があった。


(あらあら。もしかして、いい感じなのかもしれないわ)


 にんまりしながら、ダンスから戻って来た娘のキャロリーヌに耳打ちする。キャロリーヌの二つ名は、『縁結びの女神』である。


 キャロリーヌは、満面の笑みでシシーに挨拶をする。


「いい噂をたくさん聞いているの。母が帰国しても、オルレアンをどうぞよろしくね」

「恐縮でございます。仕事を精一杯、務めさせていただきます」


(あちゃー、母上の言う通り、この子、エドガーの気持ちも周りの思惑(おもわく)も分かってないのね。たしかにかわいいわね。エドガーの気持ち、わかるかも)


 キャロリーヌは、決めた。


(この私の縁結びパワーで、二人をくっつけちゃお)


 そして、キャロリーヌはにこにこしながら、エドガーを手招きした。エドガーは、一瞬顔をしかめたけれど、ぎこちなくシシーの横に並んだ。周囲はまた注目し、心の中で叫ぶ。


((おお、公爵夫人はまた縁結びをするつもりか!?))


「ねえ、エドガー。あなたは、私たち夫婦の縁結びに一役買ってくれたから、私だって応援しているわよ。いいんじゃないかしら、頑張って」


 キャロリーヌがエドガーにささやくと、彼は(まゆ)を上げた。そして、心から嬉しそうに笑った。


(((え、冷血騎士団長が、笑った!)))


 周囲は驚き、シシーは見とれていた。


(エドガー様の盛装は、まばゆすぎて、目がとけてなくなるわね。それにその笑顔は反則です! けれど、尊いです)


 一気にリラックスしたエドガーは、シシーに一歩近づいて話しかけた。目を合わせて微笑みかける。シシーもつられてにっこりした。


「シシー。今日はとてもいい夜だね。あなたも素敵だ」

「あ、ありがとうございます、閣下、もご機嫌麗しく」

「あなたが、付き添い役でなければ、ダンスを申し込みたいところだ。でも、いつか一緒に踊る栄誉を私に。どうか」


 ()うように、熱っぽくエドガーがシシーを見つめる。美しい二人が、甘い雰囲気を漂わせている。


(あら、いいじゃない!)


 ()侯爵夫人とキャロリーヌが顔を見合わせる。が、しかし。


「は、はい。ではなく、滅相(めっそう)もございませんわ。閣下の足を踏んでしまっては一大事ですわ」


(((おいおい、そこでその返答かい。いい雰囲気を平気でクラッシュする子だな)))


 エドガーだけでなく、聞いていた全員が脱力する。けれど、キャロリーヌはますます好感を持った。


「「「し、失礼いたします」」」


(((おいおいおーーーい。その上、退場するんかい!)))


 周囲は仰天(ぎょうてん)、シシーへのツッコミは、やむことはないのだった。


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