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31. 侯爵家、それぞれの密談

「お母様は、完全にお兄様に(さじ)をなげましたね」

「……仕方がないよ、エドガーがあのザマじゃあ」


 ミハエルがやってきて二日目。()侯爵夫人とダリアは、お茶しながら密談している。もう三杯目のお茶だ。


「お母様のお怒り、じきにおさまるかと思ったのですが……」

「今回は迷いがないね」


「お父様はオロオロするばかりで、打つ手なし」

「エドガー本人は、私からの手紙を読んだのか読んでいないのか知らないけど、まだ帰宅しないし、もう知らん」


 ()侯爵夫人は、騎士団に詰めているエドガーに至急の手紙を送っていたけれど、なしのつぶてだった。


「お兄様ったら、早くお母様に謝らないと」

「もう手遅れかもしらん」


 二人は目を見合わせると、同時に深くため息をつくと、同時にティーカップに指を伸ばす。


((なぜこんなことになったんだろう。名門侯爵家の後継で、あの容姿と騎士団長という職位があって、このていたらく))


 今更ながら、そう心の中で嘆きながら。


「おばあさまも、作戦変更で、ミハエルとシシーをくっつけるおつもりですか?」

「本音言うと、もうどっちでもいい……いや、天国のおじいさまに泣かれるのは困る」


「でも、今のままだと、お兄様の力だけでは、絶対に無理でしょう」

「だから……私はまだ応援することにするよ。エドガーにはミハエルに嫉妬してもらう。そして、(エドガー)は、なりふりかまわずシシーにすがる、これしかない」


 そう言いながらも、()侯爵夫人は自信がなさげで、歯切れが悪い。重い沈黙がおりる。ダリアが、思いついたように言った。


「よく考えてみると……あのお兄様が……嫉妬で焦りまくったところで、うまくやれるのかしら?」

「暴走しなければいいけどねぇ」


「それそれ!」

「エドガーがどう出るか、全く読めないんだよ。嫉妬で情熱的になるのか、暴走するのか。でも私は情熱的になるほうに賭けたい! おじいさまはそうだったから」


「まぁ……力づくなにかするということはないでしょうが……」

「心配する次元が低すぎないかい……それは大丈夫だろうよ」


 そこで()侯爵夫人とダリアは、肯き合いながら少し安心すると、一気にお茶を飲み干した。異常に喉が(かわ)くので、四杯目のお茶を侍女に頼んだ。


 なおもダリアは、眉間にしわを寄せながら考える。


「でも、ミハエルとシシーがある程度接近しないと、お兄様は嫉妬しないでしょう?」

塩梅(あんばい)が難しいところね、でも出入りしていたら、自然に近づくんじゃないか?」


「……すごく自然に、かつ、近づきすぎてしまったらどうします?」

「……人の気持ちは私たちに制御できないよ。神のみぞ知る領域だ」


「ミハエルは、『婚活市場のダークホース』ですから、何と言っても」

「…………」


「……彼クラスを招聘(しょうへい)するのは、やりすぎだったかしら……」

「いや、だって、ミハエルクラスじゃないと、エドガーは焦らない」


 二人はやがて、話し合っても仕方がないことを繰り返していることに気づく。なるようにしかならない。


((しつこいようだけど、なぜこんなことになったんだろう……))


 そこに尽きるのだ。エドガーは、国内最高峰の婿候補なのだ。こんな厳しい戦いになることは、誰も想像していなかった。


「これ以上、お茶を飲むと眠れなくなりますわ」

「そうだね、もういいや」


 二人は疲れ果てていた。


 ところで、ミハエル・アントワープ子爵は、シシーが仕事を終え、登校する時間にやってくる。部屋に入るとすぐ、()侯爵夫人を前に、美しい所作(しょさ)でデッサンを始める。そして遅くとも、お茶の時間には帰る約束になったので、ミハエルがシシーと顔を合わせることはなかった。


 お茶の時間、ダリアは侯爵夫人にそのことを報告した。


「お母様、ミハエルはシシーさんに会う機会はないままですわ」

「……大丈夫。歓迎会を開くと、さっきミハエルには伝えたわ。シシーもエドガーも強制参加よ」


 ダリアは目を見ひらいた。


「さすがです……」

「エドガーには、自分の不甲斐(ふがい)なさを思い知らせてやるわ!」


 ダリアは、エドガーのため、最後の仲介(ちゅうかい)に入ることにした。


「で、でも、お母様、本当にそれで良いの? お兄様が一生独身でもよいの?」

「……エドガーのためにシシーさんを犠牲にするわけにはいかないでしょう」


「でも、(たで)食う虫も好き好きと言いますわ。自分を慕っているのにうまく表現できない不器用なお兄様をかわいくて愛しいと思ってくれるかもしれません」

「……あなたはそう思えるの? いい迷惑としか思われないわよ。我が息子ながら、無責任だし、鬱陶(うっとお)しいの」


 眉間にしわを寄せ、首を振りながら侯爵夫人は吐き捨てた。


「でも……お兄様は、成長というか、変わられました。昔は、何にも興味がなく、冷たい感じだったではありませんか。シシーさんを目で追う姿なんて涙ものですわ。もう少し、長い目で見てあげても良いのではないかしら?」

「もう時間切れよ」


 侯爵夫人が非情に言い切ると、ダリアは黙り込む。


「この話はおしまいよ!」


 侯爵夫人は、いまだシシーに話していないオペラのチケットを放り投げながら、怪気炎(かいきえん)を上げた。


(お兄様……お母様を本気で怒らせたわね。でも、これ、収拾つくのかしら?)


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